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「ラッセルのパラドクス」について

以前の投稿記事プログラミングと論理学でフレーゲが構想した論理主義はラッセルにより矛盾を指摘されて挫折したと記述しました。その矛盾は「ラッセルのパラドクス」と称されていた。

フレーゲは、自身が構築した述語論理を算術においても還元できるもの考えていたが、実は述語論理の体系だけでは不十分だった。

というのは、算術的命題をすべてカバーするだけの表現能力を獲得する必要があった。そのためには、命題関数に変項に個体だけでなく命題関数それ自体も入れなければならなかったからです。

たとえば、命題関数「xは動物である」のxに「xは猫である」をいれることとなり、この場合は、個体だけではなくて命題関数も変項の値を必要とする拡張を無限に続けることになる。こうした矛盾をラッセルは指摘したのでした。

プログラミングと論理学では、パラドクスの回避法は省いていますが、今回は三浦俊彦著『ラッセルのパラドクス』に基づいて表示します。

ラッセルは、自分が自分自身の規定に当てはまるかどうかを問うことは間違いのもとだと考えた。つまり「自己言及」を禁止することがパラドクス回避に道だとした。そこで「悪循環原理」を次のように定式化した。

悪循環原理とは、ある集まりが、その全体によってしか定義できない要素を含む場合、その集 まりは全体を持たないというものです。

「全体を持たない」とは、さしあたり「存在しない」ということなのだが、正確には、普通 の意味で「存在しない」とすら言えないということである。というのも、もし存在しないなら ば、無という全体を持つ(集合でいえば空集合をなす)ことになるが、それだと全体を持つこと になってしまうからです。

全体によってしか定義できない要素を含む集まりというものは、した がって「存在しない」とすら認めるに値しないのであり、端的にナンセンスであり、議論の対 象にならない、とラッセルは言うのである。自分の靴ひもを引っ張り上げることで宙に浮くこ とができないのと同様、自分自身で自分の一部を定義するような全体は、意味の世界に浮かび 上がることはできないのだ。

ラッセルのパラドクスがこの原理で回避されることを確認しよう。「自分自身の要素でない 」Rが、自分自身の要素かどうか、どちらと仮定しても矛盾してしまうのがラッセルのパラドクスだった。

ここで、Rの要素とされている「自分自身の要素でない集合」という概念は、悪循環原理により、禁じられる。なぜなら、ある集合について「自分自身の要素である集合」とはどういうものかがわかってい なければならないが、それは「自分自身」という全体によってのみ定義される要素(自分自身) を含んでいる。

したがって、「自分自身の要素である集合」は全体を持たない。ということは、 その補集合である「自分自身の要素でない集合」もまた、全体を持たない。こうして、悪循環 原理によれば、「自分自身の要素でない集合」をすべて集めたRなどというものは意味をなさ ず、ラッセルのパラドクスは生じない。

三浦俊彦著『ラッセルのパラドクス』P44~P45

ところが、悪循環原理はおかしいのではないかという人も出てきた。たとえば次のような表現が意味をもたなくなりはしないか、と感じられるからです。

  • 二〇〇五年四月現在の日本の首相

  • 人類最初の宇宙飛行士

  • 一番背の高いアメリカ人女性

これらの語句は、記述によってひとつの対象を選び出すもので、「確定記述」と呼ばれる。これらの記述句は、それぞれ「日本人」「人類」「アメリカ人女性」という全体によって自らを定義している。しかし自分自身が、それぞれ「日本人」「人類」「アメリカ人女性」という全体の一員なのである。これは悪循環原理で拒否される事柄だ。「日本人」「人類」「アメリカ人女性」は、その全体自身で定義されるため、全体を持たなくなってしまう。
(中略)
ここから、 ラッセルの数学観は、しばしば「構成主義」と評される。ラッセル的に見る、 数学的対象は、悪循環原理で厳しく制限されるたぐいのものなので、悪循環原理の制約を受け ない小泉やガガーリンのような「実在」とは違って、数学という営みによって「初めて出 されるもの」だというわけだ。

数や集合のような数学的対象は数学という営みがあろうがなか ろうが実在する、と考える実在論者クルト・ゲーデルがラッセルの数学観を批判したの主 にこの構成主義についてだった。実は、ラッセルにとっても論理学と数学は「存在」 「客観的 構造」の学だったはずなので、人の心によって対象が作り出されるかのような構成主義的な見 方は信念に反している。ラッセルの中での構成主義と実在論との緊張は、ラッセル研究者 で大きな謎とされてきた。 

三浦俊彦著『ラッセルのパラドクス』P47~P48





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