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いろ衣都つむぎ ~白い人びと~


わたしのいちばん好きな小説は、フランシス・バーネットの「白い人びと」です。このお話は1917年にアメリカで出版され、日本語訳は1967年(わたしが生まれた年)にポプラ社より刊行されました。翻訳者は川端康成です。
このお話は、「小公子」という分厚い本に、表題作の後ろにおまけのように併録されていました。だから、そんなに長いお話ではないのです。

わたしは小学校の図書室でこの作品に出会い、よくわからないけど、とても美しいお話だ、と思い、何度も何度もこの本を借りて読みました。
この作品は子ども向けのお話ではありません。当時の10歳のわたしには難しいところもたくさんありました。
そして、中学生になってから、お小遣いで、この本を買いました。
この作品の舞台はスコットランド高地のミュールキャリーという荒野です。そこの古いお城の城主のイゾベルという少女が主役です。イゾベルが何歳くらいなのか、明確に書かれていないのですが、おそらく18歳くらいではないかと思います。

彼女は荒野を歩き、霧を見、鮮やかなエニシダやヒースの花々と共に生きています。親しくお世話をしてくれるのは親族のアンガスとジーンだけという淋しい生活をしています。けれども、イゾベルは荒野を生きもののように感じているし、ここをはなれた生活はできません。
わたしはこのミュールキャリーという土地にひどく憧れ、そのような美しい土地へ行きたいと思いました。学校がわたしに不協和音を奏でてくるので、そうではない世界へ行きたかったのです。

イゾベルにはある、不思議な能力ありました。それは、白い人と呼んでいる、透き通るように色の白い人がこの世にはいることを知っていたことです。のちに、有名作家であるヘクター・マクネーアンという男性がイゾベルに共感するようになり、だんだん、白い人という人がどんな人なのかわかってきます。
白い人は死者です。そのことをイゾベルは知りませんでした。
イゾベルは死を信じたことがなく、生死を超越したところにいるのです。
彼女は、ある、臨死体験のようなものをし、それこそ美しい世界を漂ってくるのですが、それを信じてもらえるだろうかと、不安ながらに、ヘクターとその母に話します。

ヘクターとイゾベルは愛し合うようになりますが、ヘクターは心臓病があり、まもなくこの世を去ります。
でも、イゾベルには、彼の姿が見えます。
ほほ笑んで、彼をも見つめるのです。

このお話は幻想小説でしょう。そのお話に10歳の頃出会ったとは、とても不思議なものを感じます。わたしにはイゾベルは憧れでした。
自分のお城で、だれにも会わずに、好きな本を読んで暮らせるなんて。
でも、大きくなるにつれ、イゾベルの不思議さがわかり、精神世界を旅するような気持ちになりました。
このような本をわたしは他に知りません。

「白い人びと」は2013年にみすず書房から新訳が出ました。最初の出版から約100年も経っての刊行です。
新訳は新訳らしく、颯爽としたものがあって、好きですが、川端康成の翻訳の優美さもまたよいのです。
わたしにこの作品があって、どんなに力づけられたことでしょう。
このような美しい世界のことを考えていてもよいんだ、そう教えてもらいました。

わたしは郷里に「霧のくに」と名づけた山の景色がありました。「霧のくに」は、理解者の一人もいなかったわたしに大きな慰めをくれました。
わたしは自然の一部です。イゾベルがそうだったように、わたしも自然とそして死者とも、ともに生きようと思っています。

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