「青空とワンピース」

今日、君はこの町に帰ってきた。
この丘から見る空は、あの頃と同じ
晴々とした青空だった。

-青空とワンピース-


今でも思い出せる1番古い思い出は
と言われれば
決まってあの頃が思い浮かぶ。

いくつかは定かではないが、幼い頃僕は幼馴染みのユイと家族であの丘によく遊びに行っていた。
その丘には白い花が咲いていて
僕とユイはその花が好きで、週末になると仕事が休みの親に
「あの丘遊びにいこー」といつもおねだりしていたそうだ。

少し大きくなってきた頃に
僕はその丘の手入れをしているおじさんに聞いたことがあった
「このお花はなんていうんですか?」
「この白い花はね     って言うんだよ。綺麗でしょう。おじさんもこの花好きなんだ」

その当時はわからないながらにその花の名前をよく口にしていたと親は語るが
今ではなんていう花だったか覚えていない。


「という訳で、まだ時間あるって思うかも知れんが、来年になったら卒業なんてあっという間にやってくる。進学か就職か、これからどっちに変更ってのも可能だが、ある程度決めておくように、また面談の時に聞くから。以上」

高2
高校入学して1年経って慣れたと思ったらもう進路
正直現実味もなければ、この先の将来を今決めろと言われても
目の前の交差点より先の街並みがブラックアウトして何も見えなくなっている景色しか出てこない
もっぱらうちの家系は進学どうこう言うような立派な家じゃない
就職っつっても何に就いたらいいのやら
まぁざっくり考えとけって言われたし
多分きっとそうなんだろう俺は就職するんだろう。
なんて事を思う

中学から始めた延長でそのままバスケ部に入ったが、1年の冬に怪我をしたのを理由に
そんなに本気じゃなかったんだとバスケ部は辞めていた
だから、みんなが部活に行ったり委員会に行ったりする放課後は暇を持て余し
漠然とそんなことを考える時間も嬉しくはないが出来ていた。

幼馴染みのユイとは小中と同じで
高校も同じになり1年の時はクラスメイトになった
バスケを始めてからは打ち込んでいる振りをして、どこかで彼女のことを気にしないように気にしていたんだと思う。
2年になりクラスは別になり
もっと気にしないように出来ると思ってた。

「ラッキー♪専属ドライバーみっけっ♪あ、ねぇ、加瀬屋寄ってよー」

ぼけっとチャリンコに跨がり
何の曲を聴いて帰ろうか選んでたところに
急に明るい声と共にチャリの荷台がグンッと重みで下がった。

声の正体は顔を見ずにもわかる。
「何してんだよおーりーろー」
「いいじゃーん暇でしょ?どうせ部活辞めたんだしー腕ももう平気でしょ?」
「…ショウタが部活辞めたって聞いた時は驚いたけどさ、バスケすごい頑張ってたし。」

部活動を理由に放課後も遊ぶことが減ったし、土日ももっぱら部活だったから
ユイと一緒になるのはたまにの休みの日か
うちの婆ちゃん家で取れた野菜をお裾分けに持ってく時くらいになってた

俺がユイの事を意識し過ぎないようにと、
どこか違うベクトルを向けていたバスケは
幸い彼女には俺が頑張って打ち込んでいる
と捉えていた。
いや、捉えてくれていた。

「別にそんな頑張ってた訳...」
「そう!うちのクラスの沢村に聞いたら、『松井は別に本気じゃなかったみたいだし、悔しそうでもなかったけどな』って、だから少し安心して」
「あのなぁ、俺だっ」
「だから、それならまた一緒に遊べるなぁって  ショウタの邪魔しなくて済むんだーって安心したの!」

邪魔...?邪魔だなんて思ったこと...

「さ、お腹空いたから加瀬屋加瀬屋!レッツゴー」
底抜けに明るいだけでもなく、馬鹿正直なわけでもない、そこはかとなく明るく真っ直ぐな彼女には
昔から有無を言わさず素直に突き動かされている。

校門を出る前に2ケツをしっかり先生に怒られた。

「お前部活は?行かねーの?」
「まぁ元々行ってないようなもんだしー」
「幽霊部員じゃん。てか、重くなったな。」
「はーー!?うざ!
 なんでそんなデリカシーのないこと言えるかな!もう高校生にもなって!」
「ごめん!ごめん!暴れるなって危なっ!」

考えてみればそりゃそうだ
僕が自転車を乗れるようになった子供の頃に初めて覚えた悪いことがユイを後ろに乗せる2ケツだ
その頃からユイ専用の運転手
と息巻いていた
その頃よく2人であの丘に行って遊んでいた
後ろに彼女を乗せて。
確か、最後に後ろに乗せて走ったのは中1の時
婆ちゃん家に2人で収穫の手伝いに行った時だ。
もう3年以上経ってるんだ、そりゃ重たくもなるし、これが彼女と目を合わせていなかった時間の重みにも感じる。

その重さを背中で噛みしめながらペダルを漕ぎ進める

「花信風の匂いがするねー」
「カシ?カシ、カ、カシンフ?なに?」
「"かしんふう"花が咲く頃を知らせてくれる風
 その匂いがするよ」
「。。。しねぇな、しねぇよ?」
「するし(笑)」
僕には微塵もわからなかった。

栄えてはいないアーケードを抜けると
僕らが子供の頃から通っていた加瀬屋に着く
ここは特にセールスポイントもない昔から続く地元の商店だ
歩けばコンビニなんていくらでもあるこの時代に、この加瀬屋を選ぶあたりも彼女らしいのである。
それもそのはず、ユイの好物リストの中にはここのソフトクリームと、コンビニの肉まんが100点だとしたら71点の加瀬屋の肉まんがある。
それともう一つ
"ぶち"と名付けられた「ぶち」からは到底想像の出来ないお利口な看板犬のゴールデンレトリバーがいる。

「久々に見たわその姿(笑) 
 別にもうガキじゃないんだし、どっちも食べ   ればいいんじゃんか」
「ダメだよーどっちか!欲しいものがなんでも  
 手に入ると思っちゃったらダメ人間になっち  
 ゃうよーどっちか」

毎回の如くソフトクリームか肉まんかを悩む姿はもう真似が出来るほどに見てきた
"自転車漕いで暑くなったからソフト!"
という漕いだの俺な!のツッコミを無視するまでがワンセットであろう決まり手でユイはソフトクリームを買っていた。

ソフトクリームを舐めてはぶちを撫でるその繰り返しの姿を、
僕は店前のベンチに座り瓶のフルーツ牛乳を飲みながら眺めていた。

その時一瞬世界が止まり、俺は何をしているんだろう。
と瓶の中から以外には誰にも悟られない程の赤面をしていた
それでも、日常会話程度は交わしていたが意識しないように意識していた3年は
恥ずかしげも無く僕は彼女が好きだ。なんて自分の中では頷けていたそれ以前の僕たちの日常に果てしなく遠い感覚はなく
ついこないだまであの頃の日々だったかのように思わせてくれた。

回りくどいか、
僕は久々の彼女との時間をさも当たり前のように味わっていた。

加瀬屋に別れを告げると僕らは用もないのにゲームセンターやドラッグストア、
30分の間にガソリンスタンドに赤い車が何台入ってくかを数えては、日々の学校のくだらないとしか言いようのない話をタラタラとこぼし合っていた。

日が落ち、頼まれた訳でもないのに
チャリはユイの家の方にタイヤを転がしていた

「はーーー楽しかった!ありがとショウタ♪
 あっ、久々にご飯食べてけば?」
その言葉で一気に我に帰った。
「いや、いいや、大丈夫、おじさんおばさんに
 よ...いやなんでもない!またな」         
「え?なんで? へ? 
 うんまた気をつけてねー」

ユイ以外の全員に自分の気持ちがあらわになるんじゃないかと1人勝手にそわそわしてしまった

その日を機に
僕らはお互いの暇な放課後には、
なんの役にも立たないであろう時間を2人でぷらぷら過ごしていた
いろんなところへ遊びに行ったが
あの丘に2人で行ったのはそんな放課後がもう何日経ったかわからなくなる頃だった。

「どこでもいいよって言ったけどさ、
 ここ。。。懐かしすぎだね!」
少し緊張しながらも彼女をこの場所へと連れてきたのは
今日の空が君の好きそうな青空だったからだ

「今でも好きな場所。なんも変わってねぇんだな俺」
「私も好きだよ!ここ!やっぱ最高の場所だよね」

2人で最後に来たのは多分中1の頃かそれより前かも知れない
僕は1人でたまに来ていたし、彼女もたまに来ていたんだろうな
と言葉の節々から感じ取った。

「あ、この花!この白い花、まだ咲いてるんだね。好きだったなーこの花」
「あぁ、なんだっけその花の名前。昔聞いたけどなんだったかな」
「えーー思い出しといてね♪」

"イベリス・センペルビレンス"
花言葉は『初恋の思い出』

後日調べるとすぐに出てきたが
簡単にユイに教えてあげられなかったのは
花言葉の煌めきが僕の背丈を優に超えていったからだった。

夏休みも目前になった中間テストの最終日
担任から進路の話があった
その日の放課後
んーーーー。と喉の奥から息を漏らしながら
僕は1人であの丘に来ていた。

「ハァ、いたーやっぱここだー。置いてくなよー専属ドライバーのくせに」
「あぁ。わりぃ」
「なしたの?」
と言いながら僕の真似をして丘にゴロンと寝そべった
「なぁ、ユイは進路どうすんの?やっぱ進学?」
「うん、親が大学は出なさいって言うしねー」
「まぁそうだよなぁ」
「ショウタは?」
「んーー。うちは進学って柄じゃないし学びたいこともイマイチわかんねぇしなぁ、就職かな」
「そかそか」

「夏休み!なんかしよーよ!私夏季講習はあるけど空いてる日はどっか連れてけーー私の専属ドライバー!」
「そんなのなった覚えねぇって」

わかってはいた。
ユイはきっと進学で、ぼんやりとだが目の前の交差点より先の街並みに光が灯っていることを
"進学が就職よりえらいなんてないよ"
とでも彼女は言うだろうが僕にはあまり希望に溢れた将来が想像できていなかった。

今一緒にいれたらそれでいい。
自分が1番鼻で笑ってしまいそうなそんな事まで思ってしまう程だった

「イベリス。あの白い花、イベリス・センペルビレンスって言うんだって」

夏休みに入り
僕はあの時花の名前を教えた事に少しの後悔と少しの淡い想いを混ぜ合わせて
加瀬屋のベンチに座りかき氷を食べていた。

昔からユイは楽な格好を好む
決まって着るのがワンピースだった。
僕の目にはあの頃の幼いユイが白いワンピースを着て、
おじさんおばさんと一緒に僕を見つけて走ってくる姿が今にも鮮明に思い出せる。

『夏季講習終了!ご褒美にデートデート!』
こんなメールが送られてきた
デートと言う言葉が使われてたことは敢えて見落とした振りをしたまま返信した
『じゃあ、明日な』

次の日
いつものようにユイの家に迎えに行き、
お昼ご飯にハンバーグを食べ、
デザートに加瀬屋のソフトクリームを食べ、
あの丘に向かう
なんら変哲もない日常なのに
僕はものすごくテンパっていた。

それは彼女が着ている白いワンピース姿が
僕の目に浮かぶいつかの姿よりも果てしなく眩しくて
23回観ても23回目に1番感動できる映画のように胸の高揚を抑えるのに必死だったからだ。

それが故に少し口数が少ない僕
大人になっていく君の姿に目のやり場に困る僕がいた

ダッサ。

丘にゴロンと寝転んで
2人して仰向けに空を眺めていた。

「加瀬屋のソフトクリーム」
「え? 食べたじゃん」
「お母さんの作るきんぴらごぼう」
「あれは確かに美味い。」
夏の暑さを丘の木々たちが和らげてくれてる間に
ユイは"自分の好きなもの"を交互に発表する
そんな遊びに僕は巻き込まれていた。

「数学の青山か言う"ほんだら"」
僕がそう言うと彼女はケラケラと笑って足をバタつかせていた
「っははははぁ、やめてよー次の授業の時笑っちゃうーはははは」
俺も思わず笑い転げて気づけばさっきまでの緊張は無くなっていた。

「私のねー、好きなもの。
 この青空が好きなんだ、特にこの丘から見る青空」

知っている。
昔からユイはこの青空が好きだと言っていたし
僕はその言葉はずっと忘れないでいたんだから
もちろん知っている。

「ショウタのー好きなものはー?」
そう言うと体を横にしてこっちを見ていた。

目を瞑りながら考えるよりも口が音を発していた
「ユイの、白いワンピース」

ミンミンと鳴るセミの声しかしなくなった
うまく君を目で追えなかった3年よりも長い時間が過ぎるように感じた。

その空間を破るように音が聞こえてくる

「イベリス・センペルビレンスさ」
目を開けるとユイは僕を見ていた

「花言葉...」
『初恋の思い出』2人の言葉が重なった。

木の影で覆われたこの場所で
夏の照りつける太陽の日差しよりやわらかくしなやかで
それでいて何よりも温かい何かが
僕の唇に乗っかっていた。

帰りの自転車は暑さのせいにして少しゆっくり漕いでいた
言葉はそんなに交わさなかった
それでも、僕を掴む手がいつもより少し強いと勘違いしながら
19時14分
君の家までの坂を下っていた。

19:36
『デート。とっても楽しかった
 とても素敵なご褒美でした
 ありがとね』

家に入ってものの5分ほどでそのメールは送られてきた。
僕はそのメールを見たまま返信はせずに
ポケットへ閉まい自分に喝を入れながら
帰路に着いた。

浮かれて事故ったら困るからだ。


夏休みも残り少なくなった頃
ユイがおじさんおばさんと夏祭りに行くから
一緒に行かないか
と、うちの家族ごとお誘いが来た

必死の抵抗を見せ、なんとかうちの親は親戚のチビどもと行かせる事に成功した

待ち合わせ場所へ行くと
3人とも浴衣を着ていた
彼女の浴衣姿に少しドキドキしながらも
それ以上におじさんおばさんと一緒に出掛けるのが小学生以来だったのでドキドキした。

いつも家に送る時に
玄関越しに、窓越しに挨拶する程度になっていたからだ

「ショウタも大っきくなったなぁ。こう改めて見ると」
「ちっちゃい頃はユイの方がショウタくんより少し大きいくらいだったのにねー」
少し照れ臭くも昔からこのご両親の優しい空気感が僕は大好きだった。

お祭りの会場を少し歩くと
「じゃあ、おじさん達あっちで神輿見たいからショウタ、ユイよろしくな」
「私らそのまま先に帰ると思うから気にしないでねー」
なんだか気を使わせてしまい余計に照れ臭くなるのと同時に、うちの親が来なくてよかった。と心底思った。

2人並んでお祭りの中を歩いた
考えてみればいつもは背中に感じる温もりが今は隣にある
今日はきっと、ずっと、鼻の下が伸びてたんだろうと思う。

僕らの前を歩く風船を握った幼子をユイは微笑ましく見ながら歩いていた
「かわいいいいねー」なんて言いながら

前を歩くその子がつまずきそうになった時
ふと、手の風船を離してしまった。

「あ、」

「やだっ」
と言ったユイが咄嗟に手を伸ばして
その子の風船をなんとか掴んでいた。

その子の腕に優しく飛んでいかないように風船の紐を結んであげると
「おねぇちゃんありがとう」
と言われユイはまた
「かわいいいいねー」
と言っていた

そんな、やりとりを見ていて思い出したことがあった
僕らが保育園の頃
うちの家族とユイの家族で夏祭りに行った際に
ユイは持っていた風船を離して飛んでいってしまった。
ユイはギャン泣きし、おじさんおばさんが何を言っても、何を買ってもらってもずっと泣いていた。

「なんか不意に思い出しちゃってさー私も
 飛んでいかないで!って思ったら掴んでた。
 ははは」
とか、言いながら右手につけたゴム風船の水ヨーヨーをビヨンビヨンさせていた
「あの子からしたらユイはヒーローだな」
「やったー!私ヒーロー!
 あの時の風船ってどこまで飛んでっちゃったんだろうね。今もどこかを旅してるのかなー」

今はこの話に真剣に張り合わない方がきっと素敵なんだろうなと少し大人になった気でいた僕は
「うん。」
とやわらかく答えた

屋台に灯された裸電球
フィラメントからの熱が僕らの頭の上から
この夏の温度を少しだけ上げていた
カラフルな文字に彩られる看板
子供達の高い声、オレンジ色に照らされる空気
暑いだけの夏は嫌いだけど
この日の夏祭りは今でも鮮明に覚えている大切な思い出となった。
浴衣姿の君に見惚れていた。
ただそれだけの夏を汗とまばゆい背景が包み込んでいた。

夏休みも終わり、僕らの日常はまた
部活をサボったユイを乗せて加瀬屋に行く日と
1人で何も考えずイヤホンから流れてくる歌を歌いながらぶらぶらする日々
珍しく友達とつるんで絵にもならない高校生活を送る日々の繰り返しだった。

君に言わせれば花信風の匂いがしてくる頃
僕らは高校最後の年が始まっていた。

高校に入学した時、3年生の先輩はとてつもなく大人に見えた
新しく1年生が入学してきても、僕らは2年前と何も変わらない
あんなに大人に見えていたのに
こんなにも大人にはなれていなかったんだと
この2年間で1番学んだことがこれかのように痛感しながら、僕は何の頼りにもならない最上級生になっていた。

3年生になると就職組と進学組が取り組むべきことは如実に分断され
放課後や週末の使い方も少しずつ変化していく

ユイは放課後に講習がある日や土日に模試を受けるなど、進学に向けて僕とは違う世界を生きてるかのように見えていた。

それでもそれ以外の時間は決まって僕のところに来て、僕が学校からの就職先リスト眺めていたり、就職面接の練習をしてる時には応援されてるのかちょっかいかけられてるのかわからないような絡み方で僕の帰りを待っていた。

正直言うと、この時彼女の存在が有り難かった
特に進路にこだわりも無く周りが自分の未来について進んで歩いていく中、僕だけが取り残されていくような感覚の中に住んでいた
そこを背中を押すように僕を前に歩ませていたのは決まって君だったのだから。

それでも僕らは暇な日には後ろに君を乗せ
加瀬屋に行ってはソフトクリームか肉まんかを迷いその姿を見ながら瓶のフルーツ牛乳を飲み
ぶちを愛でる
あの丘に行ってはイベリスの白い花を眺め、仰向けになって君の好きな青空を感じる

こんな当たり前な日々がずっと続けばいいだなんて
ドラマのような事はむず痒くて思えなかったが
自分とは別の道を選ぶ彼女が何も変わることなく、
これまでの2人の時間を微塵の無理もなく当たり前のように刻んでくれている事が
嬉しかった。嬉しかった。
この時はまだ何も知らなかったから
そんな日々が嬉しかった。

もうすぐ夏が近づいてきそうな頃
僕らはあの丘にいた
「イベリス、今年ももう終わっちゃったねー」
「まぁ、もう暑くなるしな」
「次は?夏はなんの花が咲く?」
「え、知らねぇよ?」
「ねーーほんと興味あるもの以外無関心だよねーショウタって、ははは」
手と手を重ねこんな他愛もない話で日頃の悩みや疲れを消化させる
最近はお互い口にはしないが、きっと互いに助け助けられている
こんな時間が今の僕らには何物にも変えられないほど大切だった

高校3年生って思ってたよりも疲れるものだったのだ。

そんな僕らにも息抜きは必要だ
「夏休みの夏祭りは絶対行こう」
そう約束してお互いのスクールワークに勤しんだ

夏休み
今年も夏祭りが始まった
今年はユイと2人。僕も浴衣を着て少し大人になった気がする

「わぁーーー似合うじゃーん!すっごい良いねー」
「まじ?照れるわ。」
「照れろ照れろっふふふ」
ユイと過ごしてく中で僕は少しずつ素直になっていた

「もしまた風船を手放しちゃう子がいたら私走って風船捕まえに行くから!そんな子見かけたら教えてねっ!」
「間に合わねぇよ、浴衣だし走れないだろ」
「たしかにー。」

例年見ているこの景色も
見え方が変わってくる
感じ方が変わってくる
彼女といることで変わってくる変わっていく
フィラメントの熱が2人の夏を暑くしていた

君はわたあめを食べながらまた変なことを言い始めていた
「ねーねー、あの雲の大きさのわたあめだったらさー?
 1ヶ月保つかなー?」
「ユイなら1週間保つかどうかじゃね?」
「なにーーそんな食いしん坊扱いしてー」
「だって、わたあめ食べるスピードすげぇじゃん(笑)それ何個目?」
「ん?2個目」
「ほら。」
途中からなぜ僕がわたあめを持たされているのかわからなかったが、ユイはわたあめを口に運ぶペースを落とすことなく目の前の雲も小さくしていった

「あの雲にさ、乗ることが出来たらどこまでも行けたりするかなー?」
「好きなところには行けないと思うけどな」
「なんで!?」
「だって雲って風とか空気の流れで動いてくんでしょ?操縦できねぇじゃん」
「うーわ、ほんとじゃん。じゃあー流れゆくままに乗ってどっか行けるねー」
「どーする、ケータイも繋がらないジャングルとか流れ着いたら」
「ヤシの実とか美味しそー」
「そこなの? わたあめもおばさんのきんぴらも加瀬屋もねぇよ?」
「雲に乗るのはやめといた方がいいね、うん」
「行きたいとこは俺が運転して連れてくよ。」
「うーわ、イケメン(笑)」

バカにした、してない、を飽きるまで言い合い
今年の僕らも夏祭りを満喫していた。

夏休みの最後の日
加瀬屋でかき氷を食べた後の2人は
木々の影に少し暑さを庇ってもらいながら
明日からの新学期を来ないでくれと願い過ごしていた。

「あちぃ...」
「あついねー」

「ね....この先どう、する?」

「ん?これから?どっか行きたいとことかある?夜飯でも食って帰る?」
「え、あぁー。いや、」
「ん?」
「んーん、なんでもないよ。今日晩ご飯いるって言っちゃってるからご飯はいいや」
「そか。あちぃな」

今思えばこの時ユイは何か言いたげだったのか
僕はちゃんと汲み取ってあげれずに、暑さに負けてテキトーな返事をするばかりでいた。

夏休みが終われば半年後に卒業が迫る我々の日々は激化する

そんな僕らの最後の息抜きになったのは
文化祭だった。

進学組もいる3年の文化祭は勉強と準備に追われ例年より大変だった
ユイのクラスは喫茶店
僕のクラスはお化け屋敷だった
日々の勉学の疲れを拭い去り、最後の思い出作りをこれでもかと言わんばかりに
3年生は文化祭を謳歌した。

僕もその1人だった
一緒に過ごしてきたクラスメイト達と最高の最後の文化祭をやり切り、正直ハイになってノスタルジックになったテンションは上手に仕舞い込めないまま身体中をプカプカしていた

後夜祭
ある程度片付けを終えた頃
後夜祭恒例と言ってもいい1.2年生、さらに先生たちのステージ
最後に花火という最後の思い出に打ってつけのイベントに
僕はユイと参加していた。

自分たちのクラスの出し物はどうだった
こんなことあったよ、あんなことあったよ
そんな話をしては、後輩や先生たちのステージに盛り上がり、笑い、音楽に酔いしれた。

花火があがる頃
この日だけは解放される屋上にみんな行きたがる
でも、ユイはここで見ようよ
とステージ横の中庭を選んでいた

後輩たちがステージの撤去をしてる中
花火があがり始めた。

ユイは見惚れているが故に口を開かないのだと思っていた
そんな僕に、突然重さの違う音が入ってきた。


「私さ、東京の大学受けることにしたんだ。」

「え」

「受かるかわかんないけど。だからこの町離れちゃう。」

「…」

「本当は、夏休みの最後の日相談しようと、思ってたんだけど。言えなくて、ごめんね。」

だんだんと力が無くなってくその声に
僕は何も言えなかった。
でも、口が動いてた

「…受かるよ。お前なら」

「…ありがと。  頑張るね。!」

強く明るくそう言う彼女のことは見れずに
打ちあがる花火を見ていた
横で流れる鼻をすする音を、花火がかき消してくれると思いたかったから。

その1週間後
僕は就職内定を頂いていた。

その事をユイに報告すると
自分のことのように喜んでくれた。
「私も負けないように頑張らなきゃ!」
と気合を入れ直しながら

正直
僕は就職、彼女は進学
それでも彼女は地元、もしくは県内、隣県の大学に行くもんだと勝手に思い込んでいた。
僕の内定が決まったことで
僕はこの町にビスで固定され
彼女との物理的な距離を今日実感した。

ただ、僕に出来ることは東京進学へのチャレンジを応援してあげること
僕個人の感情なんてこの受験には不必要なんだと思うことでしかなかった。

大学に行き、東京に行けば
僕らは次第に会えなくなっていく
自然と距離も遠くなっていく
そのまま離れて終わってしまうんだろう。
そんなまだ起きてもいない事を考えては下向きな時間を過ごしてしまう

この想いを直接彼女に聞かせた訳でもないのに
君は「大丈夫よ?」と言いながら笑ってくれる
そんな笑顔も僕はうまく見てやれなかった。

冬休みも受験勉強が佳境に入り
ユイは頑張っていた
僕は邪魔をしたくないからユイと会うのは減らしていた
それでも、会いたいと言われた日は雪の中でも飛んで行った。

年末になると
"春になればユイは行ってしまうんだな"
なんて事を考え始めてしまう

この数ヶ月ずっと下を向いてしまっていた
頑張っている彼女をしっかりと見て応援してあげれていなかった
そんな想いが自分をもっとダメにしていく
そんな自分をボコボコに殴り倒してしまいたい

なんて事を考えながら
気づけば僕は雪の積もるあの丘にいた。

ここまで来て上を向かないのは絶対に違う

空を眺めると今日も悔しいくらいに冬の青空
白い息が上がってく中で
君との日々を想い出す。

幼馴染みで小さい頃から一緒だった
何をするんでも一緒だった
この丘に遊びに来ては走り回り
僕があの白いお花を好きになれば君も好きだと言い出した
加瀬屋の肉まんを半分こして食べた
小学生の頃滑って水溜りでびしょ濡れになり号泣する君を家まで送って帰った
自転車が乗れるようになると1番に君に見せに行った
君専用の運転手だと豪語した
わかっていた
君を好きになっていた
わかっていたから
恥ずかしかったから
僕は見ないフリをして目を逸らしてた
そんな時も君は僕を見ていてくれた
「バスケに打ち込んでたから、邪魔しないように」
君はちゃんと見ていてくれてた。
僕はまた目を逸らそうとしていた。

わかっていた
気づいていた
ずっとそうだった

君が好きだった
大好きだった

ちょっと前の僕では恥ずかしくてこんな想い堂々と思い描けなかった
でも、今は違う
君と過ごして変わってこれた今なら

君が好きなんだ
大好きなんだ

そんな簡単な事に気がついた僕は
彼女に電話をかけていた

「でんわ!珍しい!なしたのー?」
「あのさ、今夜、今夜初詣行かね!?」
「うん、いいけど?夜中?」
「うん。日付変わる頃」
「お父さんも良いよだってー」
「じゃあ、迎えに行くから!あとで!」
「はーーい♪」

僕らは日付が変わる前に神社に着き
参拝の列に並んだ

「すごい人だねーみんなこの時間来るんだねー」
「去年とか元旦の昼間だったもんな」

日付を超え少しした頃
やっと自分たちが列の最前へとたどり着いた。

頭を二度下げ
強くしっかりと掌を叩く叩く

「ふぅ... っ ユイが!!合格しますように!!!!!!!!!!」

この神社が始まって以来
1番デカい声で願い事をしたのは今の僕なんじゃないかと言わんばかりの
周りの参拝客がみんな引いているのを気にせず
僕は胸に溜まった想いをこの大声と共に浄化していた

「ちょ、ちょっ、ちょっと、ショウタ声デカいよーーっ、はははっ、こーゆーのは心の声で祈るんだよ?
 … ーっふ。 わたし!!頑張ります!!!
頑張りますから!!願いが!この先の願いが叶いますようにーーーー!!!!!!!」

彼女の目には涙がいた。

この日僕らは全参拝客から変な目で見られていたが
2人とも気にする事なく
おみくじを引き
運勢をあーでもないこーでもない言いながら
家まで笑いながら歩いた

彼女は見事第一志望の大学に受かり
東京行きが決まった。

卒業式
僕らは共に過ごした校舎や仲間たち、青い3年間に別れを告げた
ユイのおじさんには
「ショウタなんか大人の顔になったな」
なんて言われた

ユイが上京する前日
僕らはいつものようにチャリンコに2ケツをしてあの丘に向かってた

「あー、花信風の匂いがするねー」
「だからそれ、イマイチわかんねぇんだって」
「わかんなくていいよーーっふふ」

「ここから見る空は変わんねぇなー、ユイがいなくなったら、この町もこの空も変わっちまうのかなぁ。」
「ショウタってそんな詩人みたいなこと言うキャラだったっけー?(笑)」
「うるせぇ、なんとなくだよ」

「連絡とろうね。ちゃんと。」
「うん」
「ほら、私ショウタみたいに笑わせてくれる人いないと退屈死しちゃうし」
「いや、お前に笑わされることの方が多いんだけど」
「えーーそーかなーー」

「明日何時?駅まで行くから」
「ありがと。10時半」
「おっけ。」



ユイが上京する日
駅に行くとおじさんおばさんとユイがいた
2人から
「お見送りなんてショウタいい男だな!」
ってからかわれ
ユイは笑っていた

「気をつけてな」
「うん、ありがと。」
「俺、ずっとこの町にいるからさ、息詰まりそうになったらたまには帰ってこいよ」
「うん...」
「うん...」

他の人が見ている
おじさんおばさんが見ている
そんなことを考える間もなく
僕は
やわらかくも繊細で温かい、不安げにうつむく君を抱きしめていた。

「がんばれ!!ユイ、がんばれ!!」

そう強く何度も彼女に伝えた

「...うんっ!」

僕は涙を浮かべていた
君の瞳も潤んでいた。

彼女は電車に揺られて行った。

ユイのおじさんに
「うちの子がお前を選んでよかった」
と言われた。

とてつもなく恥ずかしくなった。
でも、18年間できっと1番嬉しい言葉だった。


僕らは新しい生活をスタートさせた。

正直思ってた倍以上に社会人は大変だった

彼女も慣れない街での一人暮らしに苦労しながらも、キャンパスライフを謳歌しているようだった

連絡も取り合い
たまに帰ってきては少し遊んで
お互いそれなりに大人になっていく。

『今日、花信風の匂いがするわ』

『イベリス・センペルビレンス今年も咲いたよ』

『新しい商業施設できんだって!』

ユイからは
彼女らしい優しいやわらかい言葉で返事が来る


『加瀬屋のぶち、亡くなっちゃったよ。』

このメールには
夜な夜な電話してきて
ギャンギャンと昔と変わらないように泣きじゃくっていた

彼女の変わらない優しさが
いつまでも僕を救っていた。

-数年後-

彼女は大学を卒業し、就職して数年が経っていた

僕もこの町で仕事を忙しくしてる中
それでも、あの頃と変わらない日々を過ごしている

母校の後夜祭の花火を見ながら
彼女に電話をかけた

「あーー花火の音する!後夜祭!?」
「そう、今日後夜祭、なんか高校生ってこんなガキだったんだな」
「うちらも大人になったってことだねーははは」

「あのさ、来週東京行くわ。会いに行く。
 伝えたい事あるから、会いに行くわ。」

-半年後-

今日、君はこの町に帰ってきた。
この丘から見る空は、あの頃と同じ
晴々とした青空だった。

君は僕の大好きな白いワンピースを着ていた。

「おかえり」
「ただいまー、普通駅まで迎えに来ない?待ち合わせがここって」
「いいでしょ」
「うん。いいね。」


この丘には新しい花が咲いていた。

風に揺れる白いその花は

"スズラン"

-完-




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