J.デューイによる『世論』(W.リップマン)の書評

ここに訳出したのは、アメリカの哲学者ジョン・デューイ(John Dewey: 1859-1952)の書評です。本文は有料です。研究のためのカンパとして、ポチっていただければと思います。

この書評は政治哲学的に言って、単なる書評ではありません。ウォルター・リップマン(Walter Lippmann: 1889-1974)への書評だからです。(若きジョン・デューイの写真↓)

このレビューで論じられているのは、リップマンの主著・Public Opinionです。これは1922年に出版されたのですが、この書評の初出が1922年なので、恐らく出版後すぐに読んだと思われます。

さて、なぜこの書評が大切なのかといいますと、政治哲学史で重要な論争として、「デューイ=リップマン論争」というのがあるとされるからです。その一端は、哲学研究者御用達のスタンフォード・エンサイクロペディア・オブ・フィロソフィーの「デューイの政治哲学」に垣間見ることができます。ここには次のような一節があります。

「『公衆とその諸問題』(1927)は、複雑化した現代社会では民主政治が成立する余地がわずかしかないと論じたウォルター・リップマンのような懐疑派に反対する、参加的民主主義の理想の擁護が含まれていた。初期著作以来、デューイは、レッセ・フェール的リベラリズムと、それに伴う社会の個人主義的見解に対する批判者だった。」
「……ウォルター・リップマンのようなレッセ・フェールのテクノクラート的批判者と対照的に、デモクラシーという広範囲にわたる形態は、社会的行動に欠くことはできない、とデューイは主張した。」

特にコメントの必要はないかと思います。ともかく、こうした対立があり、彼らはそうした論争をしたとされていることが重要なのです。論争の整理・検討については、広瀬ほか編(2003)『現代メディア社会の諸相』学文社の中にある、岡田直之「リップマン対デューイ論争の見取り図と意義」という論文を参照してください。

とはいえ、本文を読んでいただければわかる通り、デューイはリップマンの考えに、基本的には同意していると言ってよいと思います。この文章だけを読むならば、ほとんどすべてに同意しているようにさえ読めるかもしれません。

それもそのはずです。『世論』では、デューイ自身の本(How We Think)が引用されたりもしているように、所属する知的な文化圏が近かったのです。(若きリップマンの写真↓)

リップマンは1906年にハーバード大学に入学します。在学中、ウィリアム・ジェイムズが彼のエッセイを読んだことから交流が始まります(『世論』にもジェイムズの『心理学』がしばしば引用されます)。ジェイムズは、プラグマティズムの思想家として、デューイと同系統にしばしば位置づけられます。また、大学4年目に、リップマンは、ジョージ・サンタヤナの助手を務めたりもしています。サンタヤナはデューイの論敵であり、影響を与え合いました。ことほどさように、リップマンとデューイは距離が近かったのです。

デューイは、リップマンの思想に影響を受けながら、彼の公共哲学を練り上げていきます。それが、例のスタンフォードの引用文にもあった『公衆とその諸問題』であり、『新しい個人主義と古い個人主義』です。それらの紹介はここではやめておきます。(代わりと言ってはなんですが、一般向けの哲学講座「やっぱり知りたい!ジョン・デューイ」(全三回)で、この辺りのことをご紹介する予定です。)

以上を踏まえるなら、アメリカの哲学者、ジョン・デューイが彼の公共哲学を形作る際の出発点の一つになったのがこの書評だと言うことができるでしょう。

前置きはこれくらいにして、いくつか注意事項を書いておきます。本文中の〔〕は全て、訳者(谷川嘉浩――京都大学人間環境学研究科博士後期課程)による補足であり、いくつかの部分では原語を()で示しました。また、〔〕で示された頁数は、岩波文庫版の『世論』上下巻それぞれの頁数に相当しています。なお、Public Opinionの訳語は、デューイの『公衆とその諸問題』との接続を意識して、「公衆の意見」としました。

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Walter Lippmann, Public Opinion, New York: Harcourt, Brace and Co., 1922

リップマン氏は、読者の興味をそそり、批判的判断が困難な本を書いた。文体や主題は一体となっている。〔この本ほど〕現代に書かれた政治に関する書籍のなかで、申し分のないものを私は一冊たりとも知らない。この本の美点は、見事な書物だと感服させることではなく、扱われた主題をありありと描くことにある。この種の本を読むことは、光(illumination; 啓蒙)の中の経験である。〔この著者ほど〕確固たる形式を作り出すために、光と影をうまく扱い扱ったり、色を器用に使ったりする画家はいない。舞台上の人物は、そういう構成と目立ち方をしている。言い換えると、表象の仕方は具象的かつ投影的なので、読者はこの本を読み終えるまでに、現在構想され、これまで著されたものとしては、恐らく、民主主義を最も効果的に告発した書物だと気付くだろう。

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