【短編小説】七月の雪だるま

 身長は、
 一メートル十センチ。
 二頭身の僕は盛夏の雪だるま。生まれる時と場所とをこれでもかと間違った。
 という間にも一センチ縮んだ(笑)
 災害級の暑さと言われた七月半ばのある日の昼下がり、忽然として僕は現れた。私有地なんだか公共の緑地なんだかはっきりしない狭い草地の一角に、お地蔵さんが一体立っていて、その左隣に突如として、僕は実在した。誰が何の目的で、どのような方法で僕をつくったのだろう? なんて考えている間に一メートル七センチになっちゃった。
 太陽は容赦なく照りつけて、僕を溶かそうとする。隣のお地蔵さんは眉一つ動かさず、ひとしずくの汗すら流さず、半眼に微笑んでいる。僕は滝のような汗を流しながら格の違いに怖じ気づいている。ちょっと話しかけてみようかな、せっかく隣に生まれてきたのだし、とも思うけど、こんな汗みずくの、夜までには水になるような雪だるま、相手にされないかもな、話しかけるとしたら何と言おうか、《いいよだれかけですね》、いやその前に《こんにちは》? 《雪だるまです!》 《暑いですね》? 《石だとあれですか、これくらいの熱ではびくともしないもんですか?》????? なんてもじもじしているともう一メートル二センチになっていて、
「なんだこれぇ!」
「雪だるまじゃん!」
 多分小学生の一団、五、六人程、草地に入ってきて騒ぎ始めた。僕の胸は高鳴った。嬉しかったのだ。この短い寿命の中で、子ども達に見つけてもらえたこと。誰にも見つけてもらえないまま溶けてなくなる可能性だってあったのに、隣のお地蔵さんを差し置いて、子どもらが真っ先に雪だるまじゃん、と僕に注意を向けてくれたこと。
「なんでこんな所に雪だるまあんの!?」
「何でだろう?」
 みたいなことを言いながらみんなで僕の頭やお腹をぺたぺた触り始め、「つめたーい!」「気持ちいいー」と喜んでくれている。冥利に尽きる。そうして手に付いた水を互いに頬になすりつけたり、ぴっと飛ばし合ったりして遊び始める。あんまり触られると溶けるのが早くなって寿命が縮む気もするけど、どの道今夜か、どんなに長く見積もっても明日の昼を乗り切れる身ではないのだ。雪だるまと生まれたからには子どもと遊んでなんぼだろう。九五センチ。
 ちょっと気になるのは、一人だけ、離れたところでみんなの様子をうかがっている女の子のこと。腕を後ろに組んで、脚をクロスさせて、あんまり楽しそうでないのも気になるが、そんなことより何よりも、全身虹色なのが一番気になる。虹色に輝いているというのではなくて、濡れている? 汗? 汗が虹色でそれが服に染みこんで? と考察していると九三センチ、これは想定したより早く寿命になりそうだ。
… ぽす、
 ……ぽすっ、
 と身体に何か当たるなと思ったら、比較的大きい身体の男の子が石を拾って僕に投げているのだった。ぽす、ぽす、と腹が削れる、顔にめり込む。それに倣うように他の子らも石を拾って投げ始める。まあそういう遊びもなくはないのかなぁ。と思っていると一番大きい身体の男の子がひときわ大きな石、子犬ほどの石を両手に持って、「どいてー!危ないよー」と言う。みんながどく。僕もどきたいのだが、僕は雪だるまなのでどくことができない。男の子は石を自分の頭の上に掲げて、え? それはちょっと厳しいなぁ、そんなものを落とされたらだいぶ痛い、というか一気に形崩れるだろうなぁと思っていると虹がビンビンビン、屈折、プリズム、極彩色、どん! タックルを受けた男の子が持っていた大きな石を落として、危うく後ろにいた別の男の子にぶつかりそうになった。「なにすんだよあぶねえな!」と男の子は虹色の女の子の肩を突き飛ばした。虹色の女の子はとっとっとっとよろけて最初僕の方へ倒れこんで来そうだったけどすんでの所で腰を翻して隣のお地蔵さんの方へ倒れ込んだ。うわ。お地蔵さん大丈夫かなと心配になったけど、
 半眼。
 不動。
 ただちょっとだけ頭に虹色がこびりついている。
 何色であれ、人の子に倒れかかられたくらいで石は割れぬ、とばかり微笑んでいる。
 怒った男の子は、さすがにさっきの大きな石をではないけれど、小さめの石を拾って、お地蔵さんの足下に尻餅をついている虹色の女の子に向かって投げる、拾って、投げる、倣って他の子らも、石を拾い、投げる、拾い、投げる、女の子は、静かに腕で顔をかばっている。
 どうしたもんか、と僕は思うけれど、どうするもこうするも、こんな時、雪だるまにできることなんて何もない。お地蔵さんにだって何もできないだろう、と思ったら、お地蔵さんの口からピンク色のベロ、ぬめりけのあるベロが垂れてきて、カメレオンのように、という言葉の感覚があった後、ぴしゅん、と視覚的に伸びて、女の子の顔に飛んできた石を舌先にキャッチ、そのままビュン、としならせて、石を、投げ返した! 石は石を投げた男の子の左のほっぺたをかすめて結構な遠くまで飛んでいった。たらり。と男の子の頬から赤い血が垂れたのである。別の女の子の肘のとがりからも血が流れたのである。僕は格の違いにめまいがしそうだ。更に、ああああああああああああだか、うううううううううううだかとにかく禍々しい重低音が下から来た、地の底から吹き上がるようなああああああああああ、ううううううううううううううう、溢れて、子どもらが悲鳴を上げて、逃げていった。悲鳴がだんだん遠くなり、やがて聞こえなくなった。七四センチ。
 地蔵と、七三センチと、虹の子だけが世界に残った。
 女の子はやがて立ち上がり、土に濡れたスカートをはらうこともなく僕の前へ来て、しゃがみ込むと、じっと僕のことを見つめ始めた。
 その前にお地蔵さんにお礼を・・・・・・、とも思ったけれど。。ちら、とうかがえば半眼不動、ベロも引っ込めて微笑んでいる。 
「あなた、さっきなにかしたの?」
 と虹色の掌で、お腹にめり込んだ石を抜き取ってくれる。撫でて、顔の穴をふさいでくれる。ほんのり虹色が傷の中とまわりに染みこんで六六センチ。
 何かしたのは僕ではなく隣のお地蔵さんなんだ、そうして僕は何もできないまま君に助けてもらったんだよありがとう、と伝えたいのだが、六五センチなのだ。六四センチなのだ。今、言葉を交わしても、明日にはもう僕は水。悲しい思いをさせるだけ。実はもうだいぶ意識も薄れてきている気がするのだ。楽しかった。ごごご、ごごご、と鉄球を引いて、少年がやって来た、「帰るぞ」「やだ」「帰るぞ」「やだ」が、これが一体何のことだか、二十センチの氷の塊には、もう考えることもできない。そこへきこきこ、だか、すんすん、だか、え、誰この人たちは、めっちゃ気になる、もう少しここにいたかったなぁ、会話を聞き取る耳もこの先を見守る目も想像する頭もほとんど溶け流れてしまって、肌感覚だけの僕は細い指に持ち上げられて、その指は少し震えていて、絡め取られて、ぶち込まれて、溶けて、溶け続けて、枯れ枝と枯れ葉に僕が染み渡るが、特別な力の水分なんかではないから花ひらいたりはしない、それで本当にもう僕には何も分からない浸みる流れる蒸発する雲になる傷が虹になるああ、あの子は虹の元締めだったのかな、違うだろうね、水になる雪になるまた何世代後かの子供らの手により今度こそ冬、まるまる太った雪だるまになるなるなるなる。なるだろうね。

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