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バレンタイン、「まっすぐ」が人の気持ちを動かす瞬間を見た

「あなたは誰の絵が好き?私はモネが好き。」

そう言われて私の頭の中は?で埋め尽くされた。
なになに誰の絵?曲じゃなくて?もねって何??

小学校三年生の時、クラスに転校生がやってきた。
彼女の名前はナナちゃん。
真っ白い肌に焦げ茶色の髪をポニーテールにしている。
フランスからの帰国子女だった。

それはそれは驚いた。
彼女は誰に対しても臆することなく「まっすぐ」に自分の意見を言った。

思っても口には出さずしばらく様子をみる。
周りに合わせてできるだけ目立たないように。
そうやって過ごしていた私にはまさにカルチャーショックだった。

家に帰ってモネの話を母にしたら「さすがフランスは違うなー!」とだけ言い、それ以上の説明は何もなかったので 、モネについては結局よくわからなかっった。


一度だけ彼女の家に遊びに行ったことがある。
どんな遊びをしたかは記憶にない。
ただ一つだけ鮮明に覚えていることがある。

紅茶だ。

彼女のお母さんが出してくれたそれは、見たこともないような繊細で薄い磁器のカップに注がれ、きちんとソーサーに置かれていた。
透き通って少し赤みがかった色と立ち上る湯気。

そこでなんだか自分がとても場違いな気がして不安になったのだ。
我が家の風景とはあまりにも違いがありすぎた。

ところが不安は一瞬にして消え去った。
紅茶が驚くほどおいしかったからだ。

まず口に含む瞬間にとても良い香りがした。
そしてほのかな甘み。
花のようなフルーツのような、何重にも感じられる豊かな香りが口の中いっぱいに広がった。

おいしい!!
こんなにおいしい飲み物があるなんて。

その後ナナちゃんの家で飲んだもの以上に美味しい紅茶に出会ったことはない。
もちろん「初めて」の特別感はあるだろう。
それを差し引いても、30年近く経った今でも思い出すほどに衝撃的なおいしさだった。


ナナちゃんには好きな男の子がいた。

いつもふざけている、「ザ悪ガキ」という感じの松田という名前の子だった。
松田はナナちゃんによくちょっかいを出した。
からかったり、彼女のトレードマークのポニーテールを引っ張ったりした。

彼女はちょっかいを出される度に顔を真っ赤にして「もーー、松田ーー!」と怒った。

小学校三年生のバレンタイン。
近所の公園でナナちゃんや他の友達といつものように遊んでいた。
すると松田も友達と連れ立ってやってきた。

夕方、家に帰る前のこと。
ナナちゃんは自転車のかごに入れてあった包みを取り出し迷う事なくまっすぐに松田の元へ歩いていった。

「言っとくけど、松田にだけだから。」

彼女ははっきりとそう言った。

松田はそれまで見たこともない照れたような顔をした。
その後自転車で帰っていくナナちゃんの姿を、これまた今まで見たこともないような真面目な顔で見ていた。

「まっすぐ」が人の気持ちを動かす瞬間を見た。


ナナちゃんはその後また転校してしまった。



もうすぐバレンタイン。
私自身の思い出もゼロではない。
中学生の時に下駄箱で待ちぶせて好きな子にチョコレートを渡すという、ザ青春エピソードもある。

それでもバレンタインに一番思い出すのはナナちゃんの事。
小学校三年生にして堂々と好きな子にチョコを渡す、あなたは特別と伝えられる。

「まっすぐ」な、格好良くて強い彼女の話。


ナナちゃんは今頃どこでどうしているかな。

元気でいるかな。

あと彼女のお母さんに、あの時の紅茶がすごくおいしかったと伝えたい。

恥ずかしくて伝えられなかった感動、大人になった今なら素直にまっすぐ伝えられる。

30代も後半になり、やっとあの頃のナナちゃんに少しだけ追い付けたような気がしている。

うーん、やっぱりまだまだかな。







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