【翻訳】デューイ「心に対するラジオの影響」(1934)【全文】

前置き

ここに訳出するのは、哲学者ジョン・デューイの"Radio's Influence on the Mind"です。書誌情報としては、Jo Ann Boydstion, ed., The Collected Works of John Dewey, The Later Works, vol. 9, p.309 です。

最初は、WEVDラジオ大学(WEVD University of the Air)で、1934年12月8日に行われたラジオ講演で、『学校と社会』誌(School and Society)60巻(1934年12月15日刊)の805頁に掲載されたそうです。

WEVDは左派系のマインドを持った人が(たぶん啓蒙的な動機を持って)立ち上げたラジオ局みたいですね(参考)。アメリカ社会党のスポークスマンだったユージン・ヴィクター・デブス(Eugene Victor Debs)の頭文字をとったみたいですね。

ラジオ講演なので、敬体(ですます調)で訳します。目と耳の話は掘り下げる余地はありそうですが、基本的に語られている内容は簡単なので、特別に理解に資するような解説はしません。ただ、政治をめぐる時代状況は補足しておきます。

エドワード・バーネイズをご存知でしょうか。プロパガンダについて調べたら大体行き当たる名前です(参考)。あまり目立たない事実ですが、彼は当時の(社会)心理学を彼なりに摂取していました。

その「当時の社会心理学」のベースになる知見は、ウィリアム・ジェイムズやジョン・デューイ、ウォルター・リップマンやグレアム・ウォラス、エンジェルといった、デューイとその近くにいた人びと、あるいは、その影響下にある人たちが作ったものでした。

どこまで具体的な影響関係があるか調査したことがないので、ふわっとした物言いしかできませんが、少なくとも、デューイが、プロパガンダへの感受性を持たざるを得ない立場にいたということです。

それから、F. ルーズヴェルトの「炉辺談話(fireside chat)」(1933)を既にアメリカ社会が経験済みであり、デューイもそのことを念頭に置いていたはずです(なお、ラジオ版の「宇宙戦争」(H. G. ウェルズ)は1938年)。

さて、以下本文。


「心に対するラジオの影響」

 ラジオは、世界がこれまでに見てきた中で最も強力な社会教育の道具です。物理的な事柄や技術的な事柄を理解するときには、目は、耳よりも役に立ちます(superior)。しかし、あらゆる社会的事柄に言えることですが、群れとしての人びと(the mass of people: 大衆)は、視覚以上に聴覚によって導かれています。デモクラシーの進展(progress)がこれまで大いに疎外されてきた背景には、物理的なモノのやりとりに関する近代的な手段が、知識や様々なアイディアのやりとりのための手段よりも遥かに発展しているという事実があります。ラジオは、このバランスを是正する可能性を示してくれています。

 それは可能性にすぎません。まだ達成された事実ではないのです。特定の利害関心から、ラジオ自身がプロパガンダに手を貸すかもしれません。ラジオは、事実を捻じ曲げ、公衆の心をミスリードするために利用されうるでしょう。こうした目的のために用いられるか、公衆の社会的な関心のために用いられるかという問題は、目下の決定的な問題の一つだというのが、私の意見です。啓発された公平な公衆の意見と感情(public opinion and sentiment)を形成することは、デモクラシーの成功のために欠かせません。ただし、その形成は、目下の問題が実践によってどのように応えられていくかということに、私たちが既に気づいているよりも大幅に依存しているのです。私的に所有されている場合でも、ラジオは、深い公的関心に影響されています。だからこそ、日々聞き入っている何百万のリスナーを真に教育しようという努力のすべてが、非常に重要なのです。このことが、WEVEステーションの、ラジオ大学(the University of the Air)を運営しようという試みを私が歓迎している一つの、大きな理由です。ラジオ大学の成功を祈念します。どのラジオ局もこの模範に続くまで、その影響が拡がりますように。

(了)

使用するとき、参考にしたときは、記事名、URLと翻訳者名を明記してください。つまり、適切な作法で引用してください。

谷川嘉浩 2019. 11. 5

なお、先日、デューイの「ジェファーソンについて」(1943)を訳しました。こちらもぜひご覧ください。

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