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美術検定4級合格をめざします!㉝Antoine Watteau

ロココ絵画の始まり(18世紀)
◆1648年に創立された王立美術アカデミーがフランスが文化や芸術の発信地として大きく発展した礎となる。
◆16世紀からアカデミーはヨーロッパ各地に次々と設立されていたが、フランスでは王が最大の支援者として経営を支援していたため、芸術においても政府の影響力が大きかった(ルイ王朝)
◆ロココの語源「ロカイユ」と呼ばれる小石や貝殻などの装飾のこと
宮廷主導の華やかで軽快な美術
陶磁器ではセーヴルやマイセンが生産の質と量を高めた
◆1682年に建てられた豪華で荘厳、宮廷の権力の象徴であったヴェルサイユ宮殿に反して、個人の生活に主眼をおいたつつましさがうかがえるプチ・トリアノン宮殿が造られた

プチ・トリアノン宮殿
1783-85年


㉝ジャン=アントワーヌ・ヴァトー1648-1721「シテール島の巡礼」

【ロココ】フランス
キャンヴァス・油彩 パリ、ルーヴル美術館

1717年

◆フランドル地方に生まれパリで室内装飾化の助手をへて、画家になる
◆美しい自然の中で優雅に着飾った男女が集う絵画のことを雅宴画がえんが(フェートギャラント)と呼ぶ
◆シテール島は地中海に実在する島群のひとつ 誕生後に西風ゼフィロスによって運ばれたヴィーナスが流れ着いたという伝説がある
◆それまでは古代ギリシャ・ローマや、ルネサンス期のイタリアを手本としてきたが、雅宴画がえんがはフランスの初めてのオリジナルとして重要なジャンルとなる
◆ヴァトーは37歳で死去

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