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    無邪気なサイバーパン粉。

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記事一覧

「関心領域」鑑賞後メモ

 そこには、拍子抜けするほどに「普通の生活」があるだけだった。明らかに不穏な事態が進行しているであろうことが確かな音の響きはあるのだけれど、基本的に今作の軸に据…

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6時間前

「バティモン5 望まれざる者」鑑賞後メモ

 かつて貧しい市民たちがその手で封建的な体制を打ち崩した革命の歴史を持つフランスの現状にはどのような側面があるのか、この作品によって非常に繊細に描出されている。…

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5日前
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「悪は存在しない」鑑賞後メモ

 地面の上を引きずられている死体の目線のような、森の中から曇り空を見上げ続ける長回しのショットが続く冒頭の数分間、濃密なカタストロフの予感がすでに充満していた。…

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1か月前
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「異人たち」鑑賞後メモ

 人肌の温もりをたしかに感じた。実際に触れたとか、そういう物理的な意味合いではないのだけれど、現実と非現実の混じり合う空間においてそれを実感する2時間だった。作…

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1か月前
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「オッペンハイマー」鑑賞後メモ

 映画という形態にどれだけ多くの情報量を搭載できるのか、という限界にクリストファー・ノーランは挑んでみたのだろうかと思ってしまうほど、とにかく次々にあらゆるもの…

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2か月前
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「カード・カウンター」鑑賞後メモ

 「同じことの繰り返しだ。どこかへ向かっている気が全くしない」と話すカーク(タイ・シェリダン)に対して、「ああ。ひたすら回ってるんだ。納得いくまでな」と返す主人…

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2か月前
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「デューン 砂の惑星PART 2」鑑賞後メモ

 IMAXの巨大なスクリーンにとてつもなく巨大なものが現れたり動いている様子が映し出され、さらに緻密に構築されたサウンドデザインの音響や劇伴が全身を貫いていく心地よ…

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2か月前
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RAFRAGE / Kamui

 サイバーパンクという過剰さからこぼれ落ちる、ささやかで繊細なKamuiの人間性。というものが「YC2.5」というアルバムから垣間見えるものだとすれば、「RAFRAGE」から立…

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2か月前
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「ほつれる」鑑賞後メモ

 「冷たさ」についての映画。現代の東京を主な舞台としているが、カメラが切り取る主人公らの暮らすマンションの一室や街の景色、自動車やロマンスカーの鉄とガラスの質感…

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2か月前

BAD HOP THE FINAL

 久々にとてつもなくポジティブなヴァイブスに溢れたものを目撃した。特にガチなヒップホップヘッズというわけでもないタイミングから今までインターネットの端っこからひ…

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3か月前

「瞳をとじて」鑑賞後メモ

 「古い記憶と出会いなおすための装置としての映画」についての物語であるように思えた。現在の視点(観客席)から過去を見つめ直す眼差しと、スクリーンの内部に収められ…

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3か月前
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「夜明けのすべて」鑑賞後メモ

 さながらプラネタリウムのような映画だと思った。観客が目撃するのは「周期」についての物語であり、世界のあらゆる場所にバラバラに存在する、ひとやものがそれぞれ内包…

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3か月前
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Taylor Swift / THE ERAS TOUR

 昨夜、2月8日木曜日のテイラー来日公演2日目、東京ドームでのライブを友人と共に観に行った。  ライブを見終わってからはずっと脳内で”Cruel Summer”が流れ続けてい…

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3か月前
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「みなに幸あれ」鑑賞後メモ

 この世界に生きていることが幸せなのか不幸なのか、もはやわからなくなりそうになる。それこそが「みなに幸あれ」の「ミソ」なのではないだろうか。まあ、いざ死にそうに…

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4か月前
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私の日は遠い #17

 心が揺れ動き続けて定まらないような状態はとても疲れるなとシズオは思った。人の心なんてわからないものであるということはあまりにも分かりきったことだろうけれど、現…

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5か月前
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「エクソシスト 信じる者」鑑賞後メモ

 アメリカという国を構成している根幹的な思想として存在するキリスト教的なマインドを解体していくことを今作は試みているというか、より平たく言えばアメリカに暮らす白…

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6か月前
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「関心領域」鑑賞後メモ

 そこには、拍子抜けするほどに「普通の生活」があるだけだった。明らかに不穏な事態が進行しているであろうことが確かな音の響きはあるのだけれど、基本的に今作の軸に据えられているのは労働と生活というサイクルによって駆動するひとつの家庭の風景だ。

 作品冒頭の数分間は真っ暗な画面が映し出され続け、ミカ・レヴィによる劇伴が流れ続ける。穏やかな時間の経過とそこにするりと忍び込む仄かな不穏さのイメージとが溶け

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「バティモン5 望まれざる者」鑑賞後メモ

 かつて貧しい市民たちがその手で封建的な体制を打ち崩した革命の歴史を持つフランスの現状にはどのような側面があるのか、この作品によって非常に繊細に描出されている。パリ郊外の一画における行政と市民の対立の構図は、まず端的に旧世紀の封建的社会に逆戻りしているかのような印象を強く我々に抱かせるが、武装しているのは常に行政側の特殊部隊の人間たちだけであり、バティモン5と呼ばれる主に移民系の貧しい人々が多く暮

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「悪は存在しない」鑑賞後メモ

 地面の上を引きずられている死体の目線のような、森の中から曇り空を見上げ続ける長回しのショットが続く冒頭の数分間、濃密なカタストロフの予感がすでに充満していた。間延びしているようでいて、時間は経過し続ける、それを証明するように石橋英子によるドローン的なアプローチの劇伴が鳴り響き続ける。序盤の、芸能事務所の担当者らによるグランピング場の開発計画に関する説明会のシークエンスに至るまでの10数分間はセリ

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「異人たち」鑑賞後メモ

 人肌の温もりをたしかに感じた。実際に触れたとか、そういう物理的な意味合いではないのだけれど、現実と非現実の混じり合う空間においてそれを実感する2時間だった。作品冒頭、朝日が昇り始める瞬間を一方的に見つめている感覚に陥りかけた瞬間にふっとそこにオーバーラップし始めるアダム(アンドリュー・スコット)のシルエット。静かに日常にフェードインし始める、自分を見つめ返す視線との交わり。実際、ここにこの作品の

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「オッペンハイマー」鑑賞後メモ

 映画という形態にどれだけ多くの情報量を搭載できるのか、という限界にクリストファー・ノーランは挑んでみたのだろうかと思ってしまうほど、とにかく次々にあらゆるものが視覚と聴覚、そして全身を刺激し続けてくるような印象を受けた。アクション映画ではないが、過去のどの作品よりもハイテンポで物語が進行し、尚且つ各登場人物、特に主人公であるオッペンハイマー(キリアン・マーフィー)の台詞の量も膨大であり、さらにそ

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「カード・カウンター」鑑賞後メモ

 「同じことの繰り返しだ。どこかへ向かっている気が全くしない」と話すカーク(タイ・シェリダン)に対して、「ああ。ひたすら回ってるんだ。納得いくまでな」と返す主人公のウィリアム・テル(オスカー・アイザック)らふたりの劇中におけるこのやり取りに今作が語ろうとしていることが端的にまとめられているように思えた。ブラックジャックや拷問というモチーフを通して語られるのは、人間があらゆる物事において「負けた」と

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「デューン 砂の惑星PART 2」鑑賞後メモ

 IMAXの巨大なスクリーンにとてつもなく巨大なものが現れたり動いている様子が映し出され、さらに緻密に構築されたサウンドデザインの音響や劇伴が全身を貫いていく心地よさ。「デューン」自体は非常に情報量の多いSF小説ではあるものの、ドゥニ・ヴィルヌーヴによるそれは映画鑑賞の快楽性を押し出す方向性に振り切っている。個人的には少し拍子抜けするくらいに物語自体はシンプルに見えるようにまとめられているのは、や

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RAFRAGE / Kamui

 サイバーパンクという過剰さからこぼれ落ちる、ささやかで繊細なKamuiの人間性。というものが「YC2.5」というアルバムから垣間見えるものだとすれば、「RAFRAGE」から立ち昇るのは、現実という殺伐とした世界をベースにしながらも、そこから肥大し始めるひとつの巨大な虚像=強い怒り=RAGEとしてのKamuiなのかもしれない。一曲目のタイトルにも冠されているPlayboi Cartiに対しての印象

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「ほつれる」鑑賞後メモ

 「冷たさ」についての映画。現代の東京を主な舞台としているが、カメラが切り取る主人公らの暮らすマンションの一室や街の景色、自動車やロマンスカーの鉄とガラスの質感はヒンヤリと冷たさだけを帯びていて、まるでSF映画を見ているような心地がする。全編を通してほぼ全ての人間が「本当に言いたいこと」をストレートに話す瞬間がなく、婉曲的で柔らかさだけを突き詰めた(しかしそれにより遠ざけられる本音は無言のうちに鋭

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BAD HOP THE FINAL

 久々にとてつもなくポジティブなヴァイブスに溢れたものを目撃した。特にガチなヒップホップヘッズというわけでもないタイミングから今までインターネットの端っこからひっそりと見守っていた、2010年代以降の日本語ラップシーンを牽引していた存在、BAD HOPによる目の前でのアンセムのつるべ打ちには興奮して頭がクラクラし始めると同時に、ドーム中が、そして俺の横にいる青年がとにかくずっと全力でシンガロングし

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「瞳をとじて」鑑賞後メモ

 「古い記憶と出会いなおすための装置としての映画」についての物語であるように思えた。現在の視点(観客席)から過去を見つめ直す眼差しと、スクリーンの内部に収められた過去から未来の世界に向けられた眼差しとが重なり合う瞬間の高揚、スリル。言葉よりも早く瞬間的に何かが伝わっていく、あるいは伝わっていないことが理解されてしまうほどにその解像度は鮮明だ。物語の後半における老人ホームの食堂での視線のやり取り、そ

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「夜明けのすべて」鑑賞後メモ

 さながらプラネタリウムのような映画だと思った。観客が目撃するのは「周期」についての物語であり、世界のあらゆる場所にバラバラに存在する、ひとやものがそれぞれ内包する周期が交錯し合う様子が常に映し出されているように感じられた。藤沢さん(上白石萌音)は月に一度のPMS(月経前症候群)を、山添くん(松村北斗)はパニック障害というコントロールを効かせる事が非常に難しい身体的ないし精神的な周期を抱えながら日

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Taylor Swift / THE ERAS TOUR

 昨夜、2月8日木曜日のテイラー来日公演2日目、東京ドームでのライブを友人と共に観に行った。

 ライブを見終わってからはずっと脳内で”Cruel Summer”が流れ続けている。今はまだ冬だし、なんならこれから花粉症シーズンだったりで、マッドな恋愛模様が個人的に展開されているわけでもないのだけれど。まあ、でもテイラーの書く歌詞はけっこう好きだな、とライブの前日くらいに思い出したようにYouTub

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「みなに幸あれ」鑑賞後メモ

 この世界に生きていることが幸せなのか不幸なのか、もはやわからなくなりそうになる。それこそが「みなに幸あれ」の「ミソ」なのではないだろうか。まあ、いざ死にそうになったらなったでなんとか生き延びようとするのが人間であるはずだ。ただ、だからと言ってその結果生み出されたシステムが清廉潔白な純然たる価値観に乗っ取って構築されているかどうかというのはまた別問題になってくる。かつてどのような価値観が重宝され、

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私の日は遠い #17

 心が揺れ動き続けて定まらないような状態はとても疲れるなとシズオは思った。人の心なんてわからないものであるということはあまりにも分かりきったことだろうけれど、現実にはあまりにもそういったことが多すぎて心がすぐに許容範囲を追い抜かれてしまう。ただ取り止めのないような日々を過ごしているだけなのに、それでへとへとになることはしばしばある。スッと、自分が一番思っていることを伝えたり、分かりやすい言葉で胸の

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「エクソシスト 信じる者」鑑賞後メモ

 アメリカという国を構成している根幹的な思想として存在するキリスト教的なマインドを解体していくことを今作は試みているというか、より平たく言えばアメリカに暮らす白人中年男性による自己批判的なトーンが本編を覆っている。それぞれの人物造形が図式的すぎるきらいはあるものの言及している事柄自体は非常にシリアスで根深い問題だ。

 主人公のヴィクター(レスリー・オドム・Jr.)は過去の経験により宗教に対しては

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