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ウクレレを始めたころの話

趣味として「ウクレレ」を始めた30代の頃、インターネット上にはほとんど情報がなかった。今みたいに何でもググれば出てくるわけではなかった。YouTubeのような動画サイトは影も形も無かった。みんながインターネットを日常的に使い始めた最初の頃だったということもあるけど、ニッチな世界であるウクレレの情報は本当に少なかった。
レクチャーしたり演奏を聞かせたりといったことはネットでやるのはまだ難しい時代だった。
数少ないウクレレ情報を自前の手作りホームページで提供してくれてる人がわずかにいた。貴重な情報源だった。

ウクレレはハワイのお土産か民族音楽をやるひとの楽器だと思われていた。
楽器屋にウクレレは売ってたがウクレレが大好きな店員はいなかった。(いや、いたかも知れないけど出会わなかった。)
本屋に行っても、メソッド本も楽譜も少なかった。
プロもしくは上手な人がどこぞのカフェでワークショップ…といったイベントもほとんど無かった。
情報収集は必死だった。
情報源が少ないから皆んなだいたい同じ譜面を使ってたりするので、だいたい同じ曲を練習してたりした。(ような気がする)
メーリングリストやBBS(死語らしい)を通して仲間ができた。
ウクレレのイベントやオフ会に顔を出すと一人や二人、いやもっとかな、必ず顔見知りがいた。世界は濃密だった。ジェイクシマブクロは坊主頭の若者だった。

そんな時代にウクレレ仲間とウクレレユニットを結成したのだった。


(続…かない)


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