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著…坂本龍一『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』

 音楽と、そしてガンと共に生きた人生を振り返った回想録。

 本来、風が竹林を吹き抜ける音に耳を澄ませるだけでも十分に美しさを味わえるのに、我々は音楽を作り続けてきました。「自然には敵わない」という前提を認めつつ、そこに二つ三つ、自分の音を足して楽しむ権利はあるんじゃないかと。

(著…坂本龍一『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』 P78から引用)


 という考えからは音楽家としての美学が伝わってきます。

 また、ガンの存在を知った時のショックや、余命宣告を受けた時の辛さを綴ったくだりを読むと、稀有な存在である彼もまた生身の人間のうちの一人だったのだということに気づかされます。

 病気は有名無名に関係なく人を冒します。

 いかに才能があろうとも。

 どんなにお金があろうとも。

 命は有限です。

 もし今、満月を見られたとしても、次にまた月が満ちる時まで自分の命が続いている保証は誰にもありません。

 この本には、ひたひたと近づいてくる死の気配を感じながらも今という時を精一杯生きている生身の人間の気持ちが綴られています。

 また、わたしは著者が友達について語っているエピソードが好きです。

 たとえば、ドイツ人アーティストのカールステン・ニコライ氏について語った、

 親友のカールステンのことは、最初に紹介しましたね。少し前にも、彼はガン治療のために入院したぼくを心配して、「何かできることはないか?」とメッセージをくれたから、ゲーテに倣って「Give me a light!」と返事をしたことがありました。すると、カールステンはしばらくして、手紙を送ってきてくれた。封筒から、彼が自作したのだという便箋を取り出すと、そこには絵の具で描いたアートワークとともに、カリグラフィーでぼくに対する励ましのテキストが書かれていました。本当に素敵な奴なんです。

(著…坂本龍一『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』P76から引用)


 というエピソードからは、溢れる喜びが伝わってきます。

 また、著者が映画監督のベルナルド・ベルトルッチ氏について語った、

 映画祭という場の面白さを教えてくれたのもベルトルッチですが、ちょうどその頃に彼から突然電話がかかってきて、「おい、リュウイチ。俺もお前と同じ、喉のガンになったぞ」と言う。その口調は決して暗くはなく、「This is my love(これが俺の愛だ)」などと、ジョークを飛ばしていました。彼はどんなときだってジョークを口にするのです。

(著…坂本龍一『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』 P186から引用)


 というエピソードも素敵。

 きっと、どんな絶望の中でも、友情は光となって闇を照らしてくれるのでしょう。

 そして、友達とジョークをかわして語り合える時間は、きっと人生の中でも特に幸せなひとときの一つなのでしょう。




 〈こういう方におすすめ〉
 いつか自分にも必ずやってくる「死」について考え、その瞬間が来るまでどう生きるか考えるきっかけが欲しい方。

 〈読書所要時間の目安〉
 いわゆる「目が滑る」タイプの本ではなく、一文字一文字が頭に入ってくるので、かなり時間を要します。
 4時間くらい。

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