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春の星々(140字小説コンテスト第4期)応募作 part5

季節ごとの課題の文字を使ったコンテストです(春・夏・秋・冬の年4回開催)。

春の文字 「細」
選考 ほしおさなえ(小説家)・星々事務局

「春の星々」の応募期間は4月30日をもって終了しました!
(part1~のリンクも文末にありますので、作品の未掲載などがありましたらお知らせください)

受賞作の速報はnoteやTwitterでお伝えするほか、星々マガジンをフォローしていただくと更新のお知らせが通知されます。

優秀作(入選〜予選通過の全作品)は雑誌「星々」(年2回発行)に掲載されます。
また、年間グランプリ受賞者は「星々の新人」としてデビューし、以降、雑誌「星々」に作品が掲載されます。

雑誌「星々」既刊ご購入▼


応募作(4月27日〜29日)

投稿日時が新しいものから表示されます。

4月29日

上野 大桜(サイトからの投稿)
 細い道を抜けた先に何が待っているかわからない。桃源郷のような壮大な景色が広がっているかもしれないし、目を疑うような光景が待ち構えているかもしれない。もしかしたら立ち直ることが出来ないかもしれない。それでも前へ進む。一歩一歩確実に大地を踏みしめる。それが人生というものだから。

上野 大桜(サイトからの投稿)
 僕らはそれぞれ一人で生きることが出来る。背の高い彼はみんなからの人気者。僕といえば身体に四つも穴が開いている。彼と不釣り合いなのは明白だ。それでも僕は彼と一緒にいたい。隣り合わせになり無限に広がる化学反応を引き起こしたい。だから僕は隣に居続ける。『細』という漢字がある限り。

一文字草(サイトからの投稿)
「では詳細な事をお聞かせ頂けますか?」そう言われる。私は困った。「詳細と言いますと、どの程度ですか?」「細部まで。」「はぁ、細部まで詳細にと言う事ですね?」「そうです。」細部まで詳細に……。細かい所まで細やかに説明せよと。何かこの人、細かいなぁ。私は居たたまれなくて身を細くした。

一文字草(サイトからの投稿)
「みちみちだ。」顕微鏡を覗いたその人が言った。何となく言いたい事はわかる。「初めて聞いた時、何それって思ったんだけど、でもこれ見てよ。」そう言って顕微鏡を覗くよう促される。目に見えるのは増えすぎて重なった細胞たち。実験には使えない。「ね?満ち満ちでしょ?」確かに細々が満ち満ちだ。

一文字草(サイトからの投稿)
研ぎ澄ませ。細く細く。余計なものは削ぎ落とせ。それはお前に必要か?他人の戯言など必要ない。惑わされるな。細く細く、内側へ。自分を見極めろ。お前は何者だ?それを探せ。細く、細く。研ぎ澄ませ。お前の敵はお前だ。疑心暗鬼になるな。研ぎ澄ませ。答えはお前の中にある。お前だけが知っている。

あまね(サイトからの投稿)
はらわたがぐらりと煮えて冷たい鉛に転じた。瞼も唇も限界だったから靴紐を引き結んで夜を駆ける。ウィンド・ハープの音がする。むかい風が身の内をさばいているのだ。細く解けて吹き飛ばされていく。また一糸見送った。遠い足跡にあわくこごるものが見えたが、それがなにかはもう分からない。

晴屋(サイトからの投稿)
俺の主は天空神である。責務を全うする主は立派だ。友としても鼻が高い。だが、休まなすぎだ。俺は友の息抜きに人間界へ連れて行く。行きたがっていた地に友は大はしゃぎだ。特に、枝のように細い小虫に興奮する姿は見ものだった。久方ぶりに友の笑顔が見られ、俺は安堵する。感謝するぞ、ナナフシ殿。

千葉紫月(サイトからの投稿)
かみさん、女房、家内、嫁、奥さん、他人との会話で伴侶を示す言葉は多いが、一部は旧時代的だし、男尊女卑を感じる呼称もある。かと言ってワイフだと気恥ずかしいし、妻だと少しかたい気がする。「だからこれからは細君と言おうと思う」と彼女に話すと「私はそんなに細くないので止めて」と言われた。

千葉紫月(サイトからの投稿)
自分の名字が嫌いだった。ご飯をおかわりすると『細井なのによく食べるな』と言われ、二の腕が太くなると『細井って名字負けだね』と笑われた。「それが僕と結婚した理由なの?」夫が驚いた顔で聞いた。「それだけが理由じゃないけど太田って名字はとても好きよ」そう言って、私はご飯をおかわりした。

千葉紫月(サイトからの投稿)
学校から駅までは歩いて十分。窓を濡らす細雨は傘が無くても帰れないほどではなかったが、洗い立ての制服を汚したくなかった。「よかったら、一緒に帰る?」隣から差し出された傘に、小さく頷いて入れてもらった。スカートが濡れてもいいから、もっと肩を寄せられるように雨が強くなることを願った。

羽鳥海月(サイトからの投稿)
誕生日なんか。数分後に十六歳になる私は、心臓を潰されるような苦しさを感じていた。高校生になり最初の誕生日、慣れない生活に早く適応しなければと思うほど、繊細さが胸を打つ。ケーキも贈り物も何もいらない、明日さえ来なければいい。零時ちょうど、親友からのおめでとう。未読のままでごめんね。

伊古野わらび @ico_0712
運命の赤い糸って見えないんじゃなくて、見えないくらい細いだけだと思うの。
だって原子も拡大すれば写真を撮れるのに、私たちの目には見えない。存在してるのに。見えないことがイコール存在しないにはならないってこと。
さて、君との間に運命の赤い糸はあるのかしら。確かめるために指絡めてみる?

たつきち @TatsukichiNo3
「君は騙されていたのだよ」「こんな小細工に騙されるなんて、君もまだまだだ」目の前のふたりは僕を見てせせら嗤う。体が細かく震える。「僕の怒りが憎しみに変わる前に目の前から立ち去れ」ふたりは嗤っている。もう遅い。震える体はパチパチと音を立て青白く光る。ふたりが引き攣った顔で僕を見た。

れん(サイトからの投稿)
とても長細いブラシでチキュウという錆びた球を掃除した。錆が落ちたご褒美として、僕達は暗い星からキラキラ星に変えてもらった。おかげで笑う事も歌う事も出来る様になった。もっと掃除してチキュウを元の青色に戻し人類が復活したら、流れ星となってチキュウの周辺で遊んでいいと宇宙様に言われた。

Writer Q(サイトからの投稿)
真っ暗闇の中、後方に明かりが見える。その光源を覗き込むと大人になったボクが細い目をした女の人と交差点にいた。「また結婚を先延ばしにするの? バカ!」その時、体を揺らされ目覚めた。夢か。あの声……。ふと、起こしてくれた隣の席のマオの目を見る。そして心の中でごめん、とつぶやいた。

此糸桜樺 @Konoito_Ouka
いつもの通学路で、見慣れない細い路地を見つけた。不思議に思って足を踏み入れてみると、足元で楓の葉がかさりと鳴った。周りには一本も樹木が無いのに、地面にはびっしりと落ち葉が敷き詰められている。怖くなって、僕は思わず後退りした。翌日、再度同じ場所へ行ってみると、その路地は消えていた。

木畑十愛(サイトからの投稿)
焚火が好きだった。まず火が付きやすい細枝を組んで火を起こし、次にゆっくり燃える太い薪に火を移して完成する、触れ得ぬ芸術。違う二つに意味があることを美しく感じていたのに、やがてどちらも燃え尽きたら同じ灰になることが怖くなっていった。
今は、最期は皆同じというのも悪くないなと思える。

木畑十愛(サイトからの投稿)
「腹を引っ込めて痩せたふりを続けると、腹筋が刺激されて本当に痩せるらしいよ」
「へぇ、嘘が真になるってわけね」
いつものどうでもいい豆知識。聞き流したふりをしつつ息を吐き、少しお腹を細くする。彼に自分を綺麗に見せたい幼稚な見栄。偽りないこの想いは、今日も私に小さな嘘を吐かせる。

木畑十愛(サイトからの投稿)
「僕は世界一きれいなものを守る為に生まれてきた。君のことだ」
無骨な貝殻は精いっぱいの告白と共に真珠を抱きしめる。おかげで真珠を煌めかせる日光も届かなくなってしまったけれど、二人は幸せだった。時が過ぎ幾千の波に細かに削られていっても、浜の砂の一粒になるまで二人は寄り添っていた。

Writer Q(サイトからの投稿)
なあ、あんたといた昔、イジワルしたんや。覚えてる? キスする時、思いっきり下唇を噛んでやった。あれはウチを忘れさせないためのおまじない。……この先どんな女と出会っても、キスをするたびウチのことを思い出すやろ? 今もあんた、元気かな? あんたの細い唇の感触、私も忘れられへんわ。

れん(サイトからの投稿)
細い砂利道の奥に平屋があった。泥んこで帰ると、庭で黄金色に染まる梅の木から母の作る味噌汁の匂いがした。風呂に入り笑顔で夕飯を食べる日常がそこにはあった。梅の木はスーパーの駐車場の下に埋まったが、隣の歩道があの頃の黄金色に染まっている。車の窓を開けると、ふわっと味噌汁の匂いがした。

山口絢子 @sorapoky
すっかり細くなった友は、和柄のワンピースを着ていた。これ、母の着物だったの。覚えている。彼女のお母さんは参観日、必ず着物で、あやちゃん、と私に微笑んだ。彼女はお母さん似の笑顔で、器用に林檎を剥く。あら、何の音かしら。豆腐屋のラッパの音だ。彼女は素足のまんま、月夜へ駆けてゆく。

吉川 千(サイトからの投稿)
給与明細を開いて「ああ、こんなもんか…」とため息をついた。不景気だから、ボーナスが低いのも仕方ない。給与明細の隣に置かれた通帳を無造作にリュックに押し込んだ。来月はもっと頑張らなければ、と思いながらそのリュックを背負った。早く外へ出よう。そろそろ家主が帰って来る時間だ。

清水はこべ @Shimizu_Hakobe
葬儀の翌日、宿酔いから目覚めると夕暮れだった。窓の外には、瞑った目の形の細い月。彼女の長い睫毛と、静かな微笑みを思う。カーテンを閉め、洗面所へ。まだらに化粧の剥げた顔。この顔を見ても、彼女は「あなたみたいになりたい」と微笑むだろうか。顔を洗う。答えを知る術の無い問いを抱えたまま。

那須茄子(サイトからの投稿)
 あの人は細すぎる。だから、太らせたい。太らせて太らせて、丸く綺麗な球体にしたいのだ。きっと、あの人に似合った美しさ――在り方なのだから、なんとしてでもそうなって欲しい。

【2023年度年間グランプリ受賞者】
石森みさお @330_ishimori
体が血肉でできているなら、心は言葉でできている。読みふけった物語の、誰かの何気ない一言の、言葉たちが細胞の奥まで浸透して私の心を形作っている。土にしみた水が目には見えないように、心に沁みた言葉も姿はないけれど、芽吹いた草花が美しければそこに気配は宿るだろう。心の花束をここに綴る。

胡蝶蘭(サイトからの投稿)
病室に横たわり、痩せ細った彼女の手を握った。次第に悲しみと寂しさと同時に悔しさが彼の中にこみあげてくる。「もしあの時、君を助けていたら世界は僕の敵になっていたけど、僕は君を助けるべきだったんだ。だって僕はどんな君も愛してる。だから目を覚まして。そして今度は一緒に地獄へ落ちよう。」

細星 (さいせい)(サイトからの投稿)
か細い声でぴーちゃんが鳴いている。巣を覗くと、オスだと思っていたぴーちゃんが小さな卵を産んでいたんです。ずっと卵を温めているけど、その卵は孵らないんだよ。だって無精卵なんだから。でもぴーちゃんはずっと卵を離さない。するとある日、生まれたんですベビちゃんが。ぴーちゃんどういうこと?

香久山 ゆみ(サイトからの投稿)
ドアと床の僅かな隙間や、マンホール蓋の小さな穴からも針金人間は現れる。もっと痩せなきゃ逃げられない。怯える私を見かねた祖母が「食べな」と差し出したうどんを啜る。30kgを切って以来見え続けた針金人間は嘘みたいに消えた。現在99kgになった。いるはずない祖母は今も隣で笑ってる。

糸田いいと (ふりがな:ほそいいと)(サイトからの投稿)
細、細細細細細。細細細、細細細細糸田細細細。「細細細糸田細細細細?」細細。「糸田、細細。細々!」細細細。「細々?」細細細細。「細、細々!」細、細細細細細細。細細細、細細細細細細細、細細糸田細細細細。糸糸田、細糸細田細、細細、糸田田、細細。細細細糸田細。細。細細細細細細細細… 

白熊凛(サイトからの投稿)
マイクを付けてカメラの前に座る。
モニターに映るは、空を覆う巨大なUFO。
「皆さん!落ち着いて行動してください!」
何かが降りてくる。地球外生命体か?
「細っ!」
不意に出た言葉がバズりまくるとは。

緒川青(サイトからの投稿)
細工は流流、後は仕上げを御覧じろ。
マジシャンである僕の、一世一代のショーだ。隣に助手がいないのは痛手だけれど、拍手と歓声を聞けばわかる。この舞台は大成功だ。
演目は助手の父で、僕の師匠の代表作。種を明かすことなく師匠は逝ってしまった。
観客席からの助手の拍手は、長く響いていた。

酒井一樹(サイトからの投稿)
細い道で立ち止まっている人がいる。「どうしたのですか」と声をかけると、この先へ進むのが不安だと言う。道は曲がりくねっていて、地面には藪や蔦が絡まって、ゴツゴツした岩や真っ暗な穴もある。「手を取るので、進みましょう」私たちは縦に並び左右を確認しながら、その道をともに歩んでいく。

本郷仁(サイトからの投稿)
香織は母と南禅寺境内を歩いている。茶会があるのだ。
「最近はほんまに観光客が多いですねえ。」
三門へ向かう外国人を横目に香織はつぶやいた。
「京都の細やかさは、こうして失われていくんやろうか。」
香織には母の発言が物憂げに思われた。方丈からは観光客の大きな笑い声が響いていた。

奢ばこ(サイトからの投稿)
空が青い日、中学時代の駅伝部を思い出す。暗くなるまで毎日練習を重ねた。県大会の直前、メンバーの父親が亡くなった。絶望しかない。しかし皆が細やかに支えあい復帰出来た。県大会の結果は望み通りではなかったが、感動で涙を流した。その日の空は青かった。今、あの仲間たちはどうしているだろう。

こし・いたお(サイトからの投稿)
僕は連休を利用し久しぶりに実家に帰省した。遠方で就職する僕を「いってらっしゃい!!」と笑顔で送り出してくれた母。半年が過ぎ、喜ばせるために持ち帰った給料明細を見た母は顔を曇らせた。「こんなに残業してるの?」いくら稼げるかなど、気にしていたのは僕だけだった。変わらぬ母の想いに感謝。

やまやま(サイトからの投稿)
細いのか細かいのか。細と言う漢字は、どちらでも弱弱しい。細江と言う苗字の私はたがらこの苗字が嫌いだった。が、ある時音読みをしたらさいこうもなることに気づき、以来苗字を誇れるようになった。おれはさいこう!

佐藤(サイトからの投稿)
彼の体は細いらしい。痩せた男は流行りだからその類の男と理解した。
会ってみると体は太く、ラグビーでもやっていたのかと思うほどの巨体であった。
話をしてみると、そんなことございませんと言うばかりで彼を話の的にすることはできなかった。
その物語のせいで、彼の体は細いらしい。

海野 涼 @RyoU0131663
細い手が僕に重なり、彼女が囁く。「私を救ってくれてありがとう。」彼女は息を引き取った。国中が姫の訃報に涙する。あぁ、こんなendじゃダメだ。僕は一生ゲームの世界から出られない。

神室宗介 @s2kamuro
親友の美花に誘われたお祭りの露店。本当は彼氏と来るはすだった。今は盛大にフラれた後の祭。
目の前に宝石のような飴細工が並んでいた。おごりだから。渡されたのはなぜか金太郎飴だ。
どこを切っても麻友は麻友だもん、元気出して。腑に落ちないままに放り込んだそれは、悔しいほど甘い味がした。

鉄生裕(サイトからの投稿)
息子のクラスメイトの細川君と細山君は仲が悪い。そんな二人は今日、「どちらが名字に『細』がつく人間に相応しいか」で喧嘩をしたらしい。ちなみにこの勝負は細川君の勝ちだった。息子に理由を尋ねると、「日本では山よりも川の方が数が多いから」だそうだ。今日も息子のクラスは平和そうで何よりだ。

泥からす @mudness_crows
姉が体にラップを巻いていた。そう言えば近頃体型を気にしていたなと思い「ダイエット?」と聞くと「お姉ちゃんは、今の気持ちを保存する事にしました」なんて言う。見れば肩が少し震えていた。不憫に思えて手伝う事にした。すっかり包み終わると冷蔵庫に入れる。これなら長持ちするし、細くなれるよ。

三津橋みつる @mitsuru32hashi
スモークが焚かれたドームの二階、客席ごとに設定されたペンライトの光は三万六千の星の海になった。
家じゃ白色にしかならなかったくせに、推しの歌声ひとつで赤にも緑にも変わる。お前、そんな色も出せたのね。細い柄を握りなおせば、あなたの代わりよと言いたげにピンクに照れた。

4月28日

と龍(サイトからの投稿)
ふくよかな友人はそれを理由に振られたみたいだ。それから彼は思い詰めてしまって、尋常ではないダイエットを始めた。止められなかったことを後悔している。友人はどんどん細くなっていき、ついに紙ぺらくらいの細さになってしまった。風が吹かないと気づけなくなったけど、今日でも彼は大切な友達だ。

海野 涼 @RyoU0131663
「毎月1日には、星空を眺めること。」いつしか忘れていた、高校時代の約束。天文部がずっと繋がっているための約束。葬儀が終わり、皆で空を見上げる。「あの細々と輝く星が先生かもな。」これからは毎月、先生を見上げると約束した。それぞれが輝く、その場所で。

河口國江(サイトからの投稿)
雨と絶縁した(かのような)場所である。動植物はいない。空には何の影も横切らない。石だけが、時々転がっている。―奇妙なことに、それらはみな、抱えられる位大きいのである。砂の中に埋まっていた?それとも、何処から運ばれて来た?
 砂が細かくなってきているということに気付いた。

河口國江(サイトからの投稿)
進めば進むほど、空気は濃く重くなっていく―ここまではっきりとした感覚は珍しい(見れば、腕には鳥肌が立っている)。蝋燭に照らされた柱は、全く古さを帯びていない。―まるでふと、時をまたいでしまったかのよう―。天井には螺鈿細工が施され、幻惑的な輝きをしたためている。

河口國江(サイトからの投稿)
深くなるにつれて(ただでさえ細い)躰がますます細くなっていく―。その姿は、生物が環境に適応していくように、進化していくように、変化していく……。水の中では、想像できる全ての事象が起こる。―キミハ何ヲ想像シタカ?―もはや生物の域を超えて、物質へとなりつつある……。

才田リツ @ritsu_saida
テスト前の放課後は、廊下の勉強スペースが騒がしい。互いに問題を出し合う声を遠ざけたくて足早に図書室に向かうと、藤野さんがいた。細い腕でノートに何かを書いている。彼女の向かいの席に座ろうとしたとき、微笑みかけてくれたのに気付かないふりをしてしまった。教科書のペリーが私を睨んでいた。

ケムニマキコ @qeiV97pW0x5342
窓越しに揺蕩う白煙を眺めていると、一時間はあっという間に過ぎた。骨になった父はよく焼けていて、箸で触れると簡単に割れた。さっき食べた煎餅みたいに、簡単に。細かい破片を口にして、そっと噛み砕いてみる。まだ飲み込めない思いはあるけれど、ようやく私は少しだけ、父を許せそうな気がした。

鈴木鈴(サイトからの投稿)
「細桜だ!」「え、なに、ささめざくら?」「細雪があるんなら、桜もあっていいよね」「な、なるほどぉ」天真爛漫な彼女ははしゃいでいる。僕は彼女をまた好きになる。散りゆく花びらを見つめながら、そっと願いを込める。ただの友達から昇格できますように、と。秘めた想いを君だけは知っている。

成瀬栞(サイトからの投稿)
シャクシャク、小気味よい音を立てて君は地面を掘る。満面の笑みで。学食でうどんを啜っているとき、SEXしているときにも見たことのないその恍惚さはもはや狂気だ。一定時間の後、彼女はおもむろに僕のことを持ち上げる。細くしなやかで、美しい指で。キスまでゼロセンチ。僕の唇には土が降りた。

きり。 @kotonohanooto_
硝子細工でできているのかと思うくらい、はかなげでかわいい女の子だった。あんなふうに生まれたかった、何度もそう思った。けれど、社会はそのはかなさに冷たかった。なんとか持ちこたえていた彼女は、ついに、静かにしずかにこわれていった。そのことを思い出すたびに、わたしの瞳が硝子細工になる。

成瀬栞(サイトからの投稿)
黄金の蜜を溶かした夜空。重たげに揺蕩う一匹の魚に、細雪が降り注ぐ。寂しいよぉ。誰か来てよぉ。孤独な時間を埋める様に、呻吟が漏れた。前を見ても、横を見ても、後ろを見ても。その魚に仲間は現れない。次第に背中に広がった霜は、その心までをも凍てつかせる。

きり。 @kotonohanooto_
病を患って、わずかな貯えで細々と暮らしている。楽しいことは、特になにもない。先の心配ばかりがこころを占める。ほとんど散ってしまった桜のようだ、と思っていたあるとき、開けた窓から花びらが迷いこんできた。拾って、こわれないよう、そっとノートにはさんだ。神さまはいる。わたしのそばにも。

193(サイトからの投稿)
「最近はシュッとした細面でかっこいい子が多いわね」と俳優を見て母が言う。「それがどうかしたの?」「あの人を思い出しちゃって」「今でも好きなんだ」「やあね、あの人はただの末成りの瓢箪よ」もしかして私の名が駒子なのは、今はなき父の趣味が将棋が由来だというのは嘘…?そういえば授かリ婚…

長尾たぐい @zzznap3
ほっそりとした女性の腕が視界を左右に割った。歪んだギターが小さなライブハウス中に始まりを告げた瞬間のことだった。ドラムが鼓膜を叩き、ベースが鳩尾を殴る。腕は轟音に対し敢然と拳を突き上げ、ギターの細く硬質な弦から弾き出された音を鮮やかに打ち返す。ああ、ロックは客席でも鳴っている。

長月龍誠 @nagatsuki099
細い糸をたぐり寄せるように、僕は毎日絵を描いた。春夏秋冬12年、道端で絵を描き続けた。細い糸が、太い糸となって、夢への架け橋となってくれる、そう信じている。絵は一向に売れないが、今日もまた道端にいる。目の前には桜が咲いていた。この桜を描けば、何かが起こる。そんな気がした朝だった。

永津わか @nagatsu21_26
開封直後は大切に、一ページ目は丁寧に。それが続かないまでが人類の性。だから『何気ない日々の詳細を記そうと思う』などと文豪よろしく始まった日記の文字が日毎減り、数年前から止まっているのも仕方がない。けれど矢張り白紙が勿体なくなってペンを握る。……。……。『明日からまた書こうと思う』

清水はこべ @Shimizu_Hakobe
あたし、大人になったらお兄ちゃんと結婚するの。小さな君にそう言われて、悪い気はしなかった。だけど、本当に結婚するなんてね。夫は今年もそう言って笑う。私も笑って、細くなった夫の脚をさする。未来の事は一旦忘れて、今日の幸せを味わい尽くそう。結婚記念日を一緒に迎えられるのは、あと三回。

紅和 @Kurena_90
惰性で細々と生きる日々。残業を終え、公園で呆然としていた。昔はよく遊んでいたなと回顧する。あ、流れ星。「昔に戻れますように」俺は咄嗟にそう願うが何も起きない。当然だと自嘲しながら帰宅し、倒れ込むように寝た。そして僕は、七時だよとお母さんに起こされた。学校に行って勉強をする日々。

美田織帆(サイトからの投稿)
それが彼とのお約束だったのだ。今日はどちらまで?と尋ねると、うれしそうに微笑みきまって彼は答える。今日は奥の細道までね。ベッドサイドに遺された一冊をそっとなで、やっと本当に行けますね、と心の内で語りかける。窓の外でごおっと吹いた風がカーテンを揺らし、春薄の香りが鼻をくすぐった。

加藤雄大(サイトからの投稿)
糸は、細く簡単に千切れてしまう。しかし、束になって編み込めば、簡単にちぎることはできない。一人の人間の力も、限界がある。しかし、多数に力を合わせれば、簡単にちぎれることはない。今日は日曜日、近くの公民館に行く。細く儚い一票だが、束になれば、それは大きな力になる。<了>

ありてい @AriteiNiIkitai
柔らかな陽の光が台所に差し込んでいた。そこに立つ君の面影にそっと手を伸べる。降り注ぐ粒子が優しく触れて、人肌のようにも思えた。きめの細やかな、君の。
 ふと、窓から入り込んだ春の花びらがさらさらと僕の手のひらを撫でた。君のいない春も、美しく咲いては散って、舞っていた。

葉山みとと @mitotomapo
ボタンをかけちがえた。細い首はネクタイを締めやすかった。呼吸がしづらかった。
「そんなことで」「大人なのに」を浴びせられ、年齢を着込んで挑む。
みぞおちの奥のやわらかいところが震えていた。
脱皮したては弱いのだ。
すぐに壊れてしまう。

三井寺 へほ(サイトからの投稿)
細い道。細い葉。細い唇。細い木。細い声。細い指。細い枝。細い息。細い爪。細い首。細い足。細い路地。細い家。細い廊下。細い部屋。細い庭。細い空。細い草。細い臭い。細いゴミ。細い日差し。細く糸を引く唾液。細い音。細いだらんと伸びた腕。細いはさみ。細い箱。細い針金。細い虫。細い虫の群

@writer_akane
しまい込んでいた細々したものを取り出す。ご当地キャラクターのキーホルダー、旅行記念の貝がらのブレスレット、丸く茶色いシーグラス、猫の形のクリップ、お気に入りのブラウスについていた予備のくるみボタン。かさついた指先ではごみ袋がうまく開けられなかったから、並べ直してひきだしを閉めた。

秋透 清太(サイトからの投稿)
母からのメッセージと今月の給与明細を見比べる。三食しっかり食べること。一人暮らしを始める際にあなた達と交わした約束は、あなた達のせいで守れていません。そんな皮肉な考えを持つ僕はきっと親不孝者なのだろう。嫌味を吞み込んで、結局は頼まれた額を振り込む。大事なものを失っている気がする。

友李寺アカネ(ゆりでら あかね)(サイトからの投稿)
 細かく切った玉ねぎを肉と一緒に炒め、ソースも加える。料理本に従い、私は一品完成させた。
「料理くらい、あたしが教えてあげんのに」
 母が口をすぼめて、よく言っていた。
「うそつき……」
 思い出の料理からは、思い出の味がしなかった。おいしかった。なのに、ぽろっと涙がこぼれた。

鉄生裕(サイトからの投稿)
「痩せて彼氏より細くなる!」これが私の親友の口癖。そんな彼女が、今日はなんだか上機嫌。理由を聞くと、「彼氏とケーキバイキングに行ったの!」とのこと。「いっぱい食べれて良かったね~」実家の愛猫を思い出しながら、彼女を全力で愛でる。これが私の口癖。私達の口癖は、この先も当分続きそう。

ウタアイシ(サイトからの投稿)
 細い川を見ていると、遠方に住む祖母を思い出す。川遊びをしていた時、祖母に貰った言葉がある。
「世の中が厳しくても、生き方を曲げるな。曲げてしまったら治せないからの」
 生き方を曲げるな、と言ってくれた祖母は現世にはいない。祖母の言ったことを守るのは難しいが、僕は守り続けている。

小鳥遊 @takanashi_25325
あの野菜の煮物が食べたいな、仕事の帰り電車の中で思った。細長い野菜、名前はなんだったか。妻の作るあの野菜の煮物が俺の大好物だ。細長い……名前が思い出せない。帰宅すると妻が食卓に煮魚、冷奴、サラダ、大根の味噌汁、例の細長い野菜の煮物を出してくれた。あぁ、なんていい匂いなんだろう。

鈴川真白 @mashiro_szkw
わたしがこれをやりたい、あれをやりたいと言う度に、きみは「春になったらね」と言う。毎日毎日、「もう春だよ」「まだだよ」のやりとり。今日こそは、きっと春だ。病室の窓の外に見える桜だってようやく花開いた。「これは春でしょ?」と訊ねると、きみは目を細めて「春だね」と嬉しそうに微笑んだ。

4月27日

真読 @setusame
何でも一人で出来るつもりだったし、実際そうしてきた。一人○○はお手の物だし、電気の交換だって出来る。金銭面もぬかりはない。なのになんでこんなに心細いんだ。1Rが広くて怖い。そして、無音がこんなにも苦痛だなんて。「恋をすると弱くなる」を今体感している。

勿忘 @wasurenak
ある日、巨大なシャボン玉が空から降ってきた。泣きながら空を見上げた人にしか降らないということ以外詳細は不明。触れると別次元に吸い込まれるという噂も。真相究明のために僕は大好きな彼女に別れを告げた。するとたちまち目の前で巨大なシャボン玉が膨らんだ。その出所は彼女の震えた吐息だった。

長月龍誠 @nagatsuki099
花束の真ん中にいるようだった。一面にはカラフルな花が広がっている。そこでしゃがみ込む僕は、まるで花のつぼみだ。足元を見ると、細いうんちがあった。最初は誰のものかと思ったが、紛れもなく僕のものであった。細いうんちはにょろにょろと渦を巻いて動き、瞬く間に花となった。ここは、うんこ畑。

才田リツ @ritsu_saida
透明な楕円形の飴に、ハサミでいくつもの切り込みを入れている。指で細かく形を整えて、あっという間に魚になった。筆で鮮やかな赤を塗り、最後に黒目を描いたおじさんは、お金を払っていない僕にくれた。きれいなものは大切にしたくなるのだ。ボロボロの服のまま尻尾を思いっきり囓ったら涙が流れた。

美田織帆(サイトからの投稿)
細心の注意を払うようにとあれほど念を押されたのに。今すぐこの場から逃げ出したい。願っても詮無いが、時を巻き戻せたらとこれほど心底思ったことはない。目前には、改修工事のためにと壁から取り外された由緒ある教会のステンドグラス。その顔に大きくひびが入ってなお微笑む聖母に、私は絶望した。

熱気球(サイトからの投稿)
ただ細くなろうと痩せようとしただけなのに、あの人に振り向いてほしくてやっただけなのに、あの冬の樹の枝のように腕が細くなってしまうなんて。栄養失調者のための点滴を打たれながら病床に一人。常備していた下剤はなくなっていた。さすが医者。もうやめよう。自分を責めた。カッターで手首を殴る。

清水はこべ @Shimizu_Hakobe
私の蛇は、作り笑いが嫌い。作り笑いをする度、蛇は耳元で細く鳴く。でも私は、作り笑いを繰り返す。蛇の姿が見えない人達に、これ以上嫌われるのが怖い。ある日蛇は、耳元で細い声を立て、そして姿を消した。その日から私は、笑顔を引っ込める事が出来ない。たまらなく泣きたくて、私は蛇を探してる。

久乙矢 @i_ot0ya
単細胞「いいよな君は。大きくて、複雑で、どんな波をも乗り越えられて」

多細胞「いいよな君は。絶えず叫びだすたくさんの意識に、内から千切られそうになるのを、抑える苦労を知らなくて」

それぞれの嘆息もつゆ知らず、ミトコンドリアは今日も春眠をむさぼる。

久乙矢 @i_ot0ya
実家の机の奥にようやく見つけた、寄木細工の秘密箱。手順通りに仕掛けを動かすことでひらける。昔の親友とふたり、ここに約束を閉じ込めていた。なのに、どう操作しても箱が解けない。焦る、焦る。仕方なく万力で潰すと、約束もいっしょに壊れてしまった。

久乙矢 @i_ot0ya
「下宿についたら食べ」「や、今日は大丈夫」実家から大学に戻るとき、祖母はいつも太巻きを持たせてくれた。だけど地味な味が好みではなく、その日僕は断った。思えばあれが最後だった。けれどもいまも、具が不十分で痩せ、細やかな桜でんぶのこぼれた太巻きを、祖母は忘れてしまった誰かに作る。

【2023年度年間グランプリ受賞者】
石森みさお
@330_ishimori
庭木に張られた蜘蛛の巣に名も知らぬ花びらが一枚ひっついていて、私はそれを眺めている。今際のきわに私が思い出すのはきっとそんな光景だろうと思う。日に透けた細い糸と、無為に散った花と、ただの私。そんなものを数えてゆきたいと思う。今日も一日よく晴れる予報で、仰いだ空は若草の匂いがした。

長月龍誠 @nagatsuki099
休日の夕刻、あなたの細い手をぎゅっと掴んだ。昔、あなたは私の手を小さいだってバカにしたけど、今ではあなたのほうが頼りない手をしているね。窓際のベッドで寝るあなたは空を眺めている。そのままどこかへ飛んでいってしまいそう。けれど私はずっとあなたの手を握っているよ。そう、約束したから。

流山 青衣(サイトからの投稿)
桜の木の下で、彼を待つ。私は桜吹雪に包まれている。小走りで私に駆けよってきた彼が、顔を赤めている。胸が高鳴る私の鼓動が聞こえてしまうから、もう少し待って。「君の細胞まで愛してる。だから」と彼が言うから、私は「え、細胞」と聞き返した。風も鼓動もおさまって、私の笑い声だけが風に乗る。

花島 南 @Hudesukebe
祖父母がドーナツを買って来た。五歳の長女はチョコ。もうすぐ二歳の次女は抹茶を選んだけれど、一口食べてやめてしまった。「なんで抹茶だったんだろ」と首を傾げる大人たちに、長女が「マスカットだと思ったんだよ」。「ああ、大好きだもんね」。長女の名解説に大人たちは目を細めたのでした。

さるすべり(サイトからの投稿)
N君は超ひも理論の研究者。とても頭がいい。小学校時代のN君は子猫みたいに華奢で、小食で、デリケートだった。いじめっ子から、おまえには「細」という字がお似合いだ、とからかわれていた。「あれは褒め言葉だったんだ」N君は笑いながらそう言った。宇宙一細いひもへの愛。愛はいじめを凌駕する。

南川七葉 @LnA7Ybxj5o53430
「ごめんね」「愛してる」彼らしくないか細い声が聞こえる。これも全て幻聴なのだと思うと吐き気がする。彼が居ない世界は、腐った大地に過ぎない。断髪と爪を入れた箱にキスをする。冷たくなった彼の手に箱を握らせる。「美しく散ったとは、まさにあなたの事だった」遺書を書き終え、家に火をつけた。

石動志晴(サイトからの投稿)
 少女の膝にはガラスが深く刺さり、血が出ていた。些細な怪我では無いのに、少女は涙を堪えた瞳を私に向けて大丈夫だと訴えかけている。ガラスが奥に刺さるのか、痛みを唇をかみ締めて耐えている少女に治してあげよう。と声をかけた。私は膝に手を添え、ゆっくりと口で血を吸い上げる。甘美だ。

清歩(サイトからの投稿)
「ほそいってどういう漢字でしたっけ」聞かれて考える。細い。「いとへんにたんぼのたです」答えながら、最近は字を書かなくなったから忘れてしまいますよね、と慰めの言葉を思い浮かべる。実際は口に出さない。さて、糸と田もわからないと言われたら、どう説明するのか。こうこうこう、電話って不便。

清歩(サイトからの投稿)
うーん、と目を細める。
近頃は小さい字が読みにくい。老眼鏡を買おうか、それとも思い切って手術をしてしまおうか。もう少し未来になれば、こんな悩みも一瞬で解消されるのかもしれない。
目をぱちぱちさせて、モニターに向き合う。まるで視力検査のように。右左上下ななめ。→これはタイプミス。

清歩(サイトからの投稿)
細くなりたい。毎朝きっちり体組成計に乗る。マイナス0.1グラム。これは誤差の範囲内だろうか。昨日より少し痩せた。自分の肉体が減っていくこと、それは存在をなくしていくことに近い。そんなことばかり考える。
夏までには目標値に届きますように。祈りながら窓を開けて、加糖ヨーグルトを食む。

森林みどり(サイトからの投稿)
シロホン。昔読んだ詩に出てきたその不思議なモノの音が、時々聞こえてくる。たとえば、昼寝しようと白い枕にもたれたとき。細長く開けられたバスの窓から、道行く人の生真面目な横顔を見たとき。シロホンとはどういうものか知らない。ただ耳の奥で春風が木片を転がすように、私のシロホンが鳴り出す。

森林みどり(サイトからの投稿)
「ミユとは二度と会えない気がする」電車が到着する直前、テルがか細い声で言った。高校の卒業式の後、テルの家で夜通し遊んだ朝だった。ホームに電車が滑り込み、私は押し出されるように乗った。見送るテルたちの顔は覚えていない。あの時「なぜ」と問わなかった私は、二度と彼女たちに会わなかった。

森林みどり(サイトからの投稿)
死んだ恋人の革靴を、靴箱に残している。靴は恋人の形に細長く歪んで、まるでまだその足を待ち受けているかのように口を開けている。入るべき足は、とっくにこの世から消えてなくなったというのに。深夜、裸足の足をそっと入れてみる。しっとり湿って少し黴臭い恋人の靴が、私の足を黙って包み込む。

にゃんた @eb22nyanyan
明日誕生日の彼へクッキーを送ろう。そう思い立って、細心の注意を払いながら薄力粉の分量を測る。
「そこまで細かくやらなくても……」
母の言葉に思わず頬を膨らませる。
「細工は流流仕上げを御覧じろ! 黙って見てて!」
たとえ不恰好でもいい。この愛情が伝わること、それが私の細やかな願いだ。

若林明良(サイトからの投稿)
タロの息がいよいよ細くなってきた。ずっと目を閉じている。会社をさぼった。お前が来た日をよく覚えている。そばで横になり頭をなでると、ちょっとだけ目をあけた。鳥が鳴いてもう春の陽気だ。昼頃につい寝てしまった。呼鈴が鳴った。起きる。ドアを開けるとタロが尻尾をふって、僕にとびついてきた。

阿部いろは(サイトからの投稿)
高い音が三回響く。会場に緊張が走り、一斉に後ろを向くと、上裸の少年が現れた。白くて、細くて、でもガッチリしていて、少し柔らかそう。黒髪の中の金の毛が一層輝き、近づくにつれ、鼻筋や首筋がすっとしているのを知る。美しい人って実在するんだ。私は脳内で本当の推しの握る塩むすびを転がした。

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