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【読書記録】安部公房の『けものたちは故郷をめざす』を読んで考えたこと

安部公房の『けものたちは故郷をめざす』を読んで考えたことを書きます。

恥ずかしながら白状しますと、私は安部公房作品をほとんど読んできていません。『人間そっくり』を3年前に読んだ程度です。

なので、初心者が安部公房を読んでみた! 的な記事になりますので、ご了承ください。
なお、ネタバレしないように気をつけるつもりではありますが、やらかす危険性がありますので、ご注意ください。


とにかく怖い

この作品は、終戦時に旧満州に取り残されてしまった少年(青年?)久三が、日本をめざして荒野を歩いていく、引き揚げ小説です。
安部公房自身が旧満州にいたということで、その体験がもとになっているようです。そりゃそうでしょう。

私がこれまで読んだ引き揚げ体験談は、ビクトル古賀さんの体験を書いた『たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く』で、これもむちゃくちゃよかったんですがね。

終戦直前にソ連が宣戦布告してきて、そうと知った関東軍は開拓民を置き去りにしてさっさと逃げるし、むしろ自分たちが逃げるための時間稼ぎに、民間人(しかも女性と子どもが多い)を利用した。酷いです。

だから、多くの民間人が引き揚げ途中で亡くなった、という事実を知った上で読んだので、『けものたちは故郷をめざす』はとても怖かったです。

まして、安部公房。
個人的に唯一読んでる『人間そっくり』がああいうラストでしたので、いやいや絶対、素直に感動的ないい話で終わるわけないやん、という疑心暗鬼が頁の裏からこっちを伺っておりまして。
頁をめくるごとに、話が展開するごとに、小さな悲鳴を上げながら読みました。

Amazonのレビューなどを読むと、「一気に読みました!」的な方もいらっしゃるようですけど、それはすごく体力の要ることでは? と思うんですよ、個人的には。ハラハラしっぱなしでしたので、すごく疲れました私は。

描写がすごい

プロの作家さんの文章に対して「うまい」と言うことほど、愚かなことはないと思うんですが、荒野の情景描写や、久三のメンタルがどんどんおかしくなっていく過程の描写が、すごくうまいなあと思いました。はい愚か。

安部公房は満州の景色を見ているから書ける、と言えばそうなんでしょうけど。人間を寄せ付けない感じの荒野が、本当に怖くて。
怖いんだけど、久三のメンタル変化に、ただの描写ではない文学的なものを読んだ瞬間、久三のメンタルがおかしくなっていく様を後年の安部公房が書いている、という神の視点を感知することもでき、そのことによってやっと「これは後年に書かれた小説である」と自覚することで、何とか一時怖さから逃れられる(でも安部公房自身は引き揚げできたけど、小説の主人公・久三をどうするかは安部公房次第という事実は残る……)。

ノンフィクションでも、情景描写のうまいものはあります。
でも、久三の意識が現実と幻とをいったりきたりするさまなどは、小説ならでは、安部公房ならではなんではないかな、と思うわけです。

幸せってなんだっけ

この作品を読むと、幸せって平和な世の中に勝るものはないじゃん! と誰もが口をそろえて仰るんじゃないかと思うんですね。
毎日夜に帰れる家があって、あったかいご飯と、お風呂と、お布団があって、暑くも寒くもなくて、身の危険を心配しなくてよくて、手足をのばしてぐっすり眠れる。家族にも同様の状況がある。それに勝る喜びはない。(と書きながら、被災地の方々やガザやウクライナの方々を思うと、複雑です……)

だから、どんな理由があっても戦争は回避しなきゃいけないし、国家による社会秩序は絶対に必要。ただしその社会秩序は、個人の人権が守られた上での秩序であるべき。

満州国崩壊から中華人民共和国成立までの空白期間が、この小説の世界ですが、国家の法が通用しない社会って、怖いです。倫理もくそもない。
こんな社会、二度と作っちゃいけません。まじで。生きていけない。

正解の選択肢はあったのか

こういう極限の物語を読むと、どれがベストな選択肢だったのか、をつい考えてしまいますが。
いや、あのとき久三がこうしていれば……というのは、なかった気がするんですね。どの選択肢を選んでいても、結果的にベターだったかもしれないという結果論で語ることはできますが、最初から、それやっちゃあかんやん、という選択はしていない気がする。危ういのはあるけど。

そもそも満洲に行かなきゃよかった、と言ってしまえばそれまでだけど、久三の親が行ったのはどうにもならないし、現地で親が死んだことや、内地に親類縁者がいないことも、久三にはどうにもできない。
つまり、ベストな選択肢なんてない、それに尽きると思います。

社会の状況によって、誰が死んでもおかしくない。
こうすれば必ず生き残れる秘策みたいなものは、この世にはない。

結局、個人で生き残ろうとしたって、あの敗戦のどさくさでは、その力はちっぽけすぎてどうにもならないから。
絶対に戦争にならないように、あれこれ外交的な手を打ち尽くすことが、一番個人個人が生き残れる道だよなあ……と思うわけです。
武器のチキンレースやったら、資源のない国は負けるからね、まず。

読み終わって、そもそも久三の中で、ソ連兵たちと共に西へ行くという選択肢はなかったのか、そこはちょっと考えました。流されるだけの子だったら、同行してたかもしれないし。一応、粗末ながらも寝床や食べ物は与えられてたし。
ただまあ、ついて行ってたら迫害は受けたよなあ、日本人てことで。面倒見てくれてたの、アレクサンドロフ中尉だけっぽかったし。

おわりに

『けものたちは故郷をめざす』は、読んでて辛かったし怖かったです。
でも、日本人が読むべき本のうちの一冊だと思われます。

今こそ、多くの方に読んでいただいて、共に考えていければ幸いです。
ありがとうございました。


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