あの日、あなたは扉の鍵をくれた
というタグを見て、真っ先に思い出したのは小学校中学年の頃、教育実習に来ていた先生だった。
ショートカットにシンプルな眼鏡をかけて、
「愛」という言葉がとても好きな若い女性だった。
教育実習生なのだから、現在の私から見るとうんと若い。
けれど「若い」とは、年齢の話ではなく、瞳の輝き具合や、
太陽を浴びた向日葵みたいな笑顔など、彼女の仕草ひとつひとつが情熱的に若かった。
先生には、情熱の国スペインの血が流れている。
と、言われても私は驚くことなく、むしろ納得するだろう。
小学校だけではなく、どの学生時代を思い返しても、「私の一番好きな先生」は彼女で間違いない。
なぜそこまで好きだったのかというと、
彼女が私に読書の扉を開く鍵を贈ってくれたからだ。
教育実習の期間中、彼女は毎朝、海外の児童書を読んでくれた。
学校を休みがちだった私が記憶している限り、
『ああ、無情』
『モモ』
『はてしない物語』
この三冊を朝の時間、私たち生徒に読んで聞かせた。
今、思い返すと、本のチョイスが、かなりシビレる!
読書の面白さを原液でドバドバと頭から
ぶっかけられるようなラインナップ!
なかでも、最初に読んでくれた『ああ、無情』
(『レ・ミゼラブル』をすごく短くまとめた児童書)の物語は私を夢中にさせた。
ずっと『ああ、無情』の世界にいたいが、朝の時間はほんの数十分。
「今日はここまで」と彼女が本を閉じてしまう度に
「ああ! 話の続きが気になってしかたがない!」と悶える。
『ああ、無情』に心奪われた私は、どうしても我慢できずに、図書館で彼女が持ってきていたものと同じ出版社の『ああ、無情』を借りることにした。
児童書とはいえ、そこそこ厚みのある本である。
それまで、読書らしい読書をしてこなかった私にはハードルが高いようにも思われたが、一度読み始めるとするすると進み、その日の内に読み終わってしまった。
「お、おもしろかった……!」
私は『ああ、無情』を片手に、放心。
「本って、物語って、こんなにおもしろいんだ!」
感動で雷にうたれるとはこのことか、と震えた。
その後、私は順調に読書好きになっていった……わけではないのだが(小学校高学年に『ハリー・ポッターと賢者の石』で再び雷にうたれるまで、一冊も本は読まなかった)、あの日、彼女が朝の朗読をしていなかったら、
私は今、本を好きになっていなかっただろう。
その後、教育実習を終えた彼女が、最終的に教育の道に進んだのかはわからないが、今も、たくさんの子供に本のおもしろさを伝え続けてくれているといいな。
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