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童話 「聖夜」

美月と瑞樹はおたがいに一目惚れでした。出会った瞬間に恋におちました。
星ひとつない真っ暗な夜でも、2人はその気持ち故に、おたがいの白い整った顔を見分けることができたのです。

美月は瑞樹をこの世のどんな男性よりも、雄々しく立派だと思いました。
瑞樹は時折、赤く熟したりんごをくれました。それは、とても甘くて瑞々しく、美月の喉を潤してくれました。

瑞樹は美月をこの世のどんな女性より、美しくて愛らしいと思っていました。美月は時折、太陽がくれたのだという、壺に入ったはちみつをくれました。それは、どんな疲れも癒してくれる、甘いみつでした。

2人は、おたがいを必要としていたし、おたがいを慈しみ合える優しい関係だったのです。それは、だれもが羨むほどの親しさでした。

――ねえ、瑞樹。わたしたちいっしょに暮らしたいわね。
――そうだね。ぼくたちは離れすぎているからね。
――わたし、一度でいいから、あなたにふれたいわ。
――ぼくもだよ。きみの白い額にキスしたいよ。
――ああ、それが叶うなら。

美月はため息をつきました。
わたしたち、こんなに愛し合っているのに、なぜ、ふれあうことができないのかしら。
どうして、こんなにも引き裂かれているの。

夜風がやさしく吹いていきます。ゆらゆらとしんしんと夜が更けていきます。
美月はだんだんと山の端に隠れていかなくてはならなくなりました。
そうすると、いとしい瑞樹の顔は美月からは見えなくなります。
――さよなら、瑞樹。今度の十五夜に会いましょう。
――さよなら、美月。また会える日を待っているよ。

美月は静かに山の向こうへ行ってしまいました。
それと同時に瑞樹の姿も水に溶けて消えてなくなりました。

瑞樹は、美しい月である、美月の姿が湖に映った影でしかなかったのです。
だから、瑞樹は美月なのですが、2人はやはり恋をしていたのです。
おたがいを必要とする、かけがえのない美しい恋を。 
                            おわり


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