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「ひととき」の特集紹介

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旅の月刊誌「ひととき」の特集の一部をお読みいただけます。
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2024年5月の記事一覧

ひと粒の命を輝かせる人々|真珠のゆりかご 伊勢志摩へ(ひととき6月号特集)

“ハネ珠”に価値を与える 尾崎ななみさんにとって、志摩市英虞湾にある祖父・中北敏広さんの真珠養殖場は遊び場だった。学校が休みになると、両親に連れられて伊勢市から会いに行ったのだ。祖父の操る船が軽快なエンジン音を立てて、青い空を映した穏やかな海をすべっていく。入り組んだリアス海岸で水平線は見えないけれど、どこまでも続く緑の海岸線と、その間に浮かぶ真珠養殖の筏を眺めていた。船に乗るのは楽しかったし、日に焼けた頑健な祖父は頼もしかった。筏に着いて船が停まると、小さな波が音を立てるの

日本人と真珠──白珠に託す想い|真珠のゆりかご 伊勢志摩へ(ひととき6月号特集)

 真珠に何かの役割があるとすれば、その第一は贈物ということになるのではないか。他者への礼を表すのに、この小さな、深い輝きを持った珠はまことに相応しい。円いかたちは見る人を穏やかな気分にさせ、白い色は純粋な好意を感じさせる。掌に置いて眺めれば、贈り主の心情がほのぼのと伝わってくる。  古代の人々もこのことを思っていただろうか。『魏志倭人伝』には倭から魏に白珠が贈られた記録がある。藤原道長の日記『御堂関白記』によれば、宋に帰朝する僧の進物に毛皮や螺鈿と並んで「大真珠五顆*1」を