【短編小説】たまご

 たまごの中でひよこさんは身体を小さく丸めて静かに息をしていました。たまごがどうやら小さすぎて大きく息を吸ったり、伸びをしたりすると簡単にこわれてしまいそうだったのです。まだ殻を破って外の世界に出て行くほどには、カラダができ上がっていないので、今たまごがこわれてしまってはまずいのです。
 やがてたまごの中のひよこさんの小さな耳に、周りの他のたまご達がどうやらふ化し始めるらしいパキパキ言う音が聞こえてきました。しかしひよこさんは、まだ自分はふ化できるほどカラダが出来上がっていないと感じていたので、窮屈な姿勢でじっと耐えていました。すると先に生まれたひよこたちが、ひとつだけまだひびも入らないでじっとしているたまごを面白半分、つついたり、上に乗ったりし始めました。たまごの中でひよこさんはやめてくれぇ、まだ僕は生まれられないんだよ、たまごを割らないでおくれと思っていました。しかし先に生まれたひよこたちはますますズに乗って、まだひとつだけ生まれてこないたまごにズ突きをしたり、カラダで押して転がそうとしたりして、いっこうにいたずらをやめません。たまごの中のひよこさんは悲しくなってきました。そして次には怒りがわいてきました。まだ早いから、たぶん卵を割られたら僕は死ぬだろう。ちょっと早くカラダができたからと言って、遅れたたまごをつつき回し、転がし打ち付けて笑っている——ひよこさんは、そんな兄弟たちのことが許せなくなってきて、せめて道連れにするつもりでもうたまごが割れてもいいからとひと思いに手足と腰と首を突き伸ばしました。するとたまごが爆裂して四方に飛び散り火炎が立ち上りました。いたずらしていた兄弟達はみな一瞬にして丸焼けになってしまいました。それからだんだん煙がおさまってくると、そこには堅いうろこに覆われて、未だその口もとに硝煙をまつわって、黒龍の子どもの姿がありました。黒龍の子どもは紫色でした。黒龍の子は出来たてほやほやの焼ひよこをすべて、ペロリとたいらげると、少し大きくなって悠々と、つぎのご飯を探しにどこへやらと飛び立っていきました。
 
 やがて、ひよこ達の餌を取りに行っていたお母さん鳥が帰ってきました。種としては鳳凰でした。巣のある筈の木が焼け焦げて、もちろん巣も、子ども達の姿も見当たりません。鳳凰にはだいたいどんなことが起きたのか分かりました。
 一度だけ龍と交わったことがありました。ひとつだけ色の違うたまごを産んだ時に、もうこうなることは分かっていたような気もするのでした。鳳凰は、巣のあった所の上空をくるくると回り始めました。五周ほど回ると、急に食欲が湧いて来たので、始祖鳥の群れを探しに行きました。
 了

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