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93歳、新玉ねぎのポタージュを作る

料理雑誌で有名な「dancyu」。
この誌名、「男子厨房に入らず」をもじっただけかと思いきや「男子も厨房に入ろう」という意味らしい。
そりゃそうか。とても好きな雑誌のひとつである。

いまや台所全入時代。
イカと大根の煮物、ポテトサラダ等が十八番料理のうちの祖父(93歳/A型/好物:揚げ物全般)から先日、新玉ねぎのポタージュを作るけど食べますか、と電話がかかってきた。

14時に約束を取り付け、カメラを携えてスープの冷めない距離にある祖父の家へ向かう。

時間に着くと、すでに玉ねぎがザル一杯に刻まれたあとだった。
あっ…その刻んでいる姿を撮りたかったのに…

刻んだら水にさらす

93歳ともなると自分の時間の流れの中に生きている。
若者側の時間に合わせ引き込むことはとうの昔にあきらめた。
祖父の時間に自分の時計を合わせるまで。

バターとサラダ油を熱する

「初めて作ったのはいつだったかねえ。」

5,6年前に初めて「玉ねぎのスープを作ったから持っていきます。」と言われたとき、オニオングラタンスープのような茶色い透き通った絵を想像していたため、鍋の蓋を開けて一瞬目を疑った。中が白くて仰天した覚えがある。

玉ねぎが油と合わさりしんなりと溶けていく。
ツンとする香りが台所中に立ち込め、むせかえる。
それもそのはず、換気扇がOFFになっている。
手が届きにくそうな小柄な祖父に変わり、私が慌てて横から手を伸ばしてスイッチをONにする。

このポタージュのレシピはいつかの新聞の切り抜きである。
時々、新聞に美味しそうなレシピや料理のコツが載っている記事があると切り抜いて「読んどきなさい」と渡してくれる。
その半ぺらは私の頭に入ったり結局地球の資源になったり、いろいろになる。

「ご飯ご飯。」
冷蔵庫から冷やご飯を出し、スケールで測る。
祖父は大概こんくらいあーくらいだいじょぶだいじょぶの人だが、こういうところは妙に几帳面だ。すでに塩もきちんと小皿に計量されている。

ご飯はとろみと甘味のため


胡椒はラーメンにかける昔ながらの白胡椒


水、調味料類を入れてぐつぐつ



ミキサーにかける

「昔はこれでよくジュースを作って朝に飲んだがなぁ。」
爆音のダミ声でがなり立てるミキサーと換気扇の暴風音に掻き消されないように、台風中継の記者さながらジュースに何を入れたのか大声で問う。

「…りんごとかオレンジとか…そんなものじゃないか。」
心機一転、時を経てスムージーと名を新たにしてみても、結局いつの時代も「手間」に敗れ、もてはやされ廃れを繰り返し、ミキサーやジューサーは戸棚で眠りこけて化石になりかける。


計量された牛乳



牛乳を加え、菜箸でビャッとぞんざいにかき混ぜる


…おたまのほうがいいのでは。
ツッコミを無視して(というか耳が遠いのだ)、菜箸の先で手にちょんちょんと付けて味見をするが、首を傾げている。
助手の私、おたまを手渡す。

混ぜる


味見

「いいね。」



飲んでみる。

味は決して濃くない。冬と春のあわいの日差しのように穏やかで控えめな味わいだ。
もう少し塩を足したほうがいいんじゃないかと思ったが、「いや、これでいいんじゃねえか。」

シェフのOKが出たので、これにて完成。

祖父は塩分には人一倍気を遣い、野菜サラダにも餃子にも揚げ物にも何もかけない。
減塩が長寿の秘訣かと思いきや、油ものには目が無くて、カラアゲ天ぷらカキフライ、食後のかりんと、どんと来いである。
「鉄壁」と称される祖父の胃腸と、三振・エラーばかりの自分の弱小な胃腸を時々交換したくなる。


作りたてより味がこなれていい塩梅。美味


写真を撮ろうとして黒胡椒を振った私、純白の玉ねぎのポタージュに黒いシミをつけてしまった。後悔。

だからこのポタージュには昔ながらの白コショウが合うのだ。
ミルなど調子に乗ってひいている場合ではなかった。後悔。


次はポテトサラダを作るのを撮りたいから、作るときは教えてほしいと伝えておいた。
しかし、数日後、うちの玄関にラップのかかったポテトサラダが無言で鎮座していた。
撮り逃したことを悔やみつつ、”おじいちゃんタイム”で自由に生きているのだからしょうがないかと開き直るよりほかはない。
だからその機会は持ち越したまま、試合は延長戦にもつれこんでいる。

ポテサラ編は、いずれ、また。


実はこのあと蕗味噌も続けて作りました


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