「異人たち」鑑賞後メモ

 人肌の温もりをたしかに感じた。実際に触れたとか、そういう物理的な意味合いではないのだけれど、現実と非現実の混じり合う空間においてそれを実感する2時間だった。作品冒頭、朝日が昇り始める瞬間を一方的に見つめている感覚に陥りかけた瞬間にふっとそこにオーバーラップし始めるアダム(アンドリュー・スコット)のシルエット。静かに日常にフェードインし始める、自分を見つめ返す視線との交わり。実際、ここにこの作品の全てがある。2人以上の人間同士が顔を突き合わせて対話をすると、そこには一定の温度感を孕んだ情感が立ち上り始め、表情の変化や声音の響き、言葉の選び方といった細部に感情の機微が表出していく。それに対して、窓の傍に立ち尽くして外の景色をぼんやりと眺める姿を捉えたショットはまるでスマートフォンやパソコンのインターフェイスに向き合い続ける現代人特有の虚しさを端的に象徴しているようでもあり、前者との対比によって温度の感覚はより強調される。

 そういった温度感が最も際立つであろう、ひとの肌と肌とが触れ合う官能性にこれほどまでに喜びが伴う作品はそうそうないのではないだろうか。互いに思いを打ち明けて、共有し、時間をかけて理解し合おうとする関係性の尊さにも胸を打たれる。限られた時間の中で完全に心が満たされることはないとしても、小さな灯りのともるベッドルームで見つめ合いながら、やがて同じ暗闇を肩を並べて見据える日常に溶けていく、その胸を締め付けるような切実さと愛おしさ。両親や恋人との関係性を描きながらも「異人たち(英題:ALL OF US STRANGERS)」というタイトルであることが鑑賞後に効いてくる。渋谷のど真ん中の映画館にいることなど、とうに忘れてしまっていた。

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