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初めての「能」鑑賞_「天鼓」_2023年7月28日

渋谷能楽堂で、初めて「能」を鑑賞しました! 演目は「天鼓てんこ」。

そもそも私が能に興味をもったのは、以前、恵子さんとご飯を食べていたときに、彼女が好きな「能」の話になり、

「能は、だいたい幽霊が出てくる」
と聞いたためでした。とても平易な言い方をすると、「オバケが出てきて、滔々と語る」のだと。
そう聞いて俄然触手が動き、今回2人能楽堂に出かけることになったのです。


■「天鼓」のあらすじ(おおざっぱ版)

後漢の時代、ある妻が天から鼓が降りてくる夢を見た直後に出産。その男児を「天鼓」と名付けると、その後、天から本物の鼓も降ってきました。

天鼓少年は鼓を打つのが大好きで、また、彼が打つとこの世のものとは思えないほど美しい音が鳴ります。

その噂を聞きつけた帝が、その鼓を献上するように命令。天鼓少年は抵抗しますが、勅使ちょくし(帝の部下)にあえなく捕まり、鼓と命を奪われて川に投げ捨てられてしまいます。

さて、宮廷では誰が打っても鼓は鳴りません。
天鼓の父が宮廷に呼び出され、天鼓を想ってバチを取るとようやく美しい音が鳴りました。

帝は天鼓の魂を供養するべく、管絃講かんげんこうという、管絃の演奏による弔いを始めます。すると、天鼓少年の霊が現れて、供えられた鼓を打つ。一晩中、喜びの舞を待うと、夜明けとともに天に成仏していきました。

現か夢か 幻とこそなりにけれーー、美しさへの畏怖

今回の演出は「呼出」といい、冒頭で天鼓少年が殺されてしまう場面が省略されたもので、演奏は「盤渉ばんしき」という、雅楽の調律で現在のシの音に当たるものを中心とした演奏でした。

なんでも、能では水が登場する演目では、音で表現するべく今回のように笛が使われるそうです。

私は初めて能を鑑賞したのですが、涙が滲む瞬間があるほど、その立ち振る舞いと音色や声の美しさにすっかり魅了されました。
ワキやシテ(主役)といった登場人物はもちろん、6人の地謡じうたの謡い手たちや3人の奏者と2人の後見たちの、”個”を消すかのような静止。純度の高い舞台上の静寂が、とても饒舌に感じたのです。

また、ワキやシテの、頭の位置をほぼ変えない滑るような移動や振る舞いは非常に幻想的で、全員が少し浮いているのでは? と思うほど美しいものでした。

のちジテ(後半)で天鼓少年が喜びの舞を舞う場面では、足で床を踏み鳴らすのですが、その音でさえ空中のどこかから届くよう。肉体の生々しさ--人であることを超えているように感じたのです。

私は子供の頃、能面が怖くてたまりませんでした。
というのも、お花を教えていた祖母に連れられてよく行っていた呉服屋さんには能面が飾られていて、いつも見つめられているような気がしていたのです。

その理由が、今回能を鑑賞して分かりました。
先ほど、「饒舌な静止」と書かせていただきましたが、能面の表情もとても豊かで、前ジテ(前半)で父が鼓を打つ前の哀しみ、音が生まれたときの驚き。後ジテの天鼓少年の実に楽しそうで無邪気な、それでいてこの世を去るときの寂しそうな表情ーーそれらが、ありありと見て取れたのです。

子どもの頃に感じた「恐怖」は時を経て今、美しさへの「畏怖」となってこの胸にあります。


■「 謡 (うたい) 宝生」と、線香の煙のように立体的な鼓の掛け声

また、前ジテのシテ(主役)である王伯(天鼓の老父)が登場したシーンでは、「 謡 (うたい) 宝生」の別名がつくほど特徴的な謡も素晴らしく、鼓を打ちながら発せられる掛け声は、まるでお線香の煙のようでした。
天に向かって、すうっとまっすぐに上っていく煙は、前後左右にほんのりとくゆりながらほどけて、繊細な輪郭を保ちながら、空気に溶け込んでいく。そんな幻想的な立体をその声から感じたのです。

「天鼓」は空が白み始めた頃、天鼓少年が成仏して舞台の袖に消えると地謡で終わります。

「また打ち寄りて現か夢 また打ち寄りて現か夢か 幻とこそなりにけれ」

謡の終わる瞬間、笛の音も舞台上の気配も一切消え、彼らが舞台に入って来たときと同じように、滑るように小さな口へと消えていきます。

「現か夢か 幻とこそなりにけれ」

再び空っぽに戻った舞台。私は静寂の中でその歌詞を胸に、初めての能の感動に全身を浸していました。


 ***

解説:金子直樹

能「天鼓 呼出・盤渉」
王伯/天鼓:髙橋憲正
勅使:福王和幸  
勅使の従者:山本則重  
笛:藤田貴寛  
小鼓:曽和伊喜夫  
大鼓:亀井洋佑  
後見:宝生和英、藪克徳 
地頭:和久荘太郎


【ききみみ日記】
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