【翻訳】トランプのWHO拠出金停止へのSRCD(子ども発達研究協会)の声明

1.WHO拠出金停止とSRCDの声明

研究者の谷川です。

今回訳しているのは、SRCD(子ども発達研究協会)が、ドナルド・トランプ大統領のWHO拠出金停止を行ったことに対して発表した声明です。

発達科学者の友人(謝辞にも出てくる萩原広道さん)によると、SRCDは以下のような位置づけの学会です。

SRCDは、子どもの発達研究に関する世界最大の、かつ学界を牽引する国際学会。1933年に設立され、世界中の5500人を超える会員からなっている。発達科学を進歩させるとともに、科学的知見の社会への応用を目指している。

何か大企業、政府や国際機関などが誤った方針をとったとき、こうした重要な役割を果たす学会が、できるだけ早く何らかの声明を出すことって、その社会にとっても、そこに属する研究者にとっても大切なことやなぁと思ったので、今回訳すことにしました。

なお、WHOが仮に何らかの誤った傾向を抱えていたとしても(私は判断できるだけの知識がありません)、私自身は、SRCDの声明が言うように、危機において最も苦しめられるのは誰かという論点は、非常に重要だと考える次第です。


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2.声明の要点

SRCDの声明には「介入」という言葉が頻出します。

「介入」の重要性、つまり、外部アクター(WHOという国際機構)によるグローバルな医療的介入の重要性を訴えることの背景として、私個人は、いわば「人権」という諸々の共同体を越えた理念への共感を読み取りました。

少し脱線しますと、ジェノサイドや民族浄化といった人道に関する罪に対して行われる、他国や国際機構などによる軍事的介入のことを「人道的介入」と呼びます(参考)。

諸々の共同体のよいと考える個別の基準を超えた、いわば「正義」や「人権」の観点から、火急の必要性への対応のために行われる介入という点では、SRCDの言う「介入」と重なるものでしょう。

余談はさておき、SRCDの声明は、以下の論点に集中しています。

・最も傷つきやすい存在(とりわけ子どもや最貧国の人たち)が危機において、最も翻弄される
・直接的な影響だけでなく、長期的な影響を心配している
・WHOが行うような健康への世界的支援は、公衆衛生上の意義も大きい
・科学者コミュニティの知見は実際に効果を上げてきた

この点をおさえておけばオーケーです。

専門知の問題については、反ワクチン運動などが吹き荒れ、気候変動などの科学振興予算を削られているアメリカの現状を透かして見る必要があるかもしれません。

なお、以下がSRCDの声明の本文です。


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3.「アメリカ政府のWHOへの拠出金停止に関する子ども発達研究協会の声明」(翻訳本文)


「子ども発達研究協会(The Society for Research in Child Development)」(SRCD)は、発達科学者の国際的コミュニティです。SRCDは、子どもたちのために、世界保健機関(WHO)の活動支援のための資金提供を保留するアメリカの決定に強く反対します。

WHOの使命は、"健康を促進し、世界を安全に保ち、弱者に奉仕すること"です。WHOの活動は、COVID-19パンデミックとの闘い、子どもたちの健全な発育の支援、国際協力の構築に不可欠です。WHOは、年間48億ドルもの予算を組んでいますが、これは、子ども・家族・大人の健全な発達を促進させるための世界最大の取り組みであることの証です。WHOは、過去30年の間に多大な進歩を遂げてきたと評価されており、世界で毎日命を落とす5歳未満の子どもの数を減らすために、たゆまぬ努力を続け、成功をおさめてきました。現在、5歳未満児の死亡件数の80%以上が、サハラ以南のアフリカと中東・南アジアで発生しています。世界中の5歳未満児のうち、これらの地域にはその52%の子どもたちしかいないにもかかわらず。WHOは、この巨大な不平等を縮減することに力を注いでいます。子どもの死の半数以上は、心理-社会的介入(psychosocial intervention)・予防接種・保健システムの改善によって予防可能なのです。

COVID-19が地球規模で大流行する間、世界のすべての子どもが脅威にさらされています。しかしそれ以上に、基本的な栄養・保健医療・親のケアが保証されていない地域に住む「傷つきやすい人たち(the vulnerable)」は、差し迫った危機にさらされています。WHOはこうした子どもたちを支援しているのです。

科学者である私たちは、世界的な援助の中止が子どもたちの健全な成長にもたらす、直接的・長期的な悪影響をひしひしと感じとっています。〔私たちだけでなく広く〕科学者コミュニティは、効果的な治療法、解決策、予防策を発見してきました。今日、私たちはこれまで以上に、子どもたちの命を救い、パンデミックによる長期的な悪影響を防ぐために、WHOがこうした介入を行うことに期待を寄せています。WHOへの資金援助は、プライマリケアへの地球規模のアクセスと子供のメンタルヘルスに対する介入を支援することであり、そのことが、次なる公衆衛生の危機を防ぐことにもつながるでしょう。

今この時、世界で最も傷つきやすい子どもと家族の健康と安全を守るために、私たちがなすべきなのはWHOへの拠出金の停止ではありません。むしろ、私たちに必要なのは、WHOの良質な仕事を支援することへのコミットメントなのです。


ケネス・A・ダッジ(学会長)

ローラ・L・ナミー(事務局長)

子ども発達研究協会を代表して


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訳者:谷川嘉浩(まえがきも含めた文責は私にあります)

謝辞:声明を紹介してくれ、訳文を検討してくれた萩原広道さん、ありがとうございました。

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