ほりそう / 堀 聡太

栃木県小山市出身。edit:ふつうごと(http://futsugoto.com)、o…

ほりそう / 堀 聡太

栃木県小山市出身。edit:ふつうごと(http://futsugoto.com)、osanai(http://osanai.site

マガジン

  • 感想 | ほりそう

    世の中の「もの」「こと」に関して、感じたこと / 想ったことを綴ります。

  • 日々のあわ | ほりそう

    日々の雑記についてまとめます。「あわ」のようにフワフワと浮かび、ともすれば消えそうなささやかな感情を記します。

  • 恋 | ほりそう

    息子のこと / 息子に向けたメッセージを綴ります。

  • ことば・言葉 | ほりそう

    ことば(言葉)について、僕自身の試行錯誤を記録するマガジンです。

  • TOITOITO仕事の振り返り(2023年度 第3四半期)

    2021年8月に創業した株式会社TOITOITOの、2023年度 第3四半期の仕事振り返りをまとめたnoteです。日次で行なったこと、週毎のKPT、計画と現実の差異、学びなどを週に1回更新していきます(3ヶ月合計10〜15本程度)。

最近の記事

  • 固定された記事

推さないWebサイト「osanai」を作りました。

2022年8月15日、映画テキストサイト「osanai」をリリースしました。 * 何を提供するサービスなのかosanaiとは、推さないという意味です。 推す・推し活といった言葉が頻繁に使われている昨今、個人の好き嫌いでない視点が大切だと思いました。 いろいろな映画作品についてのテキストを掲載しています。映画を観た感想、映画に関する取材など。他にも、映画について深く考えたり、解釈したり、映画を鑑賞する上での補助線となるような企画を考えています。 「推さない」という唯一

    • 社会の課題解決の担い手は「私たち」である。(田内学『きみのお金は誰のため』を読んで)

      「お金」が社会の中でどう位置づけられているか/位置づけられるべきかを考える良書でした。 「フランス革命のころと同じくらいの格差やと思っている人は、お金しか見てへん。格差はずっと縮んでいると僕は思うで」など、本質を突いた言葉が何度も出てきて、その都度ハッとさせられました。 『きみのお金は誰のため』 (著者:田内学、東洋経済新報社、2023年) ── 「お金の教養小説」と帯にある通り、本書はゴールドマン・サックス証券にて16年間、金利トレーダーとして勤務していた田内学さん

      • 街に書店がない

        消滅可能性の市区町村が公表されて間もなく、「書店ゼロ」の自治体に関するニュースも報じられた。 僕は先月引っ越したが、かろうじて転居先の町には大きめの書店がひとつある。ラインナップにも不満がないが、逆にいうと、ここが撤退すると一気に「本」へのアクセスがなくなってしまうわけで。命綱を守るべく、なるべく書店で本を買うようにしたいと気持ちを新たにした。 人口減と書店数減はそれなりに関係があるだろう。それは感覚的に過ぎないが、人が減れば売上は減る。間違いない。飲食店もまた然り。オペ

        • エッセイのプレイリストとか

          Apple MusicやSpotifyの普及によって、音楽は「サブスクで聴くもの」というメディアになった。 20代の頃はせっせと購入またはレンタルしていたCDは(僕にとっては)過去の産物になってしまい。初回限定版として何か特典がつくといったレアケースを除いてはCDという装置を買うことはなくなった。 サブスクによって、視聴方法も変わった。 アルバムという単位でなく、曲単位で音楽を聴くようになった。そこそこ名の知れたミュージシャンでさえ、最近はアルバムでなく、1曲単位もしく

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          3本
          ¥804
        • TOITOITO仕事の振り返り(2023年度 第2四半期)
          9本
          ¥804

        記事

          1分間スピーチ

          小学校の頃、毎週月曜日だったか、ふたりくらいが前に出て1分間スピーチをする時間があった。 これがけっこう難しく、みんな「何を話そうか」とネタ探しに必死だったと記憶している。タイミング良く旅行にでも行っていれば、そのことを語れるのだけど、日々の生活において(だいたいみんな週5で学校に通っていた)、特筆すべき出来事は発生しない。 だが、この1分間スピーチがべらぼうに上手な同級生がいた。 彼が語る話は、ほんと〜〜〜〜に、身近で誰もが目にしていることだ。なのに、彼が語るとめちゃ

          住んでいる地域が「消滅」しないとしても。

          「少子化だから人口が減って、将来けっこう大変なことになりそうですよね」なんて感じで、あまり危機感を抱いていなかった10年前。 自分の住む地域がなくなってしまうかもしれない、と従来の人口動態調査に一石を投じた人口戦略会議。「消滅可能性自治体」と名付けられたレポートが、10年ぶりにアップデートされた。元資料はこちら。 住んでいる地域は「消滅」しないらしい。 良かった良かった、で終わらせるのでなく、もうちょっと自分なりに問題点を洗い出してみたい。 今日は猛烈に眠いので、また

          住んでいる地域が「消滅」しないとしても。

          タモリと発信の怖さ。

          かつて、若かりし頃にこんな発信をした。 14年前のことなので呆れるよりも笑ってほしいのだが、即、「『夕刊⇔タモリ』のネタはそれはもう何十年も前から言われている」というレスをもらったのだった。 「知らない」ということは強いが、ひとたび「知る」に変換されるとき、恥を伴うことがある。“赤っ恥”という言葉があるが、このときも顔から火が出るほど恥ずかしかった記憶がある。(確か、西武新宿線 高田馬場駅の近辺にいた) このときのことがトラウマになった……というのは言い過ぎだけど、ある

          タモリと発信の怖さ。

          初めて泣かずに登園できた。

          新しい保育園に転園し、間もなく1ヶ月が経つ。 GWが間近で「もうちょっとで、長いお休みだね」の言葉に安心したのか、今日は保育園に登園しても泣かなかった。 友達の名前も、ちらほら聞こえることに。登園時の呼名にもしっかりお返事できているみたい。 3年後、卒園するときになったら「あんなこともあったねえ」なんて、保育士さんと笑える日が来るのだろうか。 前の保育園でも、保育士さんと「入園したときは、全然ミルク飲まなくて焦ったよねえ」なんて笑い合えた。さすがに“昨日のこと”のよう

          初めて泣かずに登園できた。

          「異人たちとの夏」は、どうかしてた。

          40歳過ぎの脚本家が、幼少期に事故で失った両親と再会する物語。楽しい日々を送るも、主人公の英雄は徐々に死界へと足を踏み入れる。 人情味溢れる浅草で、束の間、日常を忘れることができた日々。後半にかけて孤立と幻想が交差し、観るものを不思議に郷愁へと誘っていく。 「異人たちとの夏」 (監督:大林宣彦、1988年) ── 35年前に製作された映画である。 もちろん、それっぽさに溢れているのだが、「ああ、今こういう作品が作られたらいいのにな」と口をつきそうになる。その理由は何

          「異人たちとの夏」は、どうかしてた。

          雑草をむしる。

          賃貸マンションから一軒家に移り住んだことで、管理人さんの「管理」がいかに有り難かったかを実感している。 ゴミ出しは決められた曜日、決められた時間にしか出してはいけない。「そりゃ、そうだろ」というルールでさえ、気ままなマンション暮らしに慣れた人間としては、結構つらいものである。 もうひとつ、しっかりやらなければならないことが、庭に生息する雑草を抜くことだ。しばらく誰も住んでいなかった土地なので、雑草が生え放題の環境になっていた。一部はブルーシートが敷かれていたが、より良い庭

          雑草をむしる。

          “持てる者”へ厳しい眼差し(葉真中顕『ロスト・ケア』を読んで)

          2023年に映画化もされた、葉真中顕の『ロスト・ケア』。 べらぼうに面白く、そして哀しく、一気に読んだ。 『ロスト・ケア』 (著者:葉真中顕、光文社文庫、2015年) ── 映画化に際して、原作者の葉真中さんは「原作を**と**の対決を中心に据えた人間ドラマにアレンジすることで、核となるテーマを見事に描ききった」と称えている。 僕は、映画未鑑賞なので迂闊なことを言えないが、登場人物すべてに物語があり、それぞれが見事に繋がっていく流れこそ『ロスト・ケア』の面白さではな

          “持てる者”へ厳しい眼差し(葉真中顕『ロスト・ケア』を読んで)

          逃げるは恥じゃない。(菅野久美子『母を捨てる』を読んで)

          4月上旬、衆議院議員の谷川とむ氏の「ドメスティックバイオレンスや虐待がない限り、離婚しづらい社会になる方が健全だ」という発言が問題視された。 社会のバッシングを受け、谷川氏はXで釈明のポストをした。 が、あまりに狭い家族観に基づいた考えであると裏付けただけだった。“健全”という言葉が都合よく用いられているが、要は「(家族から)逃げられない」社会を望んでいるに過ぎない。 * 今回紹介する、菅野久美子さんの新著『母を捨てる』では、両親が離婚しなかったばかりに、母から虐待を

          逃げるは恥じゃない。(菅野久美子『母を捨てる』を読んで)

          クマーがコカインをキメたら。(映画「コカイン・ベア」を観て)

          ある日、熊がひょんなことからコカインを摂取したら。 そんな非現実な設定の映画は、なんと実話をもとにしているそうで。B級映画っぽいと侮るなかれ。95分間、しっかりコカインをキメたクマーは迫力満点でした。 「コカイン・ベア」 (監督:エリザベス・バンクス、2023年) ── 「コカイン・ベア」は“ひょんなこと”の連続である。 セスナ機に積んだコカインを森に落としていなければ。熊を動画で撮影していなければ。学校をサボっていなければ。救急隊員として出動しなければ。救急隊員の

          クマーがコカインをキメたら。(映画「コカイン・ベア」を観て)

          「東京に住む」というサブスクが使いきれなくなった。

          先月末、東京を離れた。 地方出身だった僕は、大学進学をきっかけに神奈川県で一人暮らしを始めた。2012年からは東京に住まいを移した。自転車で芝浦埠頭からお台場までレインボーブリッジをわたり、有明や勝鬨を経由して、銀座〜内幸町〜田町を巡った記憶は今も新しい。「ああ、東京に来たんだ」と。 パートナーとの結婚や息子の誕生というライフイベントを経ても、東京暮らしを続けた。そこそこの家賃を支払いながら、それでも東京にこだわったのは、東京でしか得られない体験に価値を感じていたからだ。

          「東京に住む」というサブスクが使いきれなくなった。

          保育士さんが、とても優しかった。

          4月から新しい保育園に転園した次男。 今のところ、なかなか馴染めずにいる。親ももどかしいが、本人はもっと歯がゆい思いだろう。前の保育園では、0歳児から通っていたこともあり、100%リラックスできる環境だったわけで。今は名前で呼び合える友達もおらず、保育士さん曰く「まだちょっと緊張しているみたい」という感じだ。 あまりプレッシャーをかけるのも良くないのだが、あの手この手で、登園を楽しめるような工夫を試みている。今朝は、寄り道を含めて1時間かけた。ケラケラと笑っていた次男だっ

          保育士さんが、とても優しかった。

          愛の正体、美しさの言語化。(最果タヒ『落雷はすべてキス』を読んで)

          1986年生まれの若き詩人。2004年にインターネット上で詩作を披露し、今に至るまでたくさんの詩を生み出している著者の最新詩集。 落雷がキスだなんて。雷って怖いものだと思っていたけれど、触れてみると甘美なものなのかもしれない、確かにね。 『落雷はすべてキス』 (著者:最果タヒ、新潮社、2024年) ── 最果さんの詩は、模写したくなる。 ノートに、その美しい言葉をボールペンで書く。「美しい」というのは最果さんにとって褒め言葉だろうか。分からないけれど、言葉というか、

          愛の正体、美しさの言語化。(最果タヒ『落雷はすべてキス』を読んで)