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【伊勢志摩サミット】いけばなを通して日本の風景を伝える|笹岡隆甫 花の道しるべ from 京都

花にまつわる文化・伝統芸能などを未生流笹岡・華道家元の笹岡隆甫さんがひもとく連載コラム『花の道しるべ from 京都』の第34回。2016年の伊勢志摩サミットでの会場装花について振り返ります。笹岡さんはサミット史上初の試みとして、会議室内にいけばなを飾ります。各国の首脳たちに日本の風景を伝えたその手法とは。また、端午の節句に菖蒲が飾られる意外な理由についても綴っていただきました。

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サミット史上初、“会議室”にいけばな

2016年5月、G7伊勢志摩サミットの会場装花を担当した。サミット史上初めて“会議室”にいけばなを飾ることができたという意味で、記念すべきサミットだった。これまで日本で行われたサミットでも、ホテルのエントランスなどに迎え花が飾られていたが、そこまで身近に感じていただくことができなかったのだ。

会議室内に飾られたいけばな

会議室のテーブルの上に、いけばなを飾るのは意外と難しい。まずは、高さ。会談の邪魔にならないように花の大きさを抑える必要がある。そして、四方からの視点を意識しなくてはならない。かつて、いけばなは床の間で鑑賞されるのが原則だった。床の間は、後方と左右に壁がある舞台のような空間だ。そこに飾られるいけばなは、背後や横からの視点を意識する必要がなく、鑑賞者の視点である前方だけを意識し、正面性を持つように進化した。例えば、正面から見て、裏向いて見える花や葉は切り落とすのが原則だ。

日英首脳会談が行われた志摩観光ホテル“藤の間”に飾ったのは、大小様々な岩の景色が美しい「二見浦ふたみがうら」の姿を写した作品。二見浦は、名所図絵にも描かれ、古くから知られる景勝地。三木啓樂氏(現在の三木表悦氏)に特注した漆の花器を並べ、奥には松、手前には青もみじをいけた。高さを抑え、かつ四方どこから見ても違った味わいが感じられるように、盆栽のように太くて力強い枝を主役に選んだ。

伊勢志摩の景勝地、二見浦の姿を写した作品

いけばなを通して日本の景色を感じてほしい

また、葉の顔を上に向けることで、できるだけ裏向きの葉が目立たないように配慮した。水紋の描かれた漆の板の間に大小の石を並べて、水の中から岩の突出する風景を再現。観光をする時間が取れない各国の首脳に、いけばなを通じて日本の景色を感じていただこうという趣向だ。力強い枝の横には、テッセンやナデシコをほんの数輪、漆黒の器の中に浮かべるように添えた。ちょうど、会談の最中にテッセンの蕾が開いたようで、それをご覧になった英国の要人がホテルのスタッフに「この花は何?」とお尋ねになった、と聞いた。花の移ろいに目を留める時間をお持ちいただけたのは、会議室の中ならでは。

左の花がサミットの会議中に蕾が開いたテッセン

端午の節句に欠かせない花菖蒲

他にも、「英虞湾あごわん」、「伊勢茶献上」、「五十鈴川のもみじ」などと題し、計10作品を飾らせていただいた。シェルパのディナー会場に飾ったのは、「斎宮さいくう花菖蒲はなしょうぶ」。三重の県花であるハナショウブを、尾鷲おわせヒノキの曲物まげものに挿した。花菖蒲は、5月の花の代表だ。5月5日の端午の節句には、尚武(武芸を尊ぶ)に通じるとされる菖蒲しょうぶが欠かせない。毎年、この時期、いけばなの世界では花菖蒲の稽古をする。ちなみに、軒菖蒲や菖蒲湯に使われるショウブは、サトイモ科の葉菖蒲。葉はよく似ているが、花菖蒲はアヤメ科なので別物だ。

三重県の県花をいけた作品「斎宮の花菖蒲」
「伊勢茶献上」

 どちらも素晴らしく優劣がつけ難いもののたとえとして「いずれアヤメかカキツバタ」という慣用句が知られるが、アヤメ科の花は混同されがち。アヤメ科の「カキツバタ」「アヤメ」「ハナショウブ」は次のように見分ける。まずは、自生する場所の違い。水の中に咲くのがカキツバタ、陸に咲くのがアヤメ、水陸の境目、つまり水際に咲くのがハナショウブ。また、花弁のつけ根を見ても分かる。おおむね一筋の白い線が入っているのがカキツバタ、これが黄色の線ならハナショウブ、そして網目状の模様があるのがアヤメとなる。

五月に訪れたい東福寺、青紅葉の雲海へ

 また、この時期、訪れたくなるのが東福寺。雲海のように広がる青もみじの中に浮かぶ通天橋の姿を目にすると、心まで洗われるかのようだ。2015年5月に、新緑の美しい東福寺で、リレー形式で一輪挿しに花をいける「千人生け花」を開催した。京焼の魅力を発信する「京焼サミット」の一環で、参加者は京焼の徳利を一輪挿しに見立て、ハナショウブやシャクヤクなど季節の花をいけた。千人近くの参加者が一列に並んで、一人ずつ順番に花を挿していく。暑い日だったが、心地よい涼風が吹いたかのような清々しい時間だった。

文・写真=笹岡隆甫

笹岡隆甫(ささおか・りゅうほ)
華道「未生流笹岡」家元。京都ノートルダム女子大学客員教授。大正大学 客員教授。1974年京都生まれ。京都大学工学部建築学科卒、同大学院修士課程修了。2011年11月、「未生流笹岡」三代家元継承。舞台芸術としてのいけばなの可能性を追求し、2016年にはG7伊勢志摩サミットの会場装花を担当。近著に『いけばな』(新潮新書)。
●未生流笹岡HP:http://www.kadou.net/
Instagram:ryuho.sasaoka
Twitter:@ryuho_sasaoka

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