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武田登竜門『あと一歩、そばに来て』

 短編漫画集。

 わたしは特に『その時がきたら』という作品が好き。

 読み返すたび、好きな人に「好き」と伝えたくても伝えられない主人公に自分の姿を重ねて、胸をギュッと締め付けられます。

 …と言っても、主人公は一国の王女様なので、わたしとは立場が全く違うのですが…。

 ※注意
 結末までは明かしませんが、以下のあらすじと感想には一部ネタバレを含みます。



 〈あらすじ〉

 王女様が子どもの頃、お母さんは教えてくれました。

 大好きな人と左手の小指を繋ぐおまじないのことを。

 「…左手の小指は心の指 一番大事な指 …だから心の底から大好きな人にこうやって気持ちを伝えるの」
(『あと一歩、そばに来て』から引用)

 王女様は大人になってからもずっとそのことを覚えていました。

 王宮内で沢山の人々に囲まれていても、いつだって心は独りぼっち。

 自分はいずれ、国のため、世継ぎを産むため、好きでもない相手と結婚しなければならない…。

 王女様はそんな運命を受け入れていました。

 ところが。

 王女様は突然、思いもよらない場所で、予想もしなかった人物と出会います。

 その男は、王女様におべっかを使ってくることも、批判してくることもありません。

 その男は、ただ黙って王女様をいたわってくれるのです。

 たったそれだけ。

 それだけなのに、その男から伝わってくる静かな優しさが心地よくて、その男がそばに居るだけでホッとして…。

 いつしかその男の存在は、王女様の心の拠り所となりました。

 その男と言葉を交わしたことさえ無いのに。

 時折お互いの手が触れる…。

 それが、王女様の心の支えとなりました。

 その男が王女様をどう思っているのかは分かりません。

 好かれているのか?

 嫌われているのか?

 好きでも嫌いでもなく、どうでも良いのか…?

 答えは分からないけれど、王女様はせめて自分の想いを伝えたい…と願うようになりました。

 しかし、王女様は自分とその男ではあまりに立場が違うことに気づいていましたし、やはり自分の立場の重さも自覚しています。

 それでも、止めようにも止められないのが恋。

 恋心と責任の板挟みになった王女様は、この気持ちは気の迷いだ、と自分に言い聞かせました。

 しかし、昔お母さんはこうも言いました。

 「貴女の身体はこの国のものだけど 心は貴女だけのものですよ 大切に取っておきなさいね」
(『あと一歩、そばに来て』から引用)

 と。

 王女様はこう悟ります。

 「自分の心はもうあの男のものだ だからもう思い残すことはない」
(『あと一歩、そばに来て』から引用)

 と…。



 あらすじの紹介はこのくらいにしておきます。

 この作品がどんな結末を迎えるのか、気になる方は是非読んで確かめてください。



 〈感想〉

 世の中には、「人を好きになったことが無い」という方もいると思います。

 それが不幸なことなのか、幸せなことなのか、それは誰にも分かりません。

 人を好きになるのは素敵なこと。

 けれど、まるで自分の心が自分のものじゃ無くなったみたいに、言うことをきかなくなります。

 好きな人のそばにいると気持ちがふわっと舞い上がったり、そんな自分に戸惑ったり、恥ずかしくなったり…。

 「あの人はわたしのことを好きではないんだ…」と気づいて、心にぽっかりと大きな穴があいて、そんな自分がまた嫌になることもあります。

 忘れよう、平静でいよう、と思っても、また好きな人と会うとただ会っただけなのに心がパッと明るくなってしまう…。

 そうやって心が揺れ動くことは、幸せなことなのでしょうか?

 それとも不幸なことなのでしょうか?

 その答えはわたしには分かりません。

 ただ一つ言えるのは、わたしがこの王女様の心の機微にとても共感しているということ。

 わたしも「好き」と伝えることが出来ない相手に片想いをしているから。

 わたしもこの気持ちを抑えようと必死。

 きっとわたしの恋が実ることはないから。

 もうわたしは好きな人と会えないかもしれないし、たとえまた会えたとしてもその人はわたしのことを何とも思っていないでしょうから。

 だから、好きな気持ちを宝物として大切に胸の奥へしまおうと思います。

 そんな心境のままわたしはこの作品と出会ったものですから、おこがましいことですが、王女様と自分を重ねずにはいられませんでした。

 また、この作品には、「左手の小指」がとてもメッセージ性の強いものとして描かれていて、それも非常に印象的です。

 わたしも以前、好きな人とお互いの両手が触れたことはあったので…。

 それは単なる偶然でした。

 だから、きっとわたしの好きな人は、自分の手とわたしの手が触れたことなんて、もう覚えてはいないでしょうけれど…。

 それでも、この作品を読むと、「あの時わたしたちは左手の小指を繋いだわけではないけれど、せめてお互いの手と手が触れることが出来て良かった」と思えます。

 そう思えるようになっただけでも、わたしは嬉しいです。

 この王女様にお礼を言いたい気分です。

 王女様が負った、深い心の傷。

 その傷はきっと一生残ることでしょう。

 しかし、王女様の人生にこの先どんなことがあろうとも、きっとその傷は宝物となり、王女様の心を照らす光になってくれる…、わたしはそう祈らずにはいられません。

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