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2022

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2022年6月の記事一覧

森の風 -6月の星々-

森の風 -6月の星々-

夕方、森の入り口に立って目を瞑ると、

背中に少し湿った風を感じる。

人ごみを通り、いろんなものを纏って

よれた空気が流れ込んでくる。

夜の静寂の中、穏やかな雨を浴びた風は、

そのいろんなものを洗い流して軽くなる。

朝、森の入り口に立って目を瞑ると、

頬に接吻するように軽やかな風が吹いていく。

ベイビー・ガラッチ

ベイビー・ガラッチ

分厚い雲の下 梅雨の止み間に

森の入口の我が庭に初登場したのは

ベイビー・ガラッチ、ヤマガラの幼鳥

トレードマークの山吹色と黒のツートンが

産毛に覆われて薄ぼんやりの初心者マーク

親鳥に手解きを受けたのか

キョロキョロと周囲を伺いながら

餌台のひまわりを啄んでいく

そういえば君に聞きたいことが

その餌台を支える土台の麻紐を

君の両親がほぐして持っていったけど

そのベッドの寝心

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動き出した歳時記

動き出した歳時記

ページをめくると、たくさんの書き込みに目を奪われる。

几帳面な小さな文字で、余白を埋め尽くさんばかり。

活字の本文が薄れてしまうほどの情報量だ。

かつてこの本を手に歳時を過ごした人の経験と知恵が詰まっている。

唐突に、この続きを僕が始めようと思った。

新しい季節が今、動き出そうとしている。

この作品は、小説家ほしおさなえさんの門下生を中心にした140文字小説サークル‘lotto140‘

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再びの歳時記

再びの歳時記

何十年も薄暗い古書店の端っこにいた。

年代物同士、老店主と余生を送るはずだった。

ところがある日、

一人の若者がわたしを取り上げると熱心に頁をめくり、

町外れの古家へ連れて帰った。

昔ながらのやり方で畑仕事を始めるんだそうだ。

窓から森の薫風。

止まっていた歳時が今、再び動き出そうとしている。

この作品は、小説家ほしおさなえさんの門下生を中心にした140文字小説サークル‘lotto

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精霊の森

精霊の森

ふと、早春の森に来た。

小鳥たちが奏でる求愛の歌が響いている。

人の気配はなく、木々や野花が支配する世界。

朽木のベンチに寝転んで五感の全てで地球を感じると、

精霊の守り人になった気分。全身に気が満ちてくる。

僕は今、あの主人公のように、

明日を切り開く強さとしなやかさを手に入れた気がする。

この作品は、小説家ほしおさなえさんの門下生を中心にした140文字小説サークル‘lotto14

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森の本棚

森の本棚

山の奥の古い社のそのまた奥に聳える大樹。

その脇腹には大きなウロが空いていて、

中に入ると螺旋の階段。

壁の全てが本棚。

森で生まれた鳥や虫は皆、年頃になると、このウロに来て、

自分達に代々伝わる恋の作法書を読んでから

外の世界へと飛び立ってゆく。

口々に覚えたての求愛の歌をくちずさみながら。

この作品は、小説家ほしおさなえさんの門下生を中心にした140文字小説サークル‘lotto

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大蒜の掘り起こし

大蒜の掘り起こし

去年の九月に植え付けた大蒜

厳しく長い冬を乗り越えて

病気の脅威もすり抜けて

無事迎えた収穫の時

枯れかかった茎葉をすっと抜くと

その瞬間立ち上がるあの臭い

土の中から顔を出す六片の白い塊に

にんまりと微笑み

ほっと胸を撫で下ろす

さあて、どう料理してやろうか

いろいろ使ってあげるから

首を洗って待っていなされ

桑の実ジャム

桑の実ジャム

氏神さまに詣でた帰り

ちょっと遠回りした先は

欅の大樹が聳える畑中の小道

道端に繁る世話人知らずの桑の木

お天道さまをたっぷり浴びて

赤紫色の房をたわわに実らす

誰にとはなく許しを乞うて

両手のひらほどのお裾分け

野趣たっぷりのほのかな甘み

砂糖と一緒にコトコト煮込み

檸檬を絞って仕上げれば

朝の食卓を鮮やかに彩る

自家製桑の実ジャムの出来上がり

これもまた季節を味わう贅

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