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クローゼットの中に

今年も遂にやってきてしまった。
くるぞと来るぞと身構えていたけれど、全然撃沈している。
あいつが。梅雨が。やってきてしまった。

元々気圧の影響を受けやすいので、しとしと雨が降り続ける曇り空の日々はどうしても気持ちが晴れない。

仕事は早々に切り上げてしまったし、本当なら読みたい本がたくさんあるのに、ソファーに寝転がってぼうっとしてしまう。
やりたいこともやらなきゃいけないこともあるのに、動けない。
そんな自分への罪滅ぼしに、いつもは適当に済ませる夕食をちゃんと作ってみた。
普段はやらないし、やらなくてもいい自分のための家事は、やってみると気持ちがいくらか晴れるもので。
もっと晴れやかな、やりきった気持ちになりたい!と謎の欲が出てきたので、放っておいた部屋の片付けも初めてみた。

すぐに使う予定がない、かといって最後に使ったのはいつだか思い出せない、1泊用の小さなスーツケースを怠惰で部屋に出しっぱなしにしていた。
kemioの親友マイルズが、小さいスーツケースは大きなスーツケースの中に入れるという収納術を動画で教えてくれたので、久しぶりに実践すべく、タンスを一つクローゼットから抜き出す。
我が家のタンス、というより衣装ケースはクローゼットの奥行きより少し短いので、その裏にいくらかスペースがある。

まずは、掃除機を片手にその隙間を中を覗いてみる。
探してたお気に入りのパジャマ用ジャージが、ホコリを纏って出てきた。
兄のお下がりのPUMAの半ズボンは夏に必須のやつだ。
感動の再会。洗濯しておこう。

本題の、クローゼットの奥にしまい込んだピンクのスーツケースを久しぶりに引っ張り出す。
7〜8泊の海外旅行の結構大きいやつ。久しぶりに見ても大きい。

最後に使ったのは、いつだったろうか。

タイヤが取れるほどに

初めて大きなスーツケースを買ったのは、大学2年生の時。
ピンクに水色のラインが入った可愛いやつだった。
これをかったのは、人生で初めて海外に行く時だった気がする。
友人が留学していたアメリカに、英語も話せなければ海外に行ったこともないのに1人で行った。
しかも、ロサンゼルスで10時間の乗り継ぎがある激ヤバスケジュールだった。

この旅を決めた時の私は、とにかく外に出たい一心だったのを覚えている。
希望とは程遠い大学に入学し、なんとなく合わない気がした大学1年生。
大学を辞めて海外の大学に編入しようとしていた。
結局、親の反対や、行きたい理由を明確に説明ができなくて断念した。
今思えば、あの時行っちゃえば良かったのにーと思ったりもするけれど。

留学しないならしないで、ひとまず外に出て自分の目で日本以外の国を見てみたくなって、半ば勢いで半年後のフライトを取った。
チケットを取ってしまえば行くしかなくなるから!と自分に言い聞かせて購入したのを覚えている。
現地に着くと、それはそれは楽しくて、寝る間も惜しいくらいだった。
結果、帰国する前日、現地にいた友人が住んでいた家を出る時に、友人やそこで知り合った友人たちにどん引かれるくらい号泣した。
6年経った今でも、忘れられない思い出になっている。

その後も何度かヨーロッパを訪れ、最後にそのスーツケースを使ったのは大学4年生の卒業旅行で訪れたドイツだった。
乗り継ぎを無事にこなし、ミュンヘンで再会したスーツケース。
一安心だと思い引き取って、立たせる。が、パタン、と倒れる。
2回くらい試してみて初めて、タイヤが一つなくなっていることに気づいた。
困惑する私に、同じフライトに乗っていた台湾人の女性が話しかけてくれた。
どうやら、台湾でもよくあることらしい。スタッフに言えば新しいスーツケースが貰えるはずよ、というので手続きをする。
彼女の言う通り、空港にあるスーツケース屋さんで使えるバウチャーチケットが貰えた。
早朝に着いた便だったので、開店待ちをしてスーツケースを物色。
ちょうどいいデザインと大きさのものがなく、仕方がないので持っていたものよりも一回り大きい物を、バウチャーでは足りなかった14ユーロを払って購入した。
幾度となく旅をともにしてきた、お気に入りのピンクのスーツケースとは、ミュンヘンで惜別の別れを告げたのだった。

新しいスーツケースは、前のとは違ってザラザラした手触りの、少し赤っぽいけどまたピンクのやつ。
大きい分にはまあいいか、どうせまた行くし、と思ったのが、もう4年前だ。

それ以来、そのスーツケースを使っていないことに、ふと気づいた。
ドイツで手に入れてから、まだ一回しか使ってないのに。

スーツケースの大きさは

クローゼットにしまいっぱなしにされている大きな大きなスーツケースをみて、その大きさは、好奇心の大きさに比例しているように感じた。

27歳になってみて初めて、10代後半から20代前半の頃の好奇心が恋しくなった瞬間だった。

行ってみたい、見てみたいの一心で、毎年バイトしたお金を貯めて、大きなスーツケースと共に10日くらい日本に帰らなかった。
1人での長時間のフライトを物ともしないエネルギーがあった。
帰国する時のスーツケースには、スーパーで買った見たこともないお菓子をたくさん詰め込んだ。
気がかりだったのはお金が足りるかどうか、だけだった気がする。
時間はいくらでもあったし、守るべきものも肩書きもなく何者でもなかった。

最近は、どうせそんなに使わないだろうと5000円くらいで適当に買った機内に持ち込めるスーツケースの方が、使い勝手が良くなった。
コロナで物理的に行けなかったことも大きく影響しているけど、どうにも大きなスーツケースが必要なアメリカやヨーロッパは足が遠のいている。

仕事に穴を開けるのが怖いのか、一昔前とは違って高騰している航空券と円安にビビっているのか、長時間のフライトに体が耐えられないであろう不安なのか。

行かない理由は口をついて出てくるのが悔しい。
行きたい理由はシンプルに「行きたいから」しかないのに。

あの時の私には必要なかった小さなスーツケースが相棒になり、沢山使うと思っていた大きなスーツケースの扱いに少しだけ困ってしまっている。

***

でも、心のどこかで
今の私に必要なことは、外に出て得体の知れない何かを感じることではないと思っている自分もいるなぁ、と。
勉強して、色んな本を読んで、知りたいことがまだまだあって。
本を買うことには躊躇がないのに、航空券は買えないのが今の自分なんだよな、と。
お金をかけるということに対して、何かの成果を得なければならないと思っている感じ。今やるべきことは大胆なリフレッシュじゃないぞ、と。

そう思うと、知らない何かを探したくてひたすら外に出たがっていた頃の自分から、少しは成長しているのかなと思ったりもする。
一つ一つを具体的にして、一つ一つの扉を開けてもがいている感じ。

うーん、まぁ、悪くないのかも。

と思うことにします。

とはいえ、ニューヨークでブロードウェイのミュージカルを見漁ってセントラルパークをでっかいコーヒーを持ってお散歩したいし、ポルトガルで水のようにワインを飲みつつスペインでパエリアを食べてイタリアでグラッツェしたいなーーーーーーと思っております。引き続き、強欲にやらしてもらいます。

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