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ヒバゴン異聞

だいたい50年が過ぎたからってことか、ここのところでにわかに「ヒバゴン」の名前を目にするようになった。

そうかもう半世紀前のことなのか。当時の騒動を知る身としては、いささかの感慨ってものがある。

そう、当時はまさに「騒動」といえる事件だった。

ざっとおさらいしてみようか。

ヒバゴンとは、1970年代に広島県北部・中国山地の比婆山連峰において目撃された、正体不明の獣人らしき生物のことだ。

なんでも載ってるウィキペディアによると、そもそもの発端は1970年(昭和45年)7月20日、林道を走行中に道を横切ったのを目撃したこと。「姿形はゴリラに似て、子牛ほどの大きさがあった」んだそうだ。

それだけならたぶん「なに寝ぼけてたんだよ」くらいの話で終わったんだろうが、その直後に近くの農業の男性が「大人の背丈ほどの全身が黒い毛で覆われ、頭部が異様に大きく、顔は人間に似ている怪物と遭遇」して、一気に騒動が拡大した。

その後この近辺で目撃が相次ぎ、事件はそれこそ全国区でニュースにもなり、関心が高まった。その最盛期にはたしかテレビで特番まで放送された記憶がある。

目撃例は、自治体によれば総計29件にもおよんだという。たしか足跡も発見され、その石膏型は現存しているそうだ。さらに撮影されたという写真まであった。もちろんピンボケの、何が写っているのかわからないような写真だったけど。

日本には、世界各地と同じように未確認生物(UMA)といわれる謎の生き物のウワサが数多く存在する。河童や天狗、大蛇といった古くからの妖怪伝承や、屈斜路湖のクッシー、池田湖のイッシーとか。だが国内でのネームバリューでは、このヒバゴンとツチノコが双璧かな。

人跡未踏のヒマラヤやアマゾン、広大な北米大陸やシベリア、人類にとっての未知領域である深海などならともかく、この狭い日本で未知の生物なんてと思うだろうが、そんなことはない。テレビで「ポツンと一軒家」とか見ればわかるように、日本の国土の多くの部分には人が住んでいないし、ほとんど人の往来のない地域も広い。実際、日本の国土の67パーセントは森林なのだ。そこに何かが潜んでいても、そう不思議じゃないかもね。

余談だが、この手の未確認生物を総称するUMAという呼称は、英語の「Unidentified Mysterious Animal」の頭文字を取ったものだが、じつは和製英語なのだ。英語圏では「Cryptid」と総称するそうだ。海外の友人に話すときはお気をつけいただきたい。

この呼称を考案したのは、1976年当時『SFマガジン』の編集長だった森優(南山宏)氏だそうで、意外に新しいものなんだな。

さて、出現当時の大人たちがどの程度信じていたのかはわからないが、少なくとも子供たち(私は中学生くらいだった)にはかなりその実在を信じられていたように思うヒバゴンだが、はたしてその正体は何だったのか?

いまとなってはもう真相の確かめようもないが、むしろそのほうが面白いので、ひとつヒバゴンの真実を考察してみようか。

当然ながら、もっとも確率が高いのは「見間違い」や「捏造」だろう。正直のところ世界中のUMAのほとんどがこれなんだろうと思うが、それじゃあ面白くないので、現実に「何か」がいた前提でいこう。

ヒバゴンの身体的特徴は「毛むくじゃら」「類人猿に似た」「黒っぽい」などだが、これは世界中の野人系UMAにほぼ共通する特徴だ。元祖ともいえるヒマラヤ山地の雪男(イェティ)や北米のビッグフット(サスクワッチ)、中国の野人など。これらとちょっと違うのは「頭が大きく逆三角形」という点だ。

そういえば身長も(諸説あるが)160センチくらいと、海外の2メートル級の同輩たちと較べるとやや小ぶりだ。このへんは日本人の体格に対する感覚を反映しているのかもしれない。

そうなると、その正体は「日本固有、未発見の類人猿」という線が濃厚になるな。ニホンザルがいるんだから、大型のサル類がいてもいいんじゃないか。

ただこの推論の欠点は、ヒバゴンの目撃例が非常に短い時期に限られているという点だ。

前記したように、最初の目撃例が1970年(昭和45年)7月20日で、その後数多くの目撃報告があったが、現在のところ最後の目撃は1974年(昭和49年)10月11日とされる。その後は目撃報告もなく、現在に至っている。

つまり目撃されたのは、わずかに4年余の期間に限られているのだ。

これは、古くから言い伝えがあり、また現在でもしばしば目撃・遭遇するといわれるツチノコに較べると、かなり特異だ。

固有の生物として存在するのなら、それ以前あるいはその後にも、もっと目撃例が積み重なりそうなものである。

ここから導かれるヒバゴンの正体は「ニホンザルの突然変異」がもっとも妥当だろう。遺伝子異常かなにかで巨大になった単一の個体が短期間だけ比婆山中に存在し、その後に自然死して姿を消したってことだろう。

もっともほかにも「この時期にだけ訪れたエイリアン」「遠い古代か未来からタイムスリップしてきた生物」「限定的に存在した時空の歪みによって出現した異次元生物」なども考えられるが……

あるいは、知られざる実験行為によって「科学的に生み出された人為的な生物」もありか。まぁ1970年代前半に遺伝子操作なんかできたかどうか、できたとしても誰が、そしてどうして広島県の山中で、などの疑問が多く残るけど。

私が提唱したいのは「村おこしを期待した自治体が、住民と共謀してヒバゴンを作り上げた」説だが、まぁこれは地元の皆さんに失礼なので、戯言にしておこう。すみませんね。

お詫び代わりに、ヒバゴンの地元である広島県庄原市の観光情報サイトにあるヒバゴンのコーナーをご紹介しておこう。

UMAの最大の魅力は「その正体が不明」なこと。ダイオウイカがその姿を撮影され実在が確認されたとたんに、「謎のUMA」から「ただのデカいイカ」に転落したように、UMAはその正体が判明してはならないのである。

ヒバゴン氏には、まだまだ伝説の濃霧の向こう側に潜んでいてもらいたいものだ。

ところでこの「ヒバゴン」というネーミング、非常に優れているものだと思うが、いかがだろうか。この名称を考えたのは地元の中国新聞の支局長だというが、誰でもこのカタカナ4文字の文字列を目にすれば、UMAか怪獣を連想できると思う。秀逸だ。

前半の「ヒバ」はいうまでもなく、出現場所が比婆山地だったからだが、では後半分の「ゴン」っていったい何なんだ?

映画やテレビなどの世界で怪獣を名づける時に、語尾に「ゴン」をつけるとそれっぽくなる、というのは今や常識になっているが、じゃあ最初にそれをやったのは何だったんだろう?

もちろん最初の発想は、英語の「ドラゴン(dragon)」からだろう。いうまでもなく西洋の竜のことで、ブルーズ・リーでもジャッキー・チェンでもないよ。

ただ具体的に怪獣の名に「ゴン」をつけた最初の例はなんだろう。

これは容易な設問で、「ゴジラ」(1954年)に始まる、我が国における怪獣史をたどればよい。

意外にも、初期の東宝怪獣映画には「ゴン」はいない。ゴジラ、モスラ、ラドン、キングギドラ、アンギラス、バランなどなど。

東宝怪獣映画で最初に「ゴン」が出てくるのは、1965年の「フランケンシュタイン対地底怪獣」に出現したバラゴンだと思われる。次いで1965年の大映映画「大怪獣決闘/ガメラ対バルゴン」のバルゴン。じつは怪獣映画の「ゴン」はこの2例だけみたいなのだ。意外にその数は多くない。

その後に怪獣を量産したテレビ番組の怪獣たちでは?

まずはパイオニアの「ウルトラQ」だが、私の記憶ではナメゴン、カネゴン、ラゴンしか思い浮かばない。続く「ウルトラマン」には「ゴン」つきの怪獣はじつは皆無なのである。

このへんに追随した怪獣ものにも、たとえば「マグマ大使」のストップゴン、ゴアゴンゴン、「キャプテンウルトラ」にアメゴン、ウルゴン、ラジゴン星人、「悪魔くん」にペロリゴン、モルゴン、「ミラーマン」にキーラゴン、マグマゴン、ブラックゴンなどが散見するが、総じて多数派とは言いかねる。

ヒバゴンが現われた1970年代初めまでの怪獣へのネーミングで「ゴン」が多用されていたわけではなさそうなのに、ヒバゴンに「ゴン」が使用されたのは、すでにこの時点で「ゴン=怪獣の名」のイメージが定着していたからだと推測していたのだが、こうなるとはたして、そのイメージの根源となったのは何なのかがわからなくなってくる。

この時期には「教育ママゴン」といった具合に一般名詞にまで進出していた「ゴン」の正体とは?

いやこっちのほうがヒバゴン実在の謎よりも深そうではあるな(笑)

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