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ヒトシ
2022年10月31日 21:02
丘の上から見える大きな川の向こう岸、名前も知らない里山の頂にいく筋もの雲が吸い込まれていく。最も強そうな雲の筋に太陽が絡めとられる。燦然と輝く無敵の星が、ゆるゆると軌道を外れ山頂に不時着し、瞬時に暗闇が世界を覆う。翌朝、全く違う太陽が東の空に現れた。世界はもう一度そこから始まる。
2022年10月31日 20:23
高度を下げた朝の太陽が窓から差し込み、ファンヒーターがタイマーで動き出す。日増しの寒さにフリースを重ね着する。明日から霜月。「畑の一年は仕舞仕事に始まる」と古書店で手に入れた歳時記の余白に記された先人の知恵。四季折々の恵みに感謝しながら御礼肥えを撒く。三度目の冬を迎える畑にて。
2022年9月30日 16:25
夏の終わりの田舎道は、高く青くなる空と軽やかになる風。あちこちの道端でチラチラと水引が咲く。まっすぐ伸びた細い茎に赤い小花を順々に並べて。里の田畑は、それぞれに春に芽吹いて夏に育った黄金の実り。その喜びの季節の訪れをみんなと分かち合うように。控えめに、でも艶やかに水引の花は咲く。月々の星々、9月のお題は「実」でした。
2022年6月22日 16:27
夕方、森の入り口に立って目を瞑ると、背中に少し湿った風を感じる。人ごみを通り、いろんなものを纏ってよれた空気が流れ込んでくる。夜の静寂の中、穏やかな雨を浴びた風は、そのいろんなものを洗い流して軽くなる。朝、森の入り口に立って目を瞑ると、頬に接吻するように軽やかな風が吹いていく。
2022年5月25日 14:17
畦の草刈りをしていたら、蓬の葉を渉るカタツムリに声をかけられた。そんなにしゃかりきになるなよ。息が切れちまうぞ。先は長いんだ。慌てず急がず、一歩ずつ前に進めばいいさ。それでも疲れてしまったら。止まればいいさ、少しだけ。そこで上を見てごらんなさい。大空に君の歩く道が見えてくるから。
2022年3月23日 16:49
植物の芽吹きとは、種子が発芽適温の土中で、適度な水分が与えられた際に発生する加水分解という化学反応である。光合成で有機物を合成する仕組みも、受粉して果実が成長する仕組みも化学反応。それはわかっている。わかってはいるが、未だ人間は、この植物の仕組みを作り上げることはできていない。
2022年2月22日 13:07
隣町の民芸品店で見つけた小さな土鈴2つ。シジュウカラとヤマガラ。まあるい形と丁寧な絵付け。しばらく手のひらで愛でたあと、窓辺の飾り棚に並べて寝た。翌朝、日差しが差し込むと、その子らは仲間たちに混じって空に飛び立ち、あれよと思う間に森の中に消えていった。私に柔らかな鈴の音を残して。
2022年1月20日 17:27
その桂の大樹は奥まった社にあり幾本かの太い幹が鬩ぎ合いながらはるか高い空へと聳え立っている。大寒の強い北風が冬枯れの枝枝を轟々と揺さぶりながら吹き抜ける。一条の光が幹の根本の隙間を貫き鮮烈に迸る谷川の水面を照らした。まるで光年の距離と悠久の年輪と刹那の流れを光の糸で結ぶように。
2021年12月27日 10:07
ファンヒーターがタイマーで動き出す。すっぽりと首まで毛布にくるまって部屋が暖まるのを待つ。この30分のたまらない贅沢にほくそ笑む。窓から差し込む朝の光が結露に乱反射してオレンジ色に染まる。1日で一番寒い時間。そして1日で一番美しい時間。世界の片隅でなんでもない日がなんでもなく始まる。
2021年11月30日 09:54
書いておこうと思った。たとえば、敷き詰められた落ち葉のほんのりとした暖かさをたとえば、木々の年輪にくっきりと刻まれる厳しい寒さをたとえば、冬枯れの枝に始まる新しい芽吹きをたとえば、沈黙した森に響く陽射しが降り注ぐ音をせめて、言葉を超えたものがあるということを明日も覚えておくために