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紅色の10分は甲羅の君の恩返し -後半- | tabi.3



まだまだ明るい夏の宮崎。
まちのスーパーで、夕ご飯に食べたいものと飲み物を買い込んで宿に戻ろうと歩く。黒棒というお菓子も買った。 

道の向こう側に、看板があって「すっぽんぽん風呂」と書いてある。温泉に入る時はみんな服脱ぐんちゃうーん? と思いつつ。
道を渡ると、そういう愛称で親しまれる、地元のお宿さんの温泉だということがわかった。後で調べてみると、洞窟の中のような神秘的な温泉だそうで またこのまちに来ることがあれば行ってみたい。

さて、我が宿へと帰る途中、また気になるスポットがある。プレハブの作りで卵の販売所だった。ほかにいくつかお店が並ぶ。一番右手には鮮魚を売る店もあった。地元の人御用達の様子。


ところで、さっきまでいたカフェでは時間潰しにスマホの記事をみていた。生き物が好きで、SNSやウェブの動物救出系をしばしば見てしまう。お産前の猫を保護したとか、海外の動物が沼にはまっているのを助けたとか。

古民家カフェで抹茶をいただく

この日は亀の話を読んでいた。ーー亀がいました。放っておけずに助けました。飼い主は〇〇さんとわかりました。飼い主に戻してあげて、一件落着ーーというような内容。ほかにも海岸に打ち上げられた亀を海に戻してあげたとか、そんな話をよくみかける。

ふむふむ。
亀を見つけて飼い主がいた。

…っていう偶然はあるのだろうかと思ったり。亀、放っておいて干からびたらかわいそうだけど。。

私の頭の中はなぜか「亀」「救出」になっていた。

私はうっかり駐車場を歩いていたので、歩道に戻ろうと思った。そしてその生き物に遭遇する。

(……亀?)

え?生きてるの?

気温30度を超える昼下がりの、カラッカラのアスファルトの上。しゃがんでじっと観察した。動きがあるので、生きていることがわかった。

記事では亀の救出劇を読んだけど
私はどうしたらいいんだ。

過去に、北の国を車で走っていて、傷ついたシロフクロウを拾ったことを思い出していた。その時は獣医さんに引き渡した。

野生動物なら、野生動物としての対処方法を行わなければならない。
しかし、この亀と思われる生き物は、果たして野生動物なのだろうか。駐車場の敷地内だから、誰かの所有物かもしれない。

これは保健所に届けるの? それとも「亀が脱走してます」って告知すべき?

そんなことを考えながら、じっと甲羅の君を見つめていると、卵の販売所から地元の女性が出てきて気づいてくれた。
袋にたっぷり卵を詰め込んだお買い物帰りだ。

女性「どしてん?」
(正しくは地元の方の言葉で話している)

「ええと、亀がいまして」

女性「亀!昨日の雨で川から流れてきたんけなぁ?」
(正しくは地元の方の言葉で話している。以下、同様。)

「えっ!昨日、川が氾濫したんですか?!」

女性「えんや、しとらんけど…」

流されてきたというので、河川が氾濫する災害レベルだったのかと焦ってしまった。でも道路は川のようになっていた可能性はある。女性がいうこともわからなくなかった。ちなみに川とこの場所は200mは離れている。

ところで、女性は面倒なところに出くわしたことに気づいている。

女性「え……」

私(どうするかな…この亀)

女性「えー、、むむ」

彼女は、私が「ま、いっか」と去らないかと思っていた様子だった。間合いが詰まらず無言の押し問答になった。

女性「それ、うごくんけ?」

確かにそうだ。せめて日の当たらない場所に移動させたい。私は甲羅の端と端を両手で持って、屋根で日陰になる場所に移動させようとした。するとこの生き物は足をバタバタさせた。

女性「ひよえぇぇ」

彼女は慄いていたが、私にとっては都会で見るゴキブリに比べると全然怖くない。

女性「あかん、それ、スッポンや!スッポン!放しぃ、噛まれるで!」

(えっ、スッポン⁈ 亀じゃない…?)

「え」

女性「見いや、頭の細いやろ、スッポンや!噛むで!」

甲羅を持つ生き物だが、亀ではなくスッポン! そして噛むのか。私の頭の中の、平和な亀救出ストーリーは事態が急変した。

スッポンは、そもそも川にふつうにいるものなのか? そこから流れてきたのか? 誰かの所有物? むしろ敷地内の鮮魚屋から逃げてきたのか…?

頭の中で解決法を廻らせた。どうしたら決着できるのだろう。私の頭には、アスファルトの上で放置するという結論だけにはならなかった。だって放っておけば、干からびてしまうか、車に轢かれてしまう。

さらに彼女は、「スッポンが噛む」といい、怯えている。
それで気になったのは、地域の子どもたちのことだ。私はまちを歩いていて、コミュニティセンターに集まる子どもたちを見かけていた。好奇心旺盛な子どもたちがこのスッポンを見つけたら、危ないんじゃないだろうかと想像してしまった。尚更、放置できない。

女性は私がスッポンを放置しないことを見兼ね、ダッと隣の敷地に走った。そこでは戸建ての住宅建築中で、工事現場に男性が数名いた。女性は現場監督っぽい落ち着きのあるおっちゃんを連れてきた。さすが地元、助かる。

女性「すっぽんいるんや、川持ってってや」

現場監督さんは、そういまれ、えっとなっている。そして面倒といった雰囲気だ。放置してしまえばいいのにと、きっと願っている。しかし、私が適当に終わらせないことに勘づいている女性の押しは強い。

女性「雨で流れてきたみたいなんや。みや、顔細いぃ。スッポンや!」

現場監督さん「生きとんのかい」

女性「生きとる。ひやあぁ、また動いた」

現場監督さん「……」
スッポンは逃げようとして建物の壁に行き、なぜか登ろうとする。

(いや、登れないと思うけど…)

現場監督さんは、待ってな、と現場に戻り小さな段ボールを持ってきた。

現場監督さん「川に逃すわ」

そういって段ボールを持ってスッポンを救うように保護しようとする。
スッポンはわたわたと逃げようとした。

女性「ひやぁ。スッポン噛むねんな。気つけてやぁ」

そして、かくしてスッポンは保護された。現場監督さんは川に逃すといい、スッポンの入った段ボールを抱えて住宅工事現場に戻っていった。
私は女性にありがとうございます、とお礼をいった。一人のままだったら、一人で調べて、一人で保護して、川まで運んだのだろうか。彼女のパフォーマンスがなければ、この珍事件は片付かなかっただろう。卵を買いに来ただけなのに、とんだ珍ストーリーに巻き込まれ、そして実質スッポンを救ったヒロインだ。

お姉さんありがとう!

女性は安心して帰っていった。

一夜が明け、目覚めると、外はまだ暗かった。

少し待ってみても、まだ暗い。宮崎のこの地域と東京近郊では日の出・日の入の時刻がずれていた。どうりで昨日は日が長いと思ったわけだ。

それでもやっと5時過ぎには空が白んでいた。私は、日の出の時間より前に、と朝の散歩に出た。

昨日スッポン珍騒動があった場所は川から200mほどあったけど、この場所からは50mくらい。川沿いには遊歩道があって散歩したいと思っていたのだ。遊歩道には、ぽつぽつとベンチが置かれている。

気候のいい春など、散歩をしてひと休憩にいいと思う。


少し先に橋があったので、そこまで行ってみようと歩いた。

途中、空がぱぁっと明るくなった。日の出の時間だ。その直後に朝焼けか、空が紅くなりはじめた。そしてどんどん、どんどん紅くなった。燃えるような空の色に辺りが包まれていた。


どこまでら紅くなるだろうと思った。
橋に着く頃には翳り始める。

その後、北の空に大きな虹がかかった。

虹を最後に再び薄暗い朝の景色に戻る。その間、わずか10分ほどのことで、大空のショーみたい。こんなドラマチックな景色に出会えたことが奇跡に思えた。

橋から見た川内川と朝焼け。


それから、宿に戻って朝ごはんをいただいた。軽い運動をしたから、食事もひときわ美味しかった。

旅の間には、宮崎にはこんなすごい景色があるのかと思っていただけだった。でもなかなか出会えない貴重な10分間だったんだとも思う。家々はまだ寝静まっていた早朝、私も川岸に行かなければ出会えない世界だった。

そういえば昨日のスッポンはこの川に放たれたのだと思う。元気に泳いでいるといいのだけど。

もしかすると奇跡のような紅色の10分は、甲羅の君、スッポンの恩返しかもしれない。

稀有な世界を見せてもらったとしたら、
月とスッポンなんて
もういっていられない。


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