「教育開発(ED)とは何か」(POD, 2016)――FD関係の文章訳しました

「教育開発とは何か」(POD, 2016)解題

全米最大のFaculty Development(以下FD)担当者のネットワークであるPOD(Professional and Organizational Development Network in Higher Education)がFDの定義を改訂していたので、訳してみます。

FDというと、大学・大学院設置基準(文部省令)の改定によって各大学に義務化されているもので、教員の能力開発のための研究・研修を意味するものとされています。とりわけ、行政的なFD理解では、能力・資質といっても、研究や管理運営の能力は含まれておらず、「教授法の改善」のことを指しています。今や、どの大学でも、猫も杓子も、「FD!FD!」と当たり前に使われるようになったことと思います。

・FDという表現の問題

とはいえ、東北大学高等教育開発推進センター『ファカルティ・ディベロップメントを超えて』(東北大学出版会、2009年)などでも指摘される通り、FDという言葉は、その原産地である北米で使われなくなりつつあります。PODメンバーが中心になって書かれた『FDガイドブック』(原題:A Guide to Faculty Development)の第二版でも、FDという語彙は曖昧で誤解を生むので、別の用語を検討していると述べられていました。(そもそも、FDという熟語それ自体、アメリカでしか使われていませんでした。イギリス、オーストラリア、カナダでは、アカデミック・ディベロップメント、スタッフ・ディベロップメント、スタッフ・アンド・エデュケイショナル・ディベロップメントなど、別の表現が採用されていました。アメリカは遅まきながらそれに倣った形になるわけです。)

こういう事情もあって、前述のPODでは、別種の語彙が採用されています。それが、Educational Development(ED)です。PODは影響力ある全米ネットワークなので、次第に用語の統一が図られていくかもしれませんが、スタンフォードなど既にFDの名を冠した部局を持っている大学も多いので、運用と研究で名称がバラバラな時期がしばらくは続くのかもしれません。

・FDの内実の問題

国内のFDという言葉の用法が、基本的に「教授法の改善」にあると先ほど述べました。大学関係者であれば、「そりゃそうだろう」と言われるかもしれません。

しかし、原産地の北米を含め、「〇〇・ディベロップメント」を提唱する各国・各大学は、開発対象を教授法に限定していません。カリキュラムやコースの改善、組織体としての改善、物理的環境の改善、そして、研究環境や研究能力の改善などが含まれている場合もあります。

これらの試みに共通しているのは、大学の既存のリソースや構造を生かして、最大限に可能性を引き出そうと試行錯誤しようという姿勢です。そうするとき、試みを「教授法」に限定する必要がないし、限定していては、できることも限られている、というわけです。今回訳出する文章も、教授法に限定されない言葉になっていることに注意すべきでしょう。

なお、投げ銭性になっています(全文無料公開)。研究支援として小銭を投げていただけると、院生の身分としては非常に助かります。

原文は、PODのサイトで全文公開されています。かなりざっくり訳しているので、引用に際しては、原文も参照してください。また、このページから私の和訳を引用・参照する場合は、このサイトを参照したということを明らかにしてくださると幸いです。

では、この下から本文です。


教育開発とはなにか?

教育開発は、研究が進みつつあり、議論も活発な領域です。それは以下のように定義されます。

・「教え、学ぶ共同体として、同僚や大学が効果的に役割を果たすよう手助けする」(Felten, Kalish, Pingree, & Plank, 2007, p.93)
・「教授を高めることを目的とした」活動(Amundsen & Wilson, 2012, p.90)
・「組織的な質を保証し、組織的な変革を支援するための重要な手段」(Sorcinelli, Austin, Eddy & Beach, 2005, p.xi)

これらの定義の全てが共有しているのは、同僚と大学の仕事——しばしば、教授と学びに力点を置いているが――を向上させることです。PODのネットワークは、(例えば"faculty development"のような言葉より)"Educational Development"という言葉を好んで使います。というのも、過去に長を務めたDeandra Little(2014)に従って言えば、様々な水準(個人、プログラム、制度)や重要なオーディエンス(大学院生、教員、ポスドク、理事、諸々の組織)を含み、「私たちがする仕事の幅広さを包含する」〔言葉の〕ほうがよいからです。

"Educational Development"は、PODネットワークのメンバーの仕事にとって最も包括的な言葉であり、それは以下に描写する数多くの下位分野を包含しているのです。

教員/大学院生/ポスドクの開発(Faculty/Graduate Student/Postdoc Development)

Faculty, graduate student, postdoc Developmentは、個別の教授者ないし将来教員を構成するメンバーに焦点を当てたプログラムを指しています。この領域の専門家は、クラス運営や学生の評価、教室内での教授メソッド、アクティブ・ラーニングの方策、教授と学習に関する新しいテクノロジー、そして、〔授業の〕デザインやプレゼンテーションのあらゆる側面についての助言を行います。学生への助言、個人教授、規律の方針や管理などの、教師と学生の交流といった側面についても、専門家は教授者に助言します。

さらに、そうしたプログラムにしばしば焦点を当てられるのは、学者であり専門家としての教授者だということです。これらのプログラムは、キャリア・プランニング、研究費獲得のための書類作成のようなアカデミック・スキルにおける専門能力の開発、出版、委員会の仕事、運営関係の仕事、監督する技能、教員に期待される広範に渡るその他の活動を含んでいます。大学院生やプロの学者にとって、こうしたプログラムは、将来のキャリアの方向性を用意させるような、将来教員になる準備、あるいは、将来専門家になる準備になることでしょう。

これらのプログラムの第三の領域は、人としての教授者に焦点を当てています。この点は、福利面でのマネジメント、対人スキル、ストレスや時間の管理、自己主張の訓練、個人としての幸福に配慮したその他のプログラムの主催などを含んでいます。

Faculty/Graduate Student/Postdoc Developmentの全てが、これら全領域を満たしているわけではありません。しかし、多くのプログラムは、教員の仕事に関して、何らかの全体論的な見方を採用しており、できる限り生産的かつ効果的になるよう個々の教授者を支援することは、組織全体を強くすることになるという哲学を持っているのです。

組織的教育開発(Instructional Development)

Instructional Developmentは、コース、カリキュラム、学生の学びに焦点を当てており、組織改善とは異なるアプローチを採ります。このアプローチにおいて、教授者は、教授の諸目標を達成するのに適切なコース構造やティーチング・ストラテジーを同定する組織設計の専門家と協働して、設計チームないし再設計チームのメンバーとなります。

Instructional Developmentのプログラムでは、あるコースが、学部や組織のカリキュラム全体にどのようにして調和するかを精査することもあります。また、Instructional Developmentのプログラムでは、学びを最大化するような組織的教育の諸目標や手法を明確化する手助けをします。あるいは、目標達成の観点から、コースの有効性を評価します。教員が、教授と学習に関わるテクノロジーを選んだり利用したりする際のサポートを行うこともあります。そして、コース内で利用できる学習素材を創出・評価します。多くのinstructional Developmentのプログラムは、メディア設計の要素も含んでいるのです。

多くのプログラムは、この焦点を拡張して、こうした役割を発揮できるように教員メンバーやTAを訓練することを含んでいます。この焦点には、コース設計に関するワークショップのプレゼンや、代替的な教授手法、新しく効果的な技術的ツールないし特色ある学習管理システム、〔学習〕素材の製作が含まれています。こうした拡張ゆえに、教授の有効性に関する様々な問題を検査したり、教員メンバーや大学院生がコースの手法に関する自己検査をする手助けをしたりする評価に関する構成要素が〔Instructional Developmentには〕しばしば含まれています。

こうしたプログラムの背後にある哲学は、組織のメンバーがチームとして協働し、利用可能なリソースで、できる限り最高のコースを設計しなければならないというものです。

組織開発(Organizational Development)

Organizational Developmentは、組織の有効性を最大化するための第三の視点です。このプログラムの力点は、機関の組織的構造にあります。その哲学は、教員や学生を支援するのに効率的で有効な構造を作り出せるとすれば、教授と学びのプロセスは活気づくだろう、というものです。

教授と学びの構造や実践を変えるために補助金が出されているように、カレッジとユニバーシティの優先事項を含んでいるので、多くの担当部局が、大規模な組織変革の努力をしています。類似の活動は、評価やカリキュラムのマッピング、学習目標の議論といった様々な過程を通じて、大学の各単位が自身のカリキュラムを計画・改善する手助けすることを含んでいます。意図した結果と達成した結果は一致したのか。カリキュラムの計画はアップデートする必要があるのか。変化の過程はどのようなものか。〔こうした問いが存在するのです。〕

まだ他に、教員を含む人事の問題を取り扱うプログラムもあります。教員はどのように評価され報酬を受けるのか。自身の退職も含め、組織内での変化に教員はどう対応するのか。教員は組織の統治構造全体のどこに適合しているだろうか。組合化・部門化・専門化の影響とはどのようなものか。

Organizational developmentの第三の領域は、教員と理事のリーダシップ資質の開発に焦点があります。プログラムが提供する活動の一つとして、学部長・学生部長・その他の意志決定者のための運営能力開発があります。これらの人びとは、コースがいかに教えられるのか、教員の雇用・昇進の基準、学生の入学・卒業の基準に影響するような方針を立てることになる個人なのです。

これらの強調点の全て――組織の変革、人事、リーダーシップ――を貫く、organizational developmentの重要な焦点(focuses)は、教育実践の向上のための構造的な水晶体(lens)にあるのです。

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原文の参考文献

Amunden, C., & Wilson, M. (2012). Are we asking the right questions? A conceptual review of the educational development literature in higher education. Review of Educational Research, 82(1): 90–126.

Felten, P., Kalish, A., Pingree, A., & Plank, K. (2007). Toward a scholarship of teaching and learning in educational development. In D. Robertson & L. Nilson (Eds.), To Improve the Academy: Resources for Faculty, Instructional and Organizational Development, 25 (pp. 93–108). San Francisco, CA: Jossey-Bass.

Little, D. (2014). Reflections on the state of the scholarship of educational development. To Improve the Academy, 33(1): 1–13.

Sorcinelli, M.D., Austin, A.E., Eddy, P.L., & Beach, A.L. (2005). Creating the future of faculty development: Learning from the past, understanding the present. San Francisco: Jossey-Bass.

翻訳者/谷川嘉浩(たにがわよしひろ)京都大学人間・環境学研究科博士後期課程


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