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きっかけ

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自己紹介にも書きましたが、40代に入るまで、ゲイであることにきちんと向き合ってきませんでした。
向き合ってこなかったというのはどういう意味かというと、曖昧にしてきたということです。

自分の中では明確にわかっていました。もう小学生の時から。
自分でも覚えています。通っていたスイミングスクールの男性の先生の姿に子どもながらドキドキしたことを。
にもかかわらず、それを明確なものにしませんでした。わかってはいるけど、でもどうにかなるんじゃないか、と。自分は女性とお付き合いして、結婚とかができるんじゃないか。そんなことを、お恥ずかしながら30代まで漠然と思っていました。
(なぜそんな風に曖昧にしてしまったかは、また追々書きたいと思います)

その曖昧な生活を維持するために、仲良くなった女性とちょっとだけ付き合ってみたり(だいたいすぐうまくいかなくなる)、友達の女性のことを周りに恋人がいるかのように紹介してみたり(もちろん相手の女性には知られない範囲で)、悪気があったわけではありませんが、そういった嘘をつき続けてきました。巻き込んでしまった女性には本当に失礼なことをしていたと思います。

しかし今振り返ってわかるのは、性的指向を曖昧にするということは、決して恋愛や結婚だけに影響を与えるだけでなく、人生全体に波及するということです。
そんなこと冷静に考えれば当たり前のことなんですが、あまりそういう風には考えられていませんでした。

自分の人生が辿ってきた過程は、改めて詳しく書けたらと思いますが、性的指向を曖昧にすることで、自分の場合、未来のことを考えられなくなったと思っています。自分のアイデンティティの大事なところにきちんと向き合わないわけですから、人生プランについて前向きに主体的に描くことができなくなるのは当たり前な気がします。いつもどうしたら良いかがわからず、希望もあまり持てず、流されるように生きてきてしまいました。

もう一つ思うのは、人と深い人間関係を築くことができない、ということです。繰り返しになりますが、自分の根幹の部分について周囲に嘘をついているわけですから、本心の心を開いた会話というのができなくなります。どこか心のこもっていないうわべの会話が多くなり、それでは人と誠実な関係をつくるのは難しいです。

そんなことから、30代も後半になってくると、仕事や人間関係に行き詰まりを感じるようになります。休みの日などに、急に孤独を感じたり、気が塞ぐことが増えるようになっていったのです。

一方で、少し話は逸れますが、40代になって自分の中ではっきりとゲイであることに向き合うようになるまでは、周囲には一切カミングアウトしていなかったですし、ゲイの友人、ましてや恋人もまったくいない状況でした。
そんな中、どうやって自身の性欲に対応していたかというと、その一つがオンラインチャットでした。

素人の男性とオンラインで会話ができるチャットです。相手は画像も音声もONのサービスなので、タイプの男性を見つけて、実際に話しているかのような会話をすることができます。
そのサービスに、私は画面・音声ともにオフで臨んでいました。相手は顔出し・音声ありで話してくれますが、それに対してこちらはテキストで反応という、不釣り合いなコミュニケーションスタイルです。しかも私は女性と偽って臨んでいたのです。

なぜ女性と偽っていたかというと、単刀直入に言えば、相手と性的な会話を楽しみたかったからです。チャットのサービスを提供しているキャストの方々がストレートの方が多かったので、その方々にしてみれば、相手がゲイであるよりも女性の方が心許して、そういった会話をしてくれるんじゃないかと思ったのです。

正直なところそのサービスは20代の頃から楽しんでいて、タイプの人が見つかれば、たまに利用する感じでした。会話が盛り上がって、何度か同じ人とチャットすることもありましたが、仲良くなるとだいたい顔を見たい、声が聞きたいと言われ、そう言われるようになると、フェードアウトしていました。なので一人の人とそんなに長く続くということはありませんでした。

それが、約1年半前のことですが、そのチャットでのある人との出会いが、大げさではなく、自分の人生を再スタートさせてくれることになります。この話は失敗談ではあるのですが、見方を変えれば成功談でもあります。詳しくは、また次回書きたいと思います。

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