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ヒトシ
2023年2月28日 16:14
「分数の割り算って、よくわかんないよね。二分の一で割るって何よ。一個を半分に割ったから二分の一なんでしょ?意味不明だわ」そう言いながら彼女は、半分こした肉まんの、ちょっとだけ大きい方を僕にくれた。半分こして食べる肉まんの美味しさは倍になるってことかもね、と僕は心の中でつぶやいた。
2023年1月27日 15:34
いつからだろう。定規で線を引いたように真っ直ぐな道を、最短距離で歩くのを当たり前に思っていた。道草も、寄り道も、まわり道も、面倒で無駄なことのように感じてた。でも今は、私の身体も、森の木々も、川の流れも、雲の行方も、まっすぐな線は1つもないと知っている。見上げた空に輝くまるい月。
2022年12月28日 17:20
冬晴れの庭に立ち、欅の老木越しに青空を見上げる。降り注ぐ悠久の太陽と、地球を巡る季節風の冷たさ。小鳥が落葉の中に餌を探す音が緩やかな調べを奏でる。残り葉は優雅に舞い、音もなく着地して眠りに就く。それぞれの生命がそれぞれの時間の中で、この小さな空間に集い、わたしの人生になっていく。
2022年11月30日 14:57
一足早い大掃除。埃の積もった保存棚の隅っこに琥珀色の瓶を見つけた。親父が元気だった頃に仕込んだ梅酒。十年物か。硬くなった蓋をこじ開けグラスに注ぐと、芳醇な香りが広がる。熟成が進んでまろやかになった液体。あの日止まった親父の時間は、こんなところで動き続けていた。穏やかにゆっくりと。
2022年10月31日 21:02
丘の上から見える大きな川の向こう岸、名前も知らない里山の頂にいく筋もの雲が吸い込まれていく。最も強そうな雲の筋に太陽が絡めとられる。燦然と輝く無敵の星が、ゆるゆると軌道を外れ山頂に不時着し、瞬時に暗闇が世界を覆う。翌朝、全く違う太陽が東の空に現れた。世界はもう一度そこから始まる。
2022年10月31日 20:23
高度を下げた朝の太陽が窓から差し込み、ファンヒーターがタイマーで動き出す。日増しの寒さにフリースを重ね着する。明日から霜月。「畑の一年は仕舞仕事に始まる」と古書店で手に入れた歳時記の余白に記された先人の知恵。四季折々の恵みに感謝しながら御礼肥えを撒く。三度目の冬を迎える畑にて。
2022年9月30日 16:25
夏の終わりの田舎道は、高く青くなる空と軽やかになる風。あちこちの道端でチラチラと水引が咲く。まっすぐ伸びた細い茎に赤い小花を順々に並べて。里の田畑は、それぞれに春に芽吹いて夏に育った黄金の実り。その喜びの季節の訪れをみんなと分かち合うように。控えめに、でも艶やかに水引の花は咲く。月々の星々、9月のお題は「実」でした。
2022年8月30日 12:19
田舎の母からそうめんが届いた。お盆の御供物にと送った葡萄のお返し。一緒に入っていた短い手紙には「花火をする人がいなくなって寂しい」と一言。脳裏に浮かぶ送り火の夜。稲藁を焚いた火の周りには静かに先祖を偲ぶ故郷の親兄弟。とりどりの花火を手にはしゃぎ遊ぶ孫たちの歓声は今年も聞こえない。140文字小説コンテスト「月々の星々」応募作品。8月のお題は「遊」でした。
2022年7月26日 11:08
感性を鈍らせているのは、連日の暑さか。それともおのれの慢心か。日毎、厳しさを増す状況が、底の浅い経験値の応用力のなさを浮き彫りにし、何ひとつリカバリができないままに時だけが過ぎてゆく悪循環。今日も熱帯夜。冷たい汗が全身から滲み出し、出口の見えない焦燥感に縛られたままただ放心する。寝苦しい熱帯夜。かつての仕事で、締切間際に思うようにアイディアが出せず、無力感に苛まれている
2022年6月22日 16:27
夕方、森の入り口に立って目を瞑ると、背中に少し湿った風を感じる。人ごみを通り、いろんなものを纏ってよれた空気が流れ込んでくる。夜の静寂の中、穏やかな雨を浴びた風は、そのいろんなものを洗い流して軽くなる。朝、森の入り口に立って目を瞑ると、頬に接吻するように軽やかな風が吹いていく。
2022年5月25日 14:17
畦の草刈りをしていたら、蓬の葉を渉るカタツムリに声をかけられた。そんなにしゃかりきになるなよ。息が切れちまうぞ。先は長いんだ。慌てず急がず、一歩ずつ前に進めばいいさ。それでも疲れてしまったら。止まればいいさ、少しだけ。そこで上を見てごらんなさい。大空に君の歩く道が見えてくるから。
2022年3月23日 16:49
植物の芽吹きとは、種子が発芽適温の土中で、適度な水分が与えられた際に発生する加水分解という化学反応である。光合成で有機物を合成する仕組みも、受粉して果実が成長する仕組みも化学反応。それはわかっている。わかってはいるが、未だ人間は、この植物の仕組みを作り上げることはできていない。
2022年2月22日 13:07
隣町の民芸品店で見つけた小さな土鈴2つ。シジュウカラとヤマガラ。まあるい形と丁寧な絵付け。しばらく手のひらで愛でたあと、窓辺の飾り棚に並べて寝た。翌朝、日差しが差し込むと、その子らは仲間たちに混じって空に飛び立ち、あれよと思う間に森の中に消えていった。私に柔らかな鈴の音を残して。
2022年1月20日 17:27
その桂の大樹は奥まった社にあり幾本かの太い幹が鬩ぎ合いながらはるか高い空へと聳え立っている。大寒の強い北風が冬枯れの枝枝を轟々と揺さぶりながら吹き抜ける。一条の光が幹の根本の隙間を貫き鮮烈に迸る谷川の水面を照らした。まるで光年の距離と悠久の年輪と刹那の流れを光の糸で結ぶように。