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【服部奨学生研究発表】 廃水処理技術の今と微生物燃料電池 ~人々に必要不可欠な「水」のはなし~ 【導入記事】

 服部国際奨学財団では、現役服部奨学生やOBOG、役員理事の先生方が集まる公式行事の場で、奨学生による研究発表の場を設けています。今回は、 11月25日 に開催される「服部国際奨学財団15周年記念式典」で研究内容を発表してもらう2名の服部奨学生のうち、毛利きずくさんに発表導入記事を執筆してもらいました。note読者の方々にも、奨学生の研究内容について知っていただく機会になれば幸いです。


 はじめまして。 14期服部奨学生、岐阜大学大学院1年の毛利築です。 大学院では、環境社会基盤工学を専攻しており、水質安全研究室に所属しています。この研究室では、人にとって安全で水域生態系に適した水質を求めて、様々な研究を行っています。現在私は、微生物燃料電池と呼ばれる新しい廃水処理技術の研究を行っています。詳しくは後程紹介しますが、廃水をきれいにしながら発電するこの不思議な技術に面白さと可能性を感じ、自分も研究に携わりたいと思ったのがこの研究室を選んだきっかけでした。私の研究テーマである廃水処理技術とその背景知識の紹介を通して、私たちの生活に欠かせない「水」について、少しでも知っていただく機会となりましたら幸いです。

実験室にて

1. 地球環境と人間、そして「水」

1.1 はじめに 

 宇宙から見た地球は青く輝き、地球は水の惑星と呼ばれています。地球表面の約70%が水によって覆われていることからも、地球には大量の水が存在していることがわかります。人間はこの水の惑星に住み、生きていくうえで水を必要としています。日々大量の水を使用しながら現代を生きる私たちは、人々にとって安全な水を確保しながら地球環境を保全する水の利用について考える必要があるのです。

1.2 私たちにとっての「水」

 人の体はほとんどが水だ、と聞いたことがある人は少なくないと思います。実際、私たち人間の体の約50~75%は水分によってできています。また人が水なしで生き延びられる期間は約5日間であると言われています。人が生きていくうえで水は必要不可欠なのです。
 では私たちは一日にどれほどの水を使っているのでしょうか。東京都水道局のホームページによると、令和元年度の東京都では家庭で1人が1日に使った水の量は平均214 Lであり、これは2Lのペットボトル107本分に相当する量です。人間は飲料水や料理に使用される水に加え、トイレや風呂などによって大量の水を使用して生活しているのです。

1.3 水処理による安全な水の循環と地球環境保全

 人々によって使用された水のうち、一般家庭から排出されるものは生活廃水、食品工場や工業製品等の生産過程から排出されるものは工業廃水に分類され、これらを総称して廃水と呼びます。廃水は有機物や無機物、重金属類、病原性微生物、有機化学物質などを含んでおり、適切な処理を行わずに河川や湖沼、海域等に排出すると水質汚濁の原因となり、自然や生態系、人々の健康に被害を及ぼします。そのため、自然界に放流する前に、悪影響を及ぼさない程度の水質になるまで適切な廃水処理を行う必要があります。私たちが生活の中で汚した水は、様々な水処理プロセスによって定められた基準を満たすまで処理され、循環しているのです。

2. 日本の廃水処理の現状

2.1 日本における下水処理

 私たちがトイレや風呂などで使用した水はその後どうなっているのでしょうか。下水道が整備された地域では、人によって使用され汚染された水に加えて、一部の雨水を含んだ下水は下水処理場で処理されています。水の汚れには様々なものがありますが、有機物による汚染が代表的な指標であり、この有機物を含んだ有機性廃水には活性汚泥法と呼ばれる処理法が一般的に用いられています。日本ではこの活性汚泥法を主とした廃水処理技術により年間東京ドーム約12,000杯分(約147億m3)の下水が処理されています。活性汚泥法では、生育に酸素を必要とし、下水中の有機物(汚れ)を栄養分として成長する微生物の作用により、有機物を吸収・分解します。有機物の吸収・分解によって成長し大きくなった活性汚泥は下水中を沈降する速度が速まるため、沈殿により分離することができます。この沈殿後の上澄み液が、有機物が取り除かれてきれいになった処理水となります。

活性汚泥法のイメージ

2.2 日本の下水道が抱えるエネルギー問題

 大量の水の処理が可能で、かつ処理水質も良好であることから約100年間様々な国で使用されてきたこの活性汚泥法ですが、問題点も持ち合わせています。この方法で用いられる好気性微生物(生育に酸素を必要とする微生物)は、有機物を分解する際に酸素を消費するため、有機物の除去効率を上げるために曝気(水に酸素を送り込むこと)が必要となります。また、好気性物微生物は増殖の速度が速く、効率的な有機物の除去を行うために過剰に増殖した汚泥を余剰汚泥として処理する必要があります。余剰汚泥は水分が大部分を占めており、廃棄するために脱水や焼却などの処理が行われ、埋め立て処分や資源化が行われています。活性汚泥法では、この曝気と余剰汚泥の処理・処分に対して大量のエネルギーを消費しています。

曝気(酸素供給)のイメージ

 国土交通省 水管理・国土保全局下水部が作成した令和4年度下水道事業予算概算要求の概要によると、下水道では全国の電力消費量の約0.7%(約75億kWh)を消費しています。またこのうちの半分以上の電力は水処理における曝気と汚泥に処理に使われています。そのためカーボンニュートラル実現に向けて電力消費量を削減すべく、特に水処理の省エネ化が促進されています。また下水汚泥はバイオマスとして資源化することができ、約110万世帯分の電力を発電するエネルギーを保有しているとされていますが、現状では全体のうち65%がバイオマスとして未利用です。そのためバイオガス・汚泥燃料等の創エネの取組も推進されています。

3. 次世代型廃水処理技術 ~微生物燃料電池~


 前項で述べたような日本の廃水処理が抱えるエネルギー問題を踏まえ、次世代型、省エネ型廃水処理技術である微生物燃料電池が近年注目を集めています。現時点では本格的な実用化に至っていませんが、従来の廃水処理方法と比較して多くの利点を持ち合わせており、早期の実用化を期待されています。

3.1 水をきれいにしながら発電?微生物燃料電池とは

 微生物燃料電池(Microbial Fuel Cells, MFC)とは、電極に電子を渡すことができる特殊な微生物を利用し、さらに燃料電池の技術を組み合わせることによって、廃水中の有機物除去と同時に電気エネルギーの回収も可能とした新しい技術です。

2022年の岐阜大学中高生向けセミナーで使用したMFC
装置の中のイメージ

 廃水処理として用いられるMFCでは、廃水を燃料として発電し、同時に廃水をきれいにすることができます。ここで重要な役割を果たしている特殊な微生物は生育に酸素を必要としない嫌気性微生物であるため、好気性微生物と比較して増殖の速度が遅く、発生する余剰汚泥が少ないことが大きな利点です。これによって、余剰汚泥の処理に必要なエネルギー量を抑えることができるためです。加えて、最も実用化が近いとされる一槽型のMFCでは、カソード(プラス極)での化学反応に必要な酸素を空気中から直接取り込むことができるため、曝気をする必要がありません。これによって、曝気に必要な膨大なエネルギー量も抑えることができます。
 廃水が持つ潜在的なエネルギーは、廃水処理プロセスに必要なエネルギーの約5倍に当たると試算された研究報告もありますが、これらはまだ十分に活用されていません。MFCはこれら廃水の潜在的なエネルギーをより有効活用することができる創エネルギー性を持ち、かつ上記のような省エネルギー性を持つことから、100年ほど前に開発された活性汚泥法などの処理法からの転換をもたらす潜在性に、高い関心と早期実用化への期待が寄せられています。 

微生物燃料電池(一槽型)の構造の模式図

3.2 低コストかつ高性能を達成する素材を求めて


 前述のように多くの利点を持つMFCですが、現時点では本格的な実用化には至っていません。課題点は様々ありますが、私たちの研究グループでは高性能で低コストな電極の開発に取り組んでいます。もう少し詳しくお話しすると、これまで電極触媒としてよく用いられてきた素材とは別の素材に着目した研究を行っています。それはどんな素材でどんな利点があるのでしょうか。詳しくは当日の研究発表でお話させて頂こうと思います。

3.3 おわりに

 ここでは日本の廃水処理技術と私の研究テーマであるMFCについて、ほんの一部を紹介させて頂きました。面白いと感じたこと、学びになったことが少しでもありましたら幸いです。また疑問に思っていただいた点もあったかもしれません。今回、服部奨学生として服部国際奨学財団創立15周年記念行事での研究発表の機会を頂くことができましたので、皆様からの疑問や要望を頂ければと思います。特別な年の式典行事にふさわしい、少しでもわかりやすく楽しめる発表資料の作成に役立たせたいと思います。また私が大学院での学びに専念することができ、研究活動ができているのは、服部国際奨学財団からの給付奨学金のおかげでアルバイトを減らすことができているためだと日々感じています。奨学金として支援して頂いたことによって確保できた「時間」から得られた多くの学びを皆様にも共有させていただければと思います。
 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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