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自分の羽化に気づけない大人たち。

「大人になったな。」

そう感じる「瞬間」がある。


何かがとくべつ上手にできるようになったとかではないし、大きな目標を達成した時なんかでもない。


なにげない日常と日常のスキマのような瞬間にこそ、そう感じることが多いのだ。


それは、仕事終わりに家の駐車場で車のドアを閉めた瞬時だったり、大型スーパーであてもなくうろついている時だったりする。


そんな何気ない瞬間に「あ、なんかこれ大人になった気がするな」などと思ったりするのだ。


ぼくが最近、大人になったと思ったのは、スマホのホーム画像をむやみやたらに変えなくなったことと、LINEスタンプを買わなくなったことだ。


そんなこと……と思われてしまうかもしれないが、その時はそう思ったのだから仕方がない。


この「大人になったな感」は、人に流されない方がいいと思う。


自分自身がふとした時に「大人になったな」と思ったことが1番大切で、いちばん意味のあることだからだ。


しかし、ぼくたちはその瞬間を見落としがちではないだろうか。

自分が自分に対して評価するその瞬間、大人になる瞬間に、ぼくたちは今ここに居ないことが往々にしてあるのだ。


どこにいるのか?


それは過去だったり、未来だったりする。


今がいちばん大事だなんて、分かりきった話なはずなのに。頭ではわかっているはずなのに、だ。


自分が子どもから大人へと羽化する瞬間というのは、決して自分では見ることができない。


時間や場所もあらかじめ決まっているものではない。


ならばどうすればいいのか。


注意深くあればいい。そして暇であればいいのだ。


自分に注意深くあればかすかな変調に気がつき、暇であればそれを享受することができる。


さて、ここで問う。


あなたは自分の背中についている羽についてどれほど知っているだろうか?


羽の色は何色?
羽の大きさ薄さ、光の透過度は?
匂いはあるのか?


そもそも羽化していることに、気づいているのか?

1度、その辺の木の枝にとまって、水面に自分の軌跡をうつしてみてほしい。


なにか1つは、見えてくるものがあるのではないだろうか。羽化したと思えるなにかが。















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