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松井今朝子の直木賞受賞作を読む〜「吉原手引草」で”細見”する

”吉原”が好きである。もちろん、落語で描かれる吉原である。大門をくぐると、そこには別世界があり、大籬(おおまがき)の大店、楼主や遣手、そこで働く花魁や新造・禿、下働きの人々、そして通ってくる客たち。彼らの喜怒哀楽を表現する落語を、私はこよなく愛している。性というものを軸にした、人間の本質があるからかもしれない。

したがって、2007年に松井今朝子が「吉原手引草」で第137回直木賞を受賞した時に、これは読まねばと思った。が、伸び伸びとなり幻冬舎文庫として文庫化され、ようやく購入。しかし、そのまま埋もれてしまい、買ったことすら忘れていた。

先日書いた、同著者の「円朝の女」を読み始めた時、そう言えばとKindleの中を検索したところ、「吉原手引草」を発見した。ということで、取り掛かったのである。

「円朝の女」は、三遊亭圓朝の”弟子くずれ”の独白という形で構成される。「吉原手引草」は、戯作者が吉原に関わり合いのある人々から話を聞くという形式で、同じ一人称であるが、こちらは話し手が複数である。なお、「円朝の女」は直木賞受賞後、2009年の作品である。

戯作者の関心事は、妓楼「舞鶴屋」から、全盛の花魁・葛城が忽然と消えた”事件”である。

神戸親和女子大学の小林勇教授によると、日本における史上最も長期にわたる定期刊行物は、約200年続いた「役者評判記」の可能性が高い。続くのが、江戸から明治期の約160年間にわたって刊行された「吉原細見」。

「吉原細見」は、日本最大の廓「吉原」のガイドブックである。遊郭の休日、妓楼の配置を示した地図、そしてそれぞれの店に所属した花魁の源氏名などが案内されている。早稲田大学が図書館で所蔵する古書籍をデータベース化し公開している。そこで、”吉原細見”を検索すると、20冊以上がヒットし、中身を閲覧することができる。

これを眺めると、当時の雰囲気をかすかに感じることができるが。これはあくまでも実用的なガイドである。

「吉原手引草」は、「吉原細見」の実際が書かれている。廓の習慣・しきたり、花魁ができるまでのプロセス、”身請け”の実態、”吉原”というシステムを支える多岐にわたる関係者が、真に迫って描かれる。

そして、もう一つの興味は、聞き手の戯作者が追いかける「葛城失踪の真実」であり、これは一種のミステリーになっている。したがって、詳しくは書けないが、こちらもよくできている。

「吉原手引草」で、吉原を”細見”するとともに、葛城という一人の女性の生き様を楽しんだ


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