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MY LITTLE LOVERと、えりちゃんのことを少しだけ

「悲しみのため息」も「ひとり身のせつなさ」もピンとこなかった。

小学生。まだ運動場でけいどろ(地域によってはどろけいと言うらしい)をすることが一番の楽しみだった私には、年頃の女性の憂いを帯びた複雑な気持ちが分かるはずもなかった。

歌詞には共感できなかったが、メロディーを耳にした瞬間、一目惚れならぬ「一聴き惚れ」をした。

悲しみのため息 ひとり身のせつなさ
抱きしめたい 抱きしめたいから Man&Woman
愛してる 愛してるって言っても
好きだから 好きだからって言っても
きっと言葉だけじゃだめだよ Man&Woman
いつかは HeyHeyHey!

ミュージックステーションだったかHEYHEYHEYだったかうたばんだったか。なにかしらの音楽番組で出会ったこの曲がMY LITTLE LOVER(通称マイラバ)の「Man & Woman」だ。

高低差の少ない淡々と畳み掛けるようなサビから始まる。少し鼻にかかった、粘度が若干高めのakkoの歌声は高音より低音がいい。

話す言葉に詰まっても 大丈夫心配いらないいらないよ きっと
出会ってまだ少しだけど あなたとのことはきっとピンときてた

歌詞はやっぱりピンとこなかった。
メロディーがとにかく好きだった。


◎◎◎


えりちゃんという大好きなお姉さんがいた。

母の弟の奥さん。つまり「おば」にあたるのだが、「おばちゃん」なんてとても呼ぶ気にならなかった。

えりちゃんはその頃20代後半で、上品な薄い顔立ちの美人だった。色が白く、茶色い髪はサラサラで、いつもニコニコしてて、でもべらべら喋ったりはしない。

私はそんなえりちゃんに憧れていた。



1996年のお正月。私は決断した。CDショップのチラシを食い入るように眺める。

お年玉でマイラバのアルバムを買おう。

子供にとって、少なくともその頃の私にとって三千円は大金だった。シングル千円でも高いと思ったし、いつもレンタルしてカセットテープに録音していた。

でもマイラバのアルバムは買うんだ。お年玉を握りしめ、CDショップへ自転車で向かった。

MY LITTLE LOVER 「evergreen」。これが私が初めて買ったCDだ。

先の「Man&Woman」はもちろん、後にJUJUがカバーした「Hello again~昔からある場所~」なんかも収録されている。

お正月で祖母の家に滞在していた。祖母はカラオケが趣味で、家にはCDデッキが置いてあった。そこで初めてそのアルバムを聴いた。

小学六年生。ヒット曲などは歌番組で聴けるから、あらかじめどんな曲か把握している。それで気に入った曲のCDを聴けばいい。ところがアルバムは知っている曲もあれば知らない曲もある。知らない曲を一から聴くのは初めてだった。繰り返し聴き、徐々に好きになっていく。これが新鮮で楽しかった。



学校が休みの日。私はまた祖母の家を訪れ、すっかりお気に入りとなったマイラバのアルバムを聴いていた。すると、えりちゃんが入ってきた。

「マイラバ、いいね。良かったら貸して。」

憧れのえりちゃんに、大人に、CDを貸す私エッヘンという感じだ。かっこいいなと思った。それにえりちゃんにマイラバの世界観はなんだかぴったりだ。年頃もちょうど良い。嬉しかったけど、無邪気に喜べるほど幼くはない中途半端な年齢の私はできるだけ冷静を装って「いいよ」と答えた。

少しだけ大人の仲間入りをしたような気持ちになった。



今はえりちゃんと会えなくなってしまった。

おじさんと別れてしまった。もう私が大人になってからのことだ。夫婦のことは分からない。ただ、おじさんが悪いらしい。



このアルバムのタイトルにもなっている「evergreen」は最後の一曲だ。

緑はやがて 褪せていくけど
幹は今も 嵐に耐えてる そこに立ってる
あなたをただ 愛してるだけ
ただそれだけで生きていけると
ぼんやりと思ってたら 何だか勇気が沸いてきてた
それは気持ちに 羽が生えたように 空を飛んでく
水平線の見えない この街に生まれて
そして死んでいっても あなたがいれば すべてを感じる

小学生なりに、この歌詞はなんとなく分かった気になっていた。

あれから20年以上経った今はこう解釈する。

「あなた」というのはいろんなものに当てはまる。家族、友人、恋人…。人ではないかもしれない。それは仕事だったり趣味だったり思想だったり人それぞれ。大切で、強く信じられる何かを持っていられれば生きていける。その存在が力をくれる。

えりちゃんにも大切な「あなた」があるといいな。
どこかで元気にしてるといいな。



今夜は久々にマイラバを聴くとしよう。







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