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映画レビュー: 人間の條件 人生で一番の、一生忘れることのない傑作

今年見た映画の一番にTouching the voidを挙げましたが、1年でなく、”人生で” 一番の映画は?と問われれば、それは「人間の條件」です。

楽しかったな、面白かったな、ワクワクしたよ、よく出来てた、など娯楽としての映画話には尽きませんが、この映画は違う。全くもって同じ土俵で語ることのできない、語ることさえ躊躇われる、なぜなら、一言感想を口にしようとするともう目に涙がじんわりと浮かんでくるような一生、心を揺さぶられる映画だからです。

紹介してくれたのは夫でした。3部作DVDを買ってきて、これが彼の最も大切な映画の一つだから一緒に見ようと言われました。ただし、長くて、暗くて、辛くて、悲惨で、軽い気持ちでは見れないから、心の準備ができた時に見ようという話でした。後であまりにも感動した私は姉に同じことを言って見てもらうとしましたが姉は始まりの何十分かで挫折、2度と見ることはありませんでした。その後、絶対に見てほしい、と勧めた両親にも暗いと断られ、残念だけれども万人受けする映画ではないことは確かです。戦争体験がまだ生々しい記憶として語り継がれていた両親世代には、戦争映画はすすんでみたいというジャンルではないのでしょう。軽い気持ちで友人に、週末の暇な時にでもさ、みたいに勧められる映画ではありません。

英語版DVD The Human Condition

出世したければ中庸でいなさい、長いものには巻かれなさい、上司も部下も批判するな、正直に生きていれば世の中そんなに悪くない、夢は必ず叶うなどの多くの先人たちの虹色の言葉たちが、戦争という狂気の中であるから故に全く歯が立たないのではなく、本当にそんな勧めなどなんの役には立たない。愛も地球を救わない。

仲代達矢が梶として主人公を演じています。3部作を通して変わっていきます。びっくりを期待する劇的ビフォー・アフターもびっくりの激変ぶりで最後には元の姿のかけらも残りません。その演技の凄みはどの他の映画でも匹敵する俳優を見たことがありません。彼の眼力はあなたの心臓を貫いて、一生持ち運ぶことになる大きな重い石をあなたの心に残していきます。重いのは人間の愚かさや残酷さ、そしてその逆の究極の愛。妻(美千子)を思う。拳に握りしめ名を叫ぶ強い感情。彼の眼をあなたは忘れることはないでしょう。

内容
珍しく棉のような雪が静かに舞い降りる宵闇、1943年の満洲で梶と美千子の愛の物語がはじまる。植民地に生きる日本知識人の苦悶、良心と恐怖の葛藤、軍隊での暴力と屈辱、すべての愛と希望を濁流のように押し流す戦争…「魂の底揺れする迫力」と評された戦後文学の記念碑的傑作。

五味川純平
1916-1995年。作家。中国大連に近い寒村に生まれる。1933年大連一中卒業。満鉄奨学資金給付生となり、東京商科大学予科入学するも、中退。東京外国語学校英語部文科卒業。旧満州の昭和製鋼所入社。1943年招集され、ソ満国境を転戦、捕虜となり、1948年帰国

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人は正義などという絶対的なものは持ち合わせていないのです。正義だと思っているのは大体の場合、思い込みに過ぎず、視野の狭い、一方的な、利己的な感情だけです。その正義は時と場合により都合よく変化し、いつの間にかその正義の名の元に残酷に暴力的になるのです:戦争に勝って捉えた捕虜は奴隷になり言いなりになるのが当たり前なのです、殺人犯人は極刑で首吊り落ちるのです、浮浪者(?路上生活者)は唾を吐かれ、白い目で見られるのです。強いことは良いことと、白黒つけろといじめは群れをなすのです。個人個人が悪いのではなくそういうシステムだから。一人の独裁者と複数の腐ったトップとかいう仕組みで間違った方向に行くのではなく、日本はシステムを大事にしシステムごと狂う。

この映画は公開後多数の反対意見もあったようです。それは映画全体に流れる明らかな戦争反対というメッセージだけでなく、多くの人に負の感情、罪悪感を起こさせたから。梶の誠実さ、理想を貫くゆえの脆弱性→惨め、左翼だ、非国民だ、まじめすぎる。

白黒映画ですが、場面場面に実はとても美しいところもあり、アートとしての見どころはたくさんあります。特にラストの雪原シーンは圧巻です。どうかたくさんの人に今後もずっと先も見てもらえるようにと祈っています。


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