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就活ガール#290  研修って何をするの?

これはある日のこと、ゼミ室でアリス先輩と二人で卒業研究をしていた時のことだ。研究熱心なアリス先輩の邪魔をしないよう、少し暇そうな時間を見計らって、今日も就活相談を投げかけることにした。

「新人研修の期間ってどれくらいが普通なんですかね?」
「新人研修?」
「はい。入社後に研修期間ってありますよね。あれが短いとブラック企業っぽいなーって感じがするので気になってます。」
「なるほどね。たしかに研修期間が短いっていうことは、誰でもできる業務である、つまり待遇が悪くなりがちな傾向はあるわね。」
「はい。他にも、研修をするような資金的余裕がなく、さっさと新人を現場に投入して利益を生み出してもらわないと困ると思っている企業も多そうです。」
「そうね。研修期間が半年とか1年とかに及ぶのってだいたい大企業であって、中小企業では数日とか長くても数週間ということが多いと思うわ。」
「そう考えると、やっぱり研修期間は長ければ長いほどいいんですかね。」
「基本的にはそう思うわ。自分だけ1年間研修をしている一方で他の企業に行った友人たちがどんどん現場で実績を上げてると焦ると思うけど、それは不要な感情ね。」
「急がば回れってやつですかね。そもそも皆本音では働きたくないから、研修が長い人は羨ましがられる傾向にもある気がしますけど。」
「研修中は残業が禁止されてたり、短時間しかできない会社が多いのよ。一方で、先に配属された人はダラダラと生活残業をして残業代を稼いでる。そうすると、可処分所得という意味でも結構な差ができるのよね。」
「あー。友達が散財してるのを見ると羨ましくなるというのはありそうです。」
「そうよね。まぁこれも2年目以降ですぐに取り戻せるから、あまり人と比べないことが重要よ。」

「ところで、そもそもなんですけど、研修って何をするんですか? 名刺を渡したりする練習って半年どころか1時間くらいで終わる気がするんですが……。」
「名刺の渡し方、お辞儀の仕方、メールの書き方、スーツの正しい着用の仕方、敬語とかっていうのはいわゆるビジネスマナー研修と呼ばれるわね。夏厩くんの言う通り、これらは大手企業でも1、2日で終わることがほとんどよ。」
「ですよね。ということは他の数か月はビジネスマナー以外のことを教わるんですか?」

「ええ。ビジネスマナーの次はロジカルシンキングやプレゼンテーションについて教わることが多いかしら。」
「ロジカルシンキングっていう概念がよくわからないんですよね。論理的に考えて話すって面接でも散々やってるし、日常会話においても当たり前のことじゃないですか。わざわざ勉強するようなものなんですかね。」
「それは夏厩くんが男性だったり、法学部生だったりするからそう思うのかもしれないわね。」
「そう思わない人もいるっていうことですか?」
「そうよ。人間関係は感情で成り立ってると考える人は意外と珍しくないわ。例えば『営業が必死で頼めば客は商品を買ってくれるだろう』とかね。」
「うーん。まぁ程度問題だとは思いますが、必死で頼むだけでは難しいですよね。」
「ええ。特に企業はロジックで動いてるからね。仮に営業を受けた客側の担当者が良いなと思ったとしても、それを客側の社内で上司に報告し、稟議をして、決裁を得ないといけないわ。そう考えると、その商品を購入するメリットが伝聞でもちゃんと伝わるようにアピールしないといけないとわかるわよね。」
「はい。感情に比べて理論は伝聞でも伝わりやすいですもんね。」
「そうね。ちなみにこれは面接も同じよ。」
「はい。面接官は社内で他の人事担当者とか上司に報告をしてるから、その時に面接官が上に伝えやすいように自分をアピールする必要がありますね。」

「ええ。仕事も同じなのよ。とはいえ悩んでる同僚を励ましたりする場面では感情的に寄り添える能力の方が重要だったりするし、そもそも何事もある程度気合いとか根性論も重要だと思うわ。両者のバランスなのよね。」
「ってことは、ロジカルシンキングじゃなくて、そういう感情的なコミュニケーションも研修で習うんですか?」
「いいえ。余り習わないわ。そういうのは他人が教えて磨かれるスキルではないからかもしれないわね。」
「なるほど……。だからこそ面接の段階で『人柄』が重要視されてるのかもしれないですね。あとから磨くことが難しいなら、そもそも問題がある人柄の人は入社させないようにするしかないです。」
「そうね。多少論理破綻した説明でも面接に通ることはあるけど、人格的な問題はわりとあっさり不合格になってしまうケースが目立つわ。」

「それで話が戻るんですけど、研修では他にどんなことをするんですか?」
「社内ツールの使い方とか、社内の業務上のルールとかも習うわね。このあたりから職種別になることが多いわ。」
「社内ツールってエクセルとかですか?」
「違うわ。エクセルは市販されているでしょう。」
「市販されてないツールがあるんですね。」
「ええ。その会社専用の経費精算システムとか、勤怠管理システムとかね。加えて、営業だと顧客管理システム、技術職だと開発に使う専用ツールの使い方の説明があるわ。」
「なるほど。あとは社内での運用ルールもありそうですね。例えば稟議書の項目名とか。」
「そうね。細かいところでいうとそういうところまで決まってる会社もあると思うわ。何をするには誰の承認が必要とかっていうのも企業によって違うでしょうしね。」
「覚えられる気がしないです……。」
「全部研修期間で覚えておく必要はないのよ。ただ、実際に現場に配属されて働くときに、なんとなくでも聞いたような気がするという実感があると全然違うしょう?」
「はい。頭出しみたいな感じですね。そういうのはよくある気がします。」

「で、この職種別の研修が企業によってまちまちなのよね。長い企業だと半年とか1年とかになる。大企業を平均すると3か月から半年くらいじゃないかしら。」
「大企業の理系職だと、例えば全くプログラミングの知識がない人に一からプログラミングを教えたりとかってのもありそうですね。」
「そうね。あとは、入社1年後の3月とか、2年後の3月とかに定期的に研修があることもあるわ。」
「何をするんですか?」
「この一年間で学んだこととかを皆で共有したり、後輩との接し方を教わったりすることが多いわね。」
「あ、そっか。1年もすればすぐに後輩ができますもんね。」
「そうそう。正社員以外、例えば派遣スタッフとかは入れ替わりが激しいから、1年目の正社員が新しくやってきた派遣スタッフを指導することだってあるくらいだわ。」
「難しそうです。」

「で、その後も出世するタイミングで研修があったりするわね。部下をうまくマネジメントする方法とか、経営的な思考力とか。」
「新任課長には課長向けの研修が、新任部長には部長向けの研修があるってことですかね。」
「ええ。他にも子会社に出向することになった人向けの研修とか、地方オフィスや海外オフィスに転勤になった人向けの研修とかもあるわね。」
「なんか研修ばっかりですね。ありがたいです。」
「大手企業ほどそんなものよ。実際に働いてると、日々の業務が好きすぎて研修が面倒だと感じる人も結構いるみたいだけどね。」
「俺はそこまで仕事大好きになれる気がしないです。」
「そうね。大半の人は息抜きくらいの気分で受けてるから、あまり気を張り詰める必要はないと思うわ。新人研修だって、楽しくやってれば十分よ。」
「よかったです。今日もありがとうございました。」

そこまで話したところで会話を終えた。今日は、新人研修やその後の研修について学ぶことができた。良い会社ほど研修期間が長くなる傾向があるし、長いキャリアの中での数か月や1年程度の期間なんて誤差のようなものなので、学生時代の同級生が先に実務で成果を残していても焦る必要は全くないだろう。とはいえ、アリス先輩は気を張り詰める必要はないと言っていたものの、真面目に研修を受講して一定の評価を得ておく必要はあると思う。研修結果が全てではないし実務能力が高ければそれで十分だと思うけれど、多くの人の能力値を効率良くする見定める時に、わりと雑な方法で判断が行われることがあるということを、俺は就職活動を通して実感している。『一見伝わりにくいけれど実は魅力的な人』というのは、とにかく会社員としては不利なのだ。自分の先天的な良さはそれはそれで持っておくとして、会社員としてうまく社会を乗り越えていくスキルを身に着けると割り切る能力は入社後も必要だろう。むしろ、入社後にそういう能力が必要だからこそ、就職活動でも重視されているのではないか。そんなことを思いながら、一日を終えるのだった。

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