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あの頃まぶしすぎた君は、今もまぶしい。(兵庫県淡路市 淡路佐野運動公園 第1野球場)|旅と野球

全国津々浦々にあるもの、それは美しい空と自然、そして野球場。誰もを魅了するスターだって、彼らに憧れるスター候補だって、諦めちゃった趣味人だって、グラウンドに立てば皆同じプレーヤーである。彼らが、日本のどこかで野球の試合を繰り広げている様をスタンドに座って観戦して、人生の縮図みたいな展開に熱中し、選手たちに声援を送ることで、私たちは「自分のこと」も、いつしかそっとなぞるようになる……。
ふらふらして頼りないけど、ちょっとだけ心の中が穏やかになるかもしれない。そんな風変わりな野球観戦記のはじまり、はじまり。

【新連載】

「こっちきて、一緒に応援しなさい」

 チャンス到来に湧くスタンドで、選手の母親と思しき女性がこちらを向いてそう告げた。

 一瞬、自分が呼ばれているのかと思って、いい返事をしそうになったが、僕の2列ほど前で、声援を送っていた若者たちが立ち上がった。体格のいい二人組である。ひとりは金髪。もうひとりは短髪にニューエラのキャップを小粋にかぶっている。

「OBも参加、これは命令よ」

 文字にするとなかなかに鋭いが、実際のお母さんの口調に棘はなかった。いかつい男子たちも苦笑いしつつ応援団のところに行き、先ほどから声援を送り続けている制服姿の女子マネージャーの横に立った。

「あげあげほいほい」

「あげあげほいほい」

「もっともっと」

 太鼓のリズムに合わせて、3人が珍妙な歌詞と振り付けで応援を始めると、総勢20名ほどの応援団が、どっと盛り上がった。三塁側スタンドに陣取った相手チームの応援団もこらあかん、とばかりに、ピンチを迎えた自軍の投手に声援を送り出した。

 ここは淡路島にある野球場。夏の全国高校野球選手権の兵庫県予選が繰り広げられている。

 両チームに縁のない唯一の観客と思しき僕は、試合終盤のクライマックスに心躍らせながら、グラウンドに目を向けた。

* * *

 淡路島に来るのは今年に入って2回目だった。

 いずれも「滝行に行きたい」と意気込む妻の、お供兼運転係としてである。

 滝行は、密教や修験道などにおける神聖な修行の一環とされている。妻のそれも、彼女が信頼を寄せる淡路島在住の山伏とその仲間たち数人で、島内にある「滝」に行くというものだ。本格的な修行体験ではないようだが、滝壺に入って滝に打たれると、心身ともにすっきりするのだという。

 僕も何度か参加を迫られたが、外出するだけで半日、家人以外の人と会ったらもう半日、体と心を休ませることを余儀なくされる圧倒的内向派としては、あまりにもリスクが高い修行である。だから、口を濁したりにやにやすることで家庭内不和をどうにか回避しつつ、穏便に断ってきたつもりである。

 一方で、春から子どもたちが進学で家を出たし、僕も実家のある名古屋に拠点を移す予定だし、という家庭環境の変化もあり、一緒にいる間はパシリくらいやろうと思って、岡山から2時間強クルマを運転する係を引き受けたのである。

 受動的な訪問ではあるが、淡路島には興味があった。僕の父方の祖父の一族が、かつてこの島に居住していたのである。父から見た従兄弟が戦時中に機銃掃射で亡くなり、伯父も勤務先の工場で事故死するなど、明るい色調のみに彩られてはいないものの、血のつながりのある人たちが住んでいた土地を歩いてみたかった。そこで、初回の訪問時は、妻が滝行に行っている間、彼らの多くが生活を営んでいたという洲本を拠点に、島を見学して回った。

 と言って、町名などの手掛かりはひとつもないから、気のおもむくままの小旅行である。この島を1966(昭和41)年まで走っていた淡路鉄道の起点、洲本駅跡の市営駐車場で妻を降ろして、しばらく街を歩いてから、鉄道の終点だった福良ふくらに向かってクルマを走らせた。

 洲本の市街地は、神戸の街を連想させるモダンな雰囲気があったが、洲本川を渡ると、のんびりとした風景が広がり出した。小さなトンネルを抜けた先の市民交流センターの入り口には、風情のあるバッティングセンターがあり、奥の野球場では少年野球のリーグ戦が行われていた。

 地元客で賑わうお好み焼き屋でテイクアウトして、小さな港で海を見ながら食べたモダン焼きも、玉ねぎ畑を見下ろす丘の上にある定食屋で、酔客たちが昼酒を飲みながら阪神タイガース戦をテレビで観戦する横で食べた生しらす丼も、美味しかった。

 半日ぶらついて、淡路島に流れているゆるやかな時間を体感して、なるほど、ここが僕のルーツのひとつか、と納得したのである。

* * *

「沼島、見てこないの?」

 2回目の淡路島訪問の道中、助手席の妻に不思議そうに尋ねられた。

 言われるまでもなく、島の南にある土生港から、『古事記』の国生み話で最初に登場する島、「オノゴロ嶋」ではないかとされている沼島にすぐに渡れることは知っていた。

 いわば日本そのもののルーツである。当然、興味はあったが、旅先では可能な限り、野球を見ることにしている。今回は、高校野球の予選を見ようと決めていた。

 実は、高校野球を野球場で観戦するのは初めてである。

 僕が生まれ育った愛知県は、数々の強豪校が存在する。中学生まではテレビで甲子園の熱戦を見ながら、県の代表を全力で応援していたが、高校生になったあたりで、興味が薄まった。通った高校の野球部はまるで強くなかったし、プロ野球の中日ドラゴンズを応援する方が忙しかった。のちにイチローとなる鈴木一朗が同学年で、愛工大名電のエースを務めていたが、その存在すら知らないという体たらくであった。

 そして今。40代最後の初夏に初観戦を果たしたのである。

 まぶしかった。

 グラウンドで白球を追う球児、ベンチやコーチャーズボックスで味方を鼓舞するチームメイト、スタンドで声援を送る高校生、彼らのサポートに徹する大人たち。表裏のない喜怒哀楽。青空と芝生……。

 まぶしくて、てらいのない青春は、7月の直射日光と一緒になって、僕に強い光を浴びせ続けた。

 部屋にこもってヴェルレーヌの詩集を読んで、選ばれてある、とはオレのことじゃねーかと妄想を膨らませていた高校時代の僕は、自分がここに放り込まれたら、戦う顔を見せる間もないほどの一瞬で萎れてしまうことを、ちゃんと理解していたのである。

 自意識ばっかり大きくなって、百くらい言い訳を用意しながら、プロ野球観戦に注力していたあの頃の自分に、もし会えるんだったら、「大丈夫、何十年か後には、高校野球も観戦できるくらいには、面の皮も厚くなるから」と言って、え……オレそんなおっさんになんの、と絶望を味あわせてあげたいところである。

* * *

 第1試合は、強豪校としてその名を知られるチームが勝利した。第2試合まで間があったので、昼ごはんを食べようと入ったお好み焼き屋では、先日訪れた漁港のお店と同じような雰囲気で、常連たちがお好み焼きを食べ、ビールをあおり、隣の客に話しかけていた。電話もひっきりなしにかかってきて、席とメニューの注文が入っていく。島の力の抜けた空気に、関西のせっかちさがスパイス的に混ざり合った店で食べるお好み焼きは、当たり前のように美味しかった。

 アイスキャンディを手にスタンドに戻ると、ちょうど試合が始まったところだった。いずれも聞いたことのない校名である。

 兵庫県は、5回戦まで勝ち抜けてようやくベスト8に辿り着ける激戦区である。今日はまだ3回戦。もしかしたら、だらだらした展開になるかも、という危惧は杞憂に終わった。

 まず、守備が堅い。内野はゴロをしっかり処理するし、外野はバックアップにしっかり入る。キャッチャーだって、昨今流行のフレーミングをしっかり行っている。しかも状況によって、守備位置を微妙に変える。よく見ると、一方のチームはキャッチャーが、もう一方のチームはサードが、こまめにチームに指示を出している。監督任せではない、自発的なプレーを双方がしているのだ。

 これは、見応えがある試合だ。

 どっちかを応援した方が、より面白く観戦できるだろう。そう考えた時に、耳に入ってきたのが、一塁側から聞こえてくるか細い声援だった。見ると、スタンドの最前列で制服を着た女子マネージャーが声を振り絞っていた。バッターボックスに立った自チームの選手の名前を呼びながら、それぞれの応援歌を歌っているのである。

 もちろん、周りだって応援中だ。もうひとりのマネージャーと思しき生徒は、太鼓を叩く係をしているし、保護者や卒業生たちだって大音量で声援を送っている。ただ、前述したように、応援団の絶対数が少ないのである。100人単位で応援している相手チームとの格差も大きい。

 判官びいきにはおあつらえ向きの舞台設定で、兵庫県の甲子園常連校がつくったとされるチャンステーマを、ひとりで踊り、ひたむきに歌い上げるマネージャーの姿は、全力で肩入れしたくなるようなオーラをまとっていた。

* * *

 ところどころに給水の休憩を入れながら、ぐいぐい試合は進んでいった。

 1点リードのまま終盤にチャンスを迎えた僕の推しチームは、その回こそ無得点に終わったが、裏の相手の猛攻をどうにかしのぎ、次の回にヒットを重ねて1点を加えた。

 OBが加わった3人の歌って踊る係は、即席とは思えないほどの息の合い方を見せて、ほいほいと叫び続け、太鼓係はばちも折れよとばかりにどこどこ叩く。僕は、比喩でなく手に汗を握りながら、熱戦を見続けた。

 そして最終回、相手チーム最後の打者が三振に倒れてゲームセットとなった。

 双方一礼をしてベンチに戻ったところで、相手チームのキャプテンが泣き崩れる。エラーが出なかったことからも分かるように、どちらも本気で「上」を目指していることが伝わってくる試合だった。推しのチームの選手たちも、僅差の試合を制した安堵感を漂わせながら、スタンドに最敬礼をする。

 彼らに拍手を送りながら、ここまでの試合のダイジェスト映像を脳内で流しながら、スポーツニュースよろしく勝因と敗因を分析し、ファインプレーをピックアップしていった。いい試合だったから、めちゃくちゃ面白い。

 高校時代の自分が見たらため息をつくであろう無防備な表情で試合を反芻する僕をよそに、スタンドの応援団は、そそくさと帰り支度を始めていた。マネージャーたちが応援アイテムを手早く片付けていく横で、保護者たちが今後の予定について日程調整をはじめる。

 考えてみれば、淡路島から彼らの高校のある都市まで、それなりの距離がある。のんびりしていられない。4回戦もすぐあるし、明日は月曜日だから学校も仕事もある。

 呑気に感慨を催してもいいのは、僕のような暇人だけで、戦う人たちは、試合というハレの場から現実へと戻って、「次」への準備をしなければならないのである。

* * *

「自分をリセットできる場所があるのって、それだけで嬉しいよね」

 夕方に洲本で合流した妻は、SDGs精神を体現したような、かつての倉庫街をリノベーションした観光スポットで、ピザを頬張りながら、滝行でいかに心と体がリセットされたかをしばし語り、今後も行きたいと宣言し、明日訪問する高野山の護摩行見学への見通しと期待をひとしきり語った。

 彼女のおしゃべりがひと段落したところで、僕も今日の高校野球観戦が、いかに楽しかったかを伝えた。

「今度、一緒に見に行こうよ」

「勝負ごとに興味がないんだよね」

 僕が野球の話をするたびに決まって言うセリフを、竹を割ったようにスパッと返すと、妻はオニオンリングをかじり、ビールをぐいっと飲んだ。

 そうだったね、と、僕も同じものを食べた。衣のしょっぱさに引き立てられた淡路島産の玉ねぎのやさしい甘みが、口の中にじんわりと広がった。

 嫌みっぽく書いているが、僕だって、滝行はおろか、明日の護摩行にも同行せず、和歌山県予選の観戦を画策している。要するに、趣味嗜好が合わない夫婦なのである。ずっと前から互いに承知していることだ。

 それでもやっぱり、いつか妻と野球を一緒に観に行きたいな、と思った。

 言うまでもなく、試合が白熱すればするほど面白いし、ひたむきな人たちの姿はどんな時だって美しい。

 だが、時間をおいて今日の試合を振り返ると、やりたいと思ったことを真剣にやって、ゲームセットになったら帰るべき場所に戻る。そんな「当たり前」が、当たり前のように、ふらりと訪れた街で繰り広げられている風景こそが、何よりも尊く感じられることだった。

 淡路島の小さな野球場にいた選手や応援する人たちは、どんな会話をしながら、今日帰り、どんなことを考えながら、明日練習をするのか。想像すると、レストランの窓の外にそびえるクスノキを彩る夕陽のようなぬくもりが、心の中にともったような気分になった。

 彼らの背後には、僕自身と地続きの日常が見えた。だから、日々の生活をいっとき忘れて応援しながら、自分の今いる場所を確かめるという、相反するような行為を、当たり前のようにすることができた。

 歳を取れば取るほど、動かしがたい「居場所」ができてくる。でも、時にはよそに足を伸ばさないと、感じ取ることができないこともある。

 面倒な話である。でも、仕方のない話でもある。今、手元にあるものだけで自分の心の始末ができるほど、僕は人間ができていないのだろう。

* * *

 その発言とは裏腹に、妻は中学生時代に、軟式テニスで地方大会でベスト8に入るくらいには「勝負」には親しんできている。まぶしさに気後れを感じることなどなかったであろう彼女が、今、野球の試合を見て、どんなことを感じるのだろう。

 妻は、空のビール瓶をかたわらに置いて、メニューを鋭く検討している。

「そういえばさ、前回行ったモダン焼きのお店」

 僕は、伏線を張るべく、彼女に話しかけた。

「また来ますって言ったんだけど、今回、行けなかった」

「そっか」

「今度来たら、うちの隣の駐車場使いなって言ってくれたんだけどね」

「よかったね。あなたのルーツがある島に、寄れる場所ができたんだもん」

 彼女はメニューから目を離して、こちらを見た。

「うん、私も行きたいかも」

 ここが命の捨て所。そう直感した。野球場にも、ぜひ。そう言おうとした刹那、決めた、次は地ビールにする、と妻は言って、再び僕の方を向いた。

「次はあなたも滝行やろうよ」

 並行線をたどりながらも、いつか交錯する一瞬が来る。そう夢見ながら、僕たちは日常の中にこしらえた余白を楽しんでいるのである。

文・写真=服部夏生

服部夏生(はっとり・なつお)
1973年生まれ。名古屋生まれの名古屋育ち。幼少時、テレビ中継で田尾安志の勇姿を見て、中日ドラゴンズのファンとなる。小学生の頃は、当たり前のようにプロ野球選手になることを妄想し、ドラフトで永遠のライバル、読売ジャイアンツに指名されたらどうしよう、と本気で悩んだが、満を持して入った野球部でほどなくフィールドプレーヤーとしての才能の限界を痛感、監督に勧められてスコアラーとなり、データを分析してチームを下支えすることに喜びを感じるように。大人になっていつしか野球を見ることもなくなり、社会の下支え係も大して全うしないまま馬齢を重ねてきたが、『ほんのひととき』での連載「終着駅に行ってきました」の取材で偶然目にした草野球に感銘を受け、観戦を再開することに。著作に『終着駅の日は暮れて』(発行:天夢人、発売:山と渓谷社)、『日本刀 神が宿る武器』(共著、日経BP)など。

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