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機会

 小説の醍醐味とは何だろうか。
 今まで生きてきて経験したことのない出来事を、物語を通して追体験する。それもある。また、小説の物語とそれに類似する自身の経験を重ね合わせて、一致・不一致を愉しむ。どちらも魅力的だ。
 後者の場合について、一つ経験談を語ってみたい。

 シャーリイ・ジャクスンの短篇集『くじ』「曖昧の七つの型」という作品がある。
 本作の舞台は、ハリス氏が店主をつとめる書店。そこにある日、1組の夫婦が訪ねてくる。
 どんな本を御所望ですか、という店主の問いかけに対し、夫の方は少し困惑の表情を見せながら、「とにかく本をまとめて買いたい」と答える。「近ごろはやりの三文小説は困る」「ディケンズのようなものだな」といった要望はあるものの、特定の作家・ジャンルの本を求めているわけではないようだ。
 夫に店内を案内したのは、先客として書店にいた大学生。彼はハリス氏に「この若いひとは、どこにどんな本があるか、わたしに負けないくらいよく知ってます」と評されるほどの、書店の常連客である。
 二人揃って書棚を見ていく中で、夫と大学生の会話が重ねられる。次に引くのは、その一部。

「「生まれてはじめてだよ、こんなにたくさんの本を見たのは」と、大男。「いつか自分が平然と本屋にはいっていって、ずっと読みたいと思ってた本を洗いざらい買える日がくるなんて、思ってもみなかった」
 「さそがしいい気持ちでしょうね」
 「いままであんまり本を読む機会がなかったんだ」男は言葉を継いだ。「きみよりずっと若かったころから、親父の働いてた機械工場へ、わしも働きに出た。それ以来、ずっと働きづめさ。ところが最近になって、どういうものか、ちょっとばかり金が残るようになった。そこでかあさんと相談して、以前からほしいほしいと思ってきたものを、いくつか手に入れることにしたんだ」」
シャーリイ・ジャクスン著、深町眞理子訳『くじ』早川書房、P254〜255)

 このやりとりを一読したとき、「こういうこと、昔あったなー」と、過去の一場面が思い出されてきた。

 数年前の古本まつり。ある古本屋の手伝いで、会計場を任されたときのこと。七、八冊の本を胸に抱えたご年配の男性に、会計の合間話しかけられた。

「大学生?」
「あ、はい、そうです」
「訊ねたいことがあるんだけど」
「あ、何でしょう?」
「この本って、入門書としてどうかな?」

 男性が示したのは、入門を掲げるあるちくま新書の本だった。私はたまたまその本を読んだことがあったので、「分かりやすい本でした、おすすめです」と答える。
 「読んだことあるの? すごいな」と褒められたので、「いえいえ」と照れてしまう。よく見ると、男性が購入しようとしている本のほとんどが入門書だった。
 その後に続いた男性の話は、先程引用した「曖昧の七つの型」の文章とよく似ていた。男性が「学び始めに遅すぎるということはないよね」と口にした場面は、今でもはっきりと記憶に残っている。



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