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杉並区長交代で「広報すぎなみ」に掲載された告知が即日撤回された話

岸本聡子杉並区長の就任(7月11日)から50日が経過しました。

政権交代後の100日程度は、米国のみならず日本でも「ハネムーン期間」と言われますが、その半分まで到達したことになります。

この間、新聞・雑誌に新区長を紹介する記事が数多く掲載されてきました。もはや数え切れないほどですね。

在外20年、杉並区在住の過去もなく、直近短期の在住歴で現職区長を破り当選した想定外の結果などに注目が集まりました。

サンデー毎日9月4日号(8月23日発売)


さっそく混乱もあった


一方で、今回の「杉並区の政権交代」においては、当初から混乱も発生しました。

例えば、杉並区まちづくり基本方針(都市計画マスタープラン)の改定に向けた取組は、若干の混乱の末、仕切り直しとなっています。

その結果、幹部職員の勇み足で広報すぎなみ7月15日号に掲載された告知も即日撤回されました。

杉並区の歴史において「現職区長の落選」は2回目ですが(前回は23年前)、この出来事は、今回も新区長が新体制を整えるには相応の時間がかかることを強く印象づけるものとなりました。

仕切り直しとなった「杉並区まちづくり基本方針(都市計画マスタープラン)」の改定


前区政において、杉並区まちづくり基本方針/都市計画マスタープランの改定は、次のように進める予定となっていました(前区長時代の資料)。

①スケジュールどおりに進んでいなかった改定作業


しかし、ここで示されていたスケジュールは、田中良区長時代から予定どおりには進んでいませんでした。

そもそも住民説明会の実施(令和4年4月予定)自体が見送られており、6月になっても成案はまとまっていなかったのです。

杉並区まちづくり基本方針(都市計画マスタープラン)は、都市計画法18条の2に定めのある「当該市町村の都市計画に関する基本的な方針」です(第1項)。区が定める都市計画は、この基本方針に即したものでなければならないと規定されています(第4項)。

この基本方針を定めようとするときは、あらかじめ、公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずる必要もあります(第2項)。

この件は、前区政においても、アンケートを実施したにとどまっていました。実質的にはほぼ何の手続も進んでおらず、作業はスケジュールどおりに進んでいなかったのです(したがって、当初6月に予定されていた都市環境委員会への報告も実施されませんでした)。

②前区長の落選をほぼ想定していなかったと思われる区幹部


このような中、6月12日、そのまま杉並区長選挙が始まりました。

改定について議決権を持つ都市計画審議会は7月15日に招集予定である旨、最初の通知が行われたのは、この選挙の直前でした。

都市計画審議会は、都市計画法に根拠を持つ法定の附属機関です。杉並区でも学識経験者、議員、利害関係先の代表者など21人で構成されています。

杉並区長の任期は7月10日まででした。

7月11日から新区長の任期が始まるわけですが、7月15日に何か発表するとなれば、その準備期間は3日間しかありません。

誰が当選人になったとしても、前区長時代に検討した「改定骨子案」をそのまま発表する意図であったことは、明らかでした。

前区長の落選は、おそらく想定に入っていなかったのでしょう。

③前区長は落選


ところが、6月20日、田中良区長は落選。

当時会話をした幹部職員にも動揺を隠せない雰囲気が見て取れました。

約20年間にわたり欧州在住で、かつ、それ以前の過去において杉並区在住歴のなかった新人候補が杉並区長に当選することにリアリティが持てなかったのでしょう。

当選した岸本区長は、まちづくり/都市計画について前区政を見直す姿勢を明確にして選挙に臨んだ候補者でした。この落選の時点で、既定路線を軌道修正する可能性は十分に想定できるものだったといえます。

しかし、幹部職員は、当選した次期区長と調整を図ることなく、その後も強硬に準備を推し進めていったのです。

④幹部職員は、当選区長と調整を図ることなく、その後も強引に改定作業を推し進めた


その痕跡は「広報すぎなみ7月15日号」紙面に残っています。

改定骨子案についての説明会を告知する記事です(注:青線囲みは筆者)。

説明会の開催を伝えた
「広報すぎなみ7月15日号」


この説明会は、当然に延期となりました。

幹部職員の勇み足で掲載された記事でしたが、区長はこれを許しませんでした。

7月15日の都市計画審議会でその旨が発表され、同日、杉並区公式ページに『骨子案の内容に調整の必要が生じたため延期』との説明で次の文章が掲載されています。

住民説明会の延期を伝えた
7月15日の杉並区公式ホームページ


当選したばかりの区長が、事前に何の調整もなく、その公約と真反対の記載のある基本方針(改定骨子案)を示されたら、ストップをかけるのは当然でしょう。

この基本方針は杉並区長の責任で作成しているものなのです。

区職員は、その補助機関であって(地方自治法第7章第3款)、この基本方針の議決権も区職員でなく都市計画審議会が有しているものです。

⑤新区長を舐めていた可能性も


このように所管の幹部職員は、前区長の落選後も、前区長時代に検討していた改定方針に基づいて既成事実を積み重ねたのです。

区長の選挙公約を踏まえれば、見直しは避けられないところでしたが、幹部職員はあえて見直すことなく改定作業をそのまま進めようとしたわけです。

ひょっとすると、区長就任(7月11日)の直後に発行される「広報すぎなみ」7月15日号に当該記事を掲載させることで、後戻りできないように仕組んだつもりだったのかもしれません。

都市計画/まちづくりは百年の計とも言われます。それだけに任期4年の政治家に左右されるわけにはいかないとの考え方が都市計画家や技術職員の根底にあることは理解しますが、さりとて民主主義政体である以上、公選職の判断(民主的正統性)を全く無視して改定作業を進めるのも感心しません。

幹部職員(杉並区長の補助機関)は、今回あまりにも露骨な動きを見せました。改定内容の当否は別として、今回のような行為は今後慎んでもらわなければなりません。

NGOから転身された新区長は、行政職員や議員など公職経験がなかったことから幹部職員にとって御し易い存在と考えていたのかもしれません。女性だと思って舐めていたのではないか、そうとも受け止められかねないものでした。

一見すると、今回の「延期」の発表は、朝令暮改に見えるものでしたが、内外で激しい権力闘争があったことがわかるのです。

杉並区公式ページに「区長への手紙」入力フォームがあるように、区施設にも「杉並区長へのはがき」が置いてあります。


区長就任50日 今後に向けた課題


公選の首長がたった一人で行政機関に乗り込むのが日本の地方自治制度(二元代表制)です。

このため、政権交代後の新体制を整えるまで相応の時間がかかることは容易に想定できることですが、冒頭からその先行きが山あり谷ありであることを強く実感する出来事が発生したわけです。

これからも大変でしょう。

不必要な混乱は誰のためにもなりません。空席となっている副区長(区長職務代理順位2位の副区長)、まもなく任期満了を迎える副区長(区長職務代理順位1位の副区長)及び教育委員などの人事でくれぐれも失敗しないようにお願いしたいところですね。

岸本聡子杉並区長の就任から50日。政策的に思うところは多々ありますが、少なくとも就任100日程度(いわゆるハネムーン期間)については一方的な評価を控え、あたたかく見守っていきたいと思っています。

9月は岸本聡子区長にとって初となる補正予算の提出などが予定されているところです。まとまった所信表明演説も予定されています。

いわゆるハネムーン期間が経過する10月下旬までに新しい体制を円滑に整えることができるか、新区長にとっても緊張の日々が続きます。

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