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「夜の油断と、タイプライター」ヒスイのシロクマ文芸部

「文芸部にいた頃のこと、おぼえているか?」
ワタヌキが夜空を見上げながら言った。
おれは自分の腹を眺めて、

「ずいぶん、昔みたいに感じるよ」
「だよな。変わっちまったもんな、俺たち。あのころは『ペンは剣より強し!』とか『言葉が世界を変える』とか、本気で言っていたんだぞ」
「……そういう気持ちは、変わっていないけどな」

そういうと、ワタヌキもぽつりと、

「俺も、気持ちは変わってないつもりだが。体は気持ちを裏切るよ」
「しょうがない、そうなることを自分で選んだんだ。お前だってそうだろ、ワタヌキ?」
「ああ」
 
 ぱしっ、と首元の蚊を叩きつぶして、ヤツはつぶやいた。

「俺は志願兵だ。お前もそうだろ?」
「文芸部は全員、志願したよ。自分の国に攻め込まれて、黙って見ていることはできない」
「まさか、リアルに『戦う文芸部』になるとはなあ」

おれは支給マシンガンを足元に置き、夜空を見上げた。
2年の行軍で、えぐれたようにへこんでしまった腹を撫でる。空腹に、青い夜空が染みわたる。

「言葉と行動、ペンとマシンガン。両方が必要な時もあるんだよ」
「『君死にたまふことなかれ』」
「『旅順の城はほろぶとも、ほろびずとても、何事ぞ、』」
「はは、さすが文芸部、覚えているもんだなあ」
「そりゃそうだ。どんなに腹ペコでも、コイツだけは忘れない」

塹壕の中で二人で笑う。
笑う声だけが、夜空にのぼっていく。
笑いおさめて、ワタヌキが言う。

「明日も進軍だな」
「ああ」
「文芸部、戦わなきゃな」
「そうだな。なあ、もう寝ろよ、ワタヌキ。
 目が覚めても、マシンガンはペンにならないよ。おれたちが戦いおわるまで、マシンガンのままだ。
 だけどきっと、いつか、またペンを持つ日が来るよ」

ワタヌキはもう返事をしなかった。
24歳の寝息が、塹壕の上にふわりとながれていく。

どこかで軽機関銃が鳴る。


タイプライターの音みたいだ。


【了】(改行含めず750字)


本日は #シロクマ文芸部  に参加しています。

世界中、すべての文芸部が
言葉だけで戦える日がきますように。

ヘッダーはUnsplashEugene Chystiakovが撮影

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