走らすハイウェイ、クレイジーな夜の祈り、そして母の顔

ある夜のできこと。

私はUberドライバーに必死に説明していた。
「とにかく、私はこの大学の生徒じゃないんだけど、なんとか中に入って、パーキングの中からある車を見つけてほしいの、日産でたぶん白ね」
「よくわかんないな、ここセキュリティ厳しいから学生証か許可証ないとこんな夜中に入れてもらえないし、たぶんってどういうこと?キミの車じゃないの?」
「とにかく入って!私の車じゃないんだけど、カーシェアリングってわかる?だから正確に言うとあと24時間は私のもの。今から200km離れた友達の家に行くから時間がないの」
「Oh boy...カーシェアリング??全然何言ってるかわかんないよ、もうファッキン12時だよお嬢ちゃん、なんで今から200kmも運転するんだい」

実は私はさっきまで親友と電話をしていた。彼氏と大喧嘩をしてしまったようで、それはもうめちゃめちゃ心配になる落ち込みようだった。だから「今から行くわ!2時間半あれば着くから寝て待ってて!」
こういう時のフットワークは謎である。「とりあえず今は電話にして、今度会ったときゆっくり話そ〜」では片付かない何かがあるし、とにかく今会いたいという気持ちを色んな理由で後回しにしたくない。「明日死んだら後悔する」というセリフはこういうときには使ってもいいはずなんだ…!

普段はあまり車を使わないので私はカーシェアリングを利用している。いつもは家の近くの駐車場にある車を使うんだが、ちょうどその日は誰かが使っていた。間が悪い!だから仕方なくちょっと離れたなんとかUniversityの中にある車を予約し、そこまでUberで向かってたのだ。

自分の車を持つ以外の思考がないUberドライバーは私がやってることの意味を全然わかってくれなかったけど、それでも「超仲いいんだね!女の子の友情ってそんな素敵なの!男なんて失恋しても忘れて寝ろって言われるだけだよ!」とか言いながらわざわざ車から降りて全力で私の車を探してくれた。
そして見つかった時には全力のハグ!「あったどーーー!Good luck!!」「ありがとーーー!いつもは絶対あげないけどTipあげとくねーーー」

それから私は夜中のハイウェイをぶっ飛ばした。

いつも私は高速を走っていると「今絶対に死んではいけない」と思う。「今ハンドルをせーので回せば簡単に死んでしまえるんだなぁ」と想像してから、ゾッとして「今は何が何でも生きて帰る」と心に誓うのだ(別に死んでもいいときなんてないんだけどさ)。あらゆる瞬間に「今ここで死んだら」を想像するのは私の癖であって、この日はまたあのときのことを思い出していた。

それは2年前一人暮らしをしていて、私が20時間寝てたら死んだと思われて警察を呼ばれたときの話。まあこれはこれでいろいろ喋りたいことはあるんだけど、とにかく、お嬢さん死んでるかもしれないからすぐ来てって警察から連絡を受けて泣きながら車ぶっ飛ばしてきたお母さん。警察が無理やりドアをこじ開けた音で目が覚めたんだけど(おせーよ)、あの時の母の顔は超怖かった。何度かこんな顔をさせてきてしまったけど、もう絶対にこの人にこんな顔をさせてはいけないと思った。あぁ人に心配をかけずに生きたいものだ。

そんなこと考えていたら、私は再びそのお母さんの顔に出会ってしまうことになった。
正しくはそのお母さんの顔をした別のお母さんに。

途中のガソリンスタンドで給油中、ただっ広いのになぜか私の真後ろにぴったりつけてきた車があった。中から中年のおばさんが出てきて近づいてきた。深夜一時なので超警戒。今死んではいけないってさっき誓ったばっかりだからなんかあったらすぐにこの給油ノズルで腹を殴ろう、くらいまでは考えていた。
しかし話を聞いてみると、全然その心配はなかった。
「あなた、このアプリ使ってたりしない?このShare my locationってアプリで一人暮らししてる娘の位置情報を見ててね、いつも無事に家帰ったことを確認してから寝てるんだけど、今晩は大学から帰ってる途中で通信が途切れてるみたいなのよ。連絡もつかないから心配で寝られなくなっちゃって、もう行っちゃおう!と思って車で向かってるのよ」
見てあげたけど、どうやら本当に途中でGPSが切られているようだった。
「まぁ途中で充電切れちゃってそのまま寝ちゃっただけかもしれないし、彼氏の家とか行ってるだけかもしれないし……!とりあえず行ってみた方がいいとは思うけど、大丈夫だよ!きっとなんともないよ!!」としか言えなかったが、泣きそうな目で「そうね、そうね」と繰り返すそのお母さんは、あの時の自分の母親の顔だった。
私はちょっと迷ってから「私もね、親友が失恋しちゃてね、今急いで〇〇まで向かってるの。もう行っちゃおう!って思って」と自分の状況も説明してみた。ら、お母さんすんごくでかい声で「OH REALLY!??なんてことなの!そんな遠くまで!私たち同じね!クレイジーね!しかもこうして出会うなんてクレイジーなストーリーね!」と言ってハグしてきた。
それから”クレイジー”な私たちはお互いを励まし合い(娘に何かあったかもってときに「頑張って!あなたの友達の幸せを願ってるわ!」と言えるお母さんは素敵だった)それからしばらく一緒にハイウェイをぶっ飛ばした。

閑散としたカリフォルニアのハイウェイを、闇を切り裂くように走る私たち二台の車は本当にクレイジーな光を放っていたかもしれない。
娘に何かあったら…と想像するたびにバクバクしていたであろうお母さんの心臓の鼓動が、熱いハグによって私の心臓にも伝わって、なんだか私は戦士みたいな気分でぎゅっとハンドルを握る。どこまでも行くんだ〜大事な人を守るため!(私の場合は「深夜に押しかけて迷惑かけるため!」かもしれないが)
「大切な誰かを思って居ても立ってもいられなくなった」ということだけで繋がっている他人同士は、今だけは世界でたった一人気持ちを分かち合う同志でもあった。

人はいろんな理由で深夜の高速道路を走る。いろんな気持ちで走る。

すれ違う車に乗るいろんな人のことを思う。
この人はどこに行くんだろうか。向かってるんだろうか、帰ってるんだろうか。この人も非常事態があったのかなぁ。この人にとっては勤務中の時間か、大変だなあ。

そして、こんな風にして深夜の高速道路を走ったいろんな日の私のことを思う。
きっといろんな理由があって、あるいは理由のない葛藤があって私は夜な夜な車を走らせてたんだろうな。ひとりで、あるいはいろんな人を乗せて。
いろんな夜が、あったんだな。

そして私たちはハイウェイをぶっ飛ばしたまま別れた。
それぞれのクレイジーなストーリーの中へ。

結局私は、親友の家で他愛のない話し(なんなら私は彼女の家のご飯をたいらげただけ)明け方にはまた帰路のハイウェイを走っていた。さっきは真っ暗闇の不安の真ん中を走っていたのに、今は広大なカリフォルニアの朝焼けを見ながらまた何事もなかったかのように始まる今日のことを思う。

あんなに祈りながら運転したことは、たぶんないと思う。
娘さんが、どうか無事でありますように。あのお母さんが、今の私のお母さんみたいに笑えていますように。私の大事な友達が、少しはマシな気持ちで眠れていますように。深夜に車を走らせていたすべての人が、素敵な朝焼けを見られていますように。そして私は、やっぱり、もうお母さんにあんな顔をさせませんように・・・

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