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トラベルボイスで学ぶ観光経営学Vol.3「厚労省、宿泊拒否が可能になる「改正旅館業法」の運用方針を発表、相談窓口の設置など」で学ぶー危機が起きる前に対応するー

今日の記事のポイント

最大の危機管理は「お客様に満足してもらう」こと。「どんなお客様に来てほしいのか」を決めることが観光経営の危機管理に通じる。

「一宿一飯の恩義」から「仁義なき戦い」

いまの若い人はあまり知らない言葉ですが、「一宿一飯の恩義」なんて言葉があります。

〘名〙 一晩泊めてもらい、一度食事をふるまわれること。旅の途上などで通りがかりにちょっと世話になること。博徒(ばくと)の間の仁義では生涯恩義とされていた。

https://kotobank.jp/word/%E4%B8%80%E5%AE%BF%E4%B8%80%E9%A3%AF-434215

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代表格はなんといっても高倉健さん。東映ヤクザ映画では「一宿一飯の恩義」のために悪行三昧の適役へ義理と人情を旗印に健さんが雪の中、一人戦いへ向かうわけです。私も広い意味では健さんなわけですが、健さん仲間と書いた日にはファンに怒られることは間違いありません。さて、東映ヤクザ映画はその後「仁義なき戦い」という実録路線へと転換して、義理も人情もないような血みどろの抗争を描くことになっていきます。(と、ここまで書くと何の連載か分からない)

翻って、宿泊施設。唐突ですが、仕方ないので受け入れてください。さてさて、「一宿一飯の恩義」は宿の話ではないのですが、どうも最近は宿泊施設に泊った時に「お世話になりました」と言って帰るような「恩義」を感じる温かいエピソードではなくて、「仁義なき戦い」のようなエピソードが溢れています。コロナ渦の時には、コロナに対する考えの違いによる宿と顧客間でのトラブルが数多く報道されたのをご存知の方も多いでしょう。

こうしたことや、想定していなかった感染症への対策といったことから、業界関係者であれば既にご存知の「旅館業法5条」の改正へと繋がり、宿泊施設は宿泊拒否ができるようになりました。ですが、それでよかったねと終わらないのが難しいところ。それが今回のニュースです。

ニュースの概要

それでは、ニュースの概要です。

厚生労働省は、改正旅館業法の円滑な施行に向けた検討会のとりまとめ概要を公表した。宿泊を拒否できる改正旅館業法が2023年12月から施行されることを受けて、差別の助長や宿泊客とのトラブルを避けるための運用方針などが検討されてきた。

宿泊拒否制限については、引き続き感染症法等の一部改正法の施行に向けた準備を進めていくほか、都道府県などは、営業者その他の関係者に対して、特定感染症国内発生期間における営業者が相談できる相談窓口などを平時から周知・確認し、関係者間での連携を図るべきこととした。

また、差別防止の徹底では、検討会で聴取した障害者差別解消法に関する内容を、ガイドラインに盛り込むことが適当とし、各旅館・ホテル団体は、好事例やトラブルとなった事例などを営業者間で共有する仕組みの構築を検討することが望ましいとまとめた。

危機管理の視点

今回の改正に関して直接のきっかけになったのはコロナウイルス感染症が大きいわけですが、今回の改正で大きなポイントになったのが、「負担が過重で他の宿泊者へのサービス提供を著しく阻害する恐れがある要求を繰り返した場合」という条項です。慢性的な労働力不足になってきた日本の宿泊施設において、過度なサービスへの対応は従来以上の負担ですし、従業員満足度の観点からも放置はしておけない問題でしょう。

トラブルが起きた時に宿泊を拒否できるという選択肢が加わったことは宿泊施設の危機管理という面では非常に良い事です。なにせ、法律で断ったらいけないとなっていた以上対応ができないわけです。施設側に権限がない状況では対応策がないため要求がエスカレートしていく可能性がありえます。確信犯ならば、余計そうでしょう。ですが、伝家の宝刀として「宿泊拒否」ができるのであれば、相手も過度の要求をすることには控える可能性は高まります。

差別助長の懸念

一方で、この条項で懸念されているのがハンディキャップを抱える人への差別助長に繋がらないだろうかというものです。

好意的に考えれば、あまりにも酷い人を拒否するだけとなりそうなのですが、合理的配慮という名目の持つ一種の曖昧さから宿泊拒否に繋がるのではないかという疑問が拭えないということです。何度も拒否された経験があるという人にとっては確かにそう感じてもおかしくないだろうと思います。

今回の事例で学ぶ観光経営概念「ターゲティング」

さて、社会的課題としては様々に議論をしていくべきものですが、本稿ではあくまで観光経営という面でとらえます。上記2つの問題は相反する視点のように思えますが、経営学的な視点で捉えると共に「ターゲティング」の問題としても捉えることができます。

「ターゲティング」はマーケティング用語ですが、簡単にいうと自社のターゲットつまり自分たちにとってメインとなるお客様に対してマーケティング・ブランディング活動を行うことです。そもそも市場には多種多様な人がいるため、全ての人を満足させることはできません。そこで、自分たちにとって誰がメインのお客様なのかを決めて、そこに対してアプローチしていこうという戦略になります。

もちろん、今回のケースは想定を超える迷惑な人が来てしまった時の対応という側面が強いです。その上で、じゃあなんでこんな激しいクレームがくるのかと考えると、お客様と施設がマッチングしていなかった事がきっかけになるケースも多いのではないでしょうか。施設が提供したサービスにお客様が満足していればクレームは起きません。

その意味であくまで理論的であり、理想論であることは理解した上で言うと最大の危機管理とは「顧客が満足すること」です(もちろん現実はこんなに綺麗ではないですが)。ですが、全てのお客様を満足させることはできません。だからこそ、ターゲッティングが重要になります。ブランディングがしっかりしているところには、そのブランドに相応しいお客様が訪れるようになります。

差別助長については、単純にマーケティングやブランディングだけで解決できない要素が多いですが、自施設における状況について事前にしっかりとお伝えするコミュニケーションでトラブルを回避できる可能性も高くなるでしょう。また、こうしたハンディキャップを抱えた方へのきめ細かいサービスが可能な宿であれば、それを全面に出すこともありえるでしょう。

一番危険なのは、「誰でもいい」というスタイルでの集客です。全ての顧客を満足させられないの原則に従えば、あっちこっちで不満がおきる可能性が高まるからです。

今回の改正は事後的な危機を強化するものではありますが、危機管理とは危機が起きる前に対応することが最も重要です。お客様がチェックアウトした時に「いい滞在でした。お世話になりました。また来ます」と言われるような関係を築くためには、普段から「どんなお客様に来てほしいのか」と具体的にしていくことが大切です。皆さんもぜひ改めて考えてみてください。


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