貝中ひとの

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小説を投稿します。 主に短編です。時々雑記も書きます。 細かいプロフィールとSNSはこちらより https://lit.link/azumihitono

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  • 海の中のひとたち

    短編集「海の中のひとたち」の一覧

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    短編集「親愛なる、」の一覧

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【短編小説】海の中のひとたち/眠れないひと

 元々おかしかった私は、眠れなくなってから加速度的におかしくなっていった気がする。  眠りたいのに眠れない。いや、眠りたいけれど眠りたくないというのが正しい気もする。私は眠りたくないのだ。脳も体も完璧で純粋な安息を求めているというのに私はそれを時に無視し、時に受け入れる振りをしながら数時間だけ目を閉じる。そうしてやってくる悪夢。元々良くない夢見が更に悪くなったのもこの頃からだった。  ざくざく、ざくざく。夢の中で私は小気味良い音を立て砂を踏みしめる。ざくざく、ざくざく。砂は

    • 親愛なる、/家族【短編小説】

       外を歩くと緩い風が吹き、雨の混じったような春の匂いがした。  それは鼻の奥から目の裏へ、更にこめかみを優しく撫で身体を巡っていく。  酸素の循環は脳を刺激し、一つの記憶を思い起こさせた。同時にくらくらする程の虚無感に襲われる。  嗚呼、春は嫌いだ。死にたくなる。  私の家族が壊れた春が、嫌いだ。  ひび割れる音が鳴りそうな寒さの隙間から、小さな芽が顔を出すように春を感じたのが先月のはじめの頃だった。  その芽はゆるりと曲線を描き、柔らかく伸びていく。円のような冬

      • 欠き散らし葉桜/短編小説

        ※タイトルの通り、書き散らし小説を載せていきます。 副題等はなく、書き散らしたものを載せるときは全てこのタイトルになると思いますので、よろしくお願いします。 どのジャンルに属するかは読んだ皆様にお任せします。 ────────  私は単純だ。  コンビニのレジのお姉さんが笑顔で接客してくれた、それだけで明日も生きていてもいいのかもしれないと思う。  別にすぐさま死ぬ予定がある訳ではない、けれども生きる予定もない、のだけれど。  今まで「それでも」と思って生きてきた。辛い

        • 朗読動画投稿しました/お知らせ

          小説「親愛なる、」友人 にお友達のざわした やこ氏が絵と音楽をつけて動画にしてくれました! 思い浮かべていた情景をそのまますくい上げたかのような素晴らしい動画になっております。 作者本人の朗読はおまけみたいなものですが、よろしくお願いします。 文/朗読:貝中ひとの 絵/動画/音楽:ざわした やこ

        【短編小説】海の中のひとたち/眠れないひと

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          【親愛なる、】 優しき隣人/短編小説

          無音をカーペットのように敷き詰めた部屋の中で私は身じろぎ一つせずに転がっていた。天井には光量を落とした白熱球が滲んだ水彩絵の具のように広がっている。じっと見つめれば見つめるほどに白熱球のオレンジが天井に滲み溶けていくようで、もしかしたら私自身も溶けているのではないかと錯覚する。体温と同化したぬるい温度のフローリングは自身との境目を失っていた。 敷き詰めた無音を剥がしたのは買った時から変えていないスマホの着信音だった。 ワンコール、ツーコール……顔を動かさずに目だけをそちら

          【親愛なる、】 優しき隣人/短編小説

          ファジィ/カリフォルニアレモネード〈短編小説〉

          ・この短編集は下記の文章に対して「何を思い浮かべるか」の質問に貰った解釈を元に作った作品となります。 「一瞬開いた扉から流れ出る音楽と食べ物の匂い。外の空気と混ざり合うことで、煙草やアルコールが余計に際立つ。閉じたあとも薄っすらと笑い声を通す扉の前を通り過ぎた時、一度だけ振り返った。そこに特別なものはなく、ただ閉じた扉が小さな秘密を守っていた」 ───────── カラン 扉を開けると小気味良い音を立ててベルが鳴った。半分ほどの客入りの店内にはうるさくない程度の笑い声

          ファジィ/カリフォルニアレモネード〈短編小説〉

          星のように瞬いた〈電話越しの痛み〉短編小説

          「あのさ、俺と別れて欲しいんだ」 家でのんびりとしていた休日の朝、かかってきた電話の声は腹立たしいくらいにさっぱりとした口調で言った。 少し待ってねと告げ、マイク付きのイヤホンを接続させる。もしもし?もういいよ。その声に返ってきたのは先程よりもほんの少しだけざらついているように聞こえた。 ─それで………さっきも言ったけど別れたいんだ。 「………どうして?」 ─他に好きな人ができたんだ。 「ああいや、そうじゃなくて。どうして電話なの?」 ─え? 「理由は分かった

          星のように瞬いた〈電話越しの痛み〉短編小説

          【親愛なる、】 実家/短編小説

           目覚めた時、カーテンの隙間から濃い色の光が差し込んでいるのを見て血の気が引いた。慌てて枕元に置いてある携帯電話を二回タップして立ち上げ見る。 "16:04" ああ、またか溜め息をつくと、罪悪感と寝過ぎた倦怠感が一気に襲ってくる。フローリングの床に直置きされた鞄から買ったまま手を付けていなかったペットボトルのお茶を取り出し一気に飲むとぬるい水分が喉を通って胃にたどり着くのを感じた。 もう一度小さく溜め息をつき、段ボールだらけの部屋を横断しつつカーテンを全開にすると夕日が目

          【親愛なる、】 実家/短編小説

          【親友なる、】 兄/短編小説

           十六歳の時に一回り歳の違う兄が死んだ。 享年二十八歳はあまりにも若く、死んだという実感すらどこか遠いものに感じていた。  それから十五年が経ち、俺は今日黒い服を着込み、花を持って歩いている。  ゆるゆると伸びる坂道をひたすらに登る。周りには誰も居らず、自分の歩く音だけが木々と蝉が鳴く間で響いていた。その下で力尽きた蝉を無数の蟻がせっせと運んでいるのを見て、思わず目を背ける。俺は子供の頃から虫の死骸が苦手だ。生命をなくした抜け殻が怖いような、広いデパートの中で迷子になってし

          【親友なる、】 兄/短編小説

          【親友なる、】 親友/短編小説

          随分と離れてしまったな。 友人から送られてきたメッセージを見て思った。 彼女とは幼い頃からの付き合いで、両親に言えないような事もお互い知っているような仲だった。メッセージに添付された画像には彼女と、彼女にそっくりな可愛らしい女の子が笑顔で写っていた。幸せそうな二人を見て、思わず笑みが溢れる。 実際は彼女との距離が離れた訳ではないのだろう。お互いの事だけを考えていられた学生時代はとうの昔に過ぎ去り、嫌でも周りを巻き込み巻き込まれ、自身の思いや感情だけで選び取ることをしなくなっ

          【親友なる、】 親友/短編小説