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犠牲はいつも小さきものへ

布団からひょっこり顔を見せ
「タツジュン、おはよ。起きる時間」
俺のSNSネームで呼ぶのは、キンクマハムスター。
遥香と新婚当初、一緒に選んだ。

俺が布団に伏したまま、号泣している隙に
枕元へやってきたキンクマは
「いつまでも泣いていたら、遥香も泣くぞ」
ピンク色の鼻を動かし、諭す。

最初は驚いたが、寂しさもあり慣れていく。

「ネズミのお前に何が分かるんだよ」
キンクマの首根っこを掴むと「痛いじゃん」
痛いと聞いたら、何もできなくなった。

遥香の荷物を少しずつ、箱に入れて片付ける。
キンクマは「それ!遥香の宝物」
いちいち煩い。
ご飯を食べろ、風呂に入れ。洗濯物は溜めるな。

そのクセ、キンクマは俺が仕事から帰ると
動画を再生しながら90年代の歌を歌い、
「タツジュン、おかえり。ドライマンゴーは?」
マウスがマウスをいじっていたとか
どんなダジャレだよ。

SNSには交流がある人からDMが来る。
同性らしき人のDMへ返信するとキンクマは
ドライマンゴーを齧りながら、画面を眺め、
異性にDMを返している間、キンクマは消える。

あの日から3ヶ月が経った。
俺は気持ちの整理がつかぬまま、本を読もうにも
眼が一行目から滑って、リピートする。

キンクマは陽気にTikTokを再生して戯けて見せるが
ため息を製造する穴は塞がらない。

スマホを覗くと、SNSで知り合った妙齢の女が
「タツジュンさんに会いたいです」
女に住所を教えて、マンションに来てもらう。

女は期待通り下心を露わにし、多少の穴は埋まる。

夜更け、明け透けで壁のない可愛い女と満足し、
気分良くリビングに戻ると
「タツジュン、あの女に癒されたの?」

キンクマは勢い付けて布団の端を噛む。
「おい、止めろよ。キンクマ、どうした」

「遥香は死んで、でもお前の幸せを祈っている。
それは僕にも分かるんだ。なんか、ゾワゾワする」

「あの女と知り合ってまだ10日じゃん?
あの女からのDM、1日130件だったね。
タツジュンは寂しいじゃん、
住所を教えるお前もどうかと思うけど…」

「海の物とも山の物ともつかぬ男の家に来て、
勝手に人の家の冷蔵庫、開けるもんかな?」

キンクマの苛立ちに俺は宥める。
「あの子、初対面で明るいいい人だったよ?」

「タツジュンはそう思うんなら。
親しくないのにマシンガントークで深い話してさ
お前のことを根掘り葉掘り聞いて
『アタシは優しくて繊細だから
人の気持ちが分かりすぎて辛い』って言うかな?」

キンクマは何かに取り憑かれたように痙攣し
「タツジュン。ゾワゾワが止まらない。
意識が遠くなる。
幸せになってよ、今まであり…」

布団から滑り落ち、息を引き取った。
                  後半→

#シロクマ文芸部
#小牧幸助さん