FabCity/MetaPark(2)

著者らは、2011年に日本初・アジア初のファブラボを鎌倉に設立した。3Dプリンタやレーザーカッター等の「デジタルファブリケーション」技術を一般市民にもアクセスできるよう門を開いたファブラボは、「ものづくり市民工房」あるいは「まちの工作室」とも呼ばれ、鎌倉と筑波を皮切りに、多様な「ファブ施設」という形態で社会に広がっていった。その結果、カフェと一体化した「ファブカフェ」等日本独自の融合形が生まれ、過去8年間で日本国内での「ファブ施設」は100以上に増えている。世界規模でも年々倍増し、各国に広がっていった結果、2019年1月時点で世界で、確認されているファブラボは1600拠点以上となった。慶應大学SFCのメディアセンターにあるファブスペースも、すっかりキャンパスに溶け込んで当たり前の日常になっている。

こうした活動の結実として、デジタルファブリケーション技術が一定程度社会に浸透し、ファブラボの活動が落ち着きを見せるなか、ここ数年、世界中のファブラボで、2020年以降の次の活動目標を模索する動きが活性化している。

ファブラボの次の対象は「ものづくり」ではなく「都市」である。それを端的に言い表すコンセプトワードが「ファブシティ」だ。

もともと「ファブラボ」というコンセプトは、米国マサチューセッツ工科大学ニール・ガーシェンフェルドによって2005年ごろに発案された。他方「ファブシティ」というコンセプトは、スペイン・バルセロナのIaaC (Institute of Advanced Architecture Cataluña)の学長(当時)Vicente Guallartと教員Tomas Diezによって2014年に掲げられた。IaaCはデジタルテクノロジーの活用を全面的に掲げた建築デザイン・都市デザインの先端大学院大学である。ヨーロッパで最初のファブラボを設立したことでも知られるが、当初から「ものづくり」というよりも「住民参加型・都市デザインの新たな拠点」としてファブラボをとらえる視点を持っていた。2011年から2015年までバルセロナ市の都市整備に関するチーフプランナーとしても活動していたVicente は、その著書「The Self Sufficient City -Internet has Changed Our Lives But it Hasn't Changed Our Cities, Yet.」において、新たな都市像として『「PITO(Product-In, Trash-Out)」型から「DIDO (Data-In, Data-Out)」型』への転換を述べた。

デジタルファブリケーションは、デジタルデータから「直接」ものを製造する技術である。ゆえに、生産にかかる限界費用はほぼゼロに近づく。すなわち、データさえあれば、必要な場所で、必要な時に、必要なものを、必要な人が、必要な量だけ生産する「適量生産」が実現する。これまでの、遠い国の工場で大量生産された「もの」が、長い距離を運ばれて輸入され、短期的な使用の後、近傍で廃棄されてゆくモデルを「PITO (Product In and Trash Out)」と呼ぶならば、デジタルデータがインターネットで共有され、ものが使用されるなるべく近くで、その土地の材料を用いて「製造」され、さらにその材料はリサイクル可能な状態となり循環するという新たなモデルは「DIDO (Data In and Data Out)」と呼ばれうる。現在ではまだ3Dプリンタ等の技術が発展途上であり、従来の生産工程に比べて品質と製造時間の面で追いつかないものの、3Dプリンタが今後も着実に高速化・高性能化し、これまでの工業製品と遜色ない品質を持つようになった近未来には、こうした「ものの地産地消」の状況が顕れる可能性は大いにあり得る。このような技術革新を織り込んだ未来洞察として、オランダの大手金融機関のINGは、「3Dプリンティング:世界貿易への脅威」と題されたレポートにおいて、2060年までに世界貿易の25%が結果として消失する可能性を具体的に考察している。Vicente は、こうした未来をポジティブに迎え入れるために、バルセロナ市の「ひとつの区にひとつのファブラボ」を整備することを提唱した。ここでのファブラボの役割は、単にものづくり愛好家の集まる場所というよりも広く、「a factory of goods, knowledge, collaboration, exchange and invention (もの、ナレッジ、コラボレーション、交換と発明の生産工場)」とされている。


Vicente Guallartが循環型社会と都市計画の文脈の上でファブラボの役割を定義したことが端緒となり、それまではどちらかといえば「ものづくり愛好家」が運営・活動する場所であったファブラボに、自治体や公共セクターの人々が本格的に参加しはじめることになった。2014年に世界ファブラボ会議がバルセロナ市で開催された際に、当時のバルセロナ市長がファブシティ宣言を行ったことから、この機運はさらに大きく高まった。「ファブラボ」を、「住民参加型の新たな都市デザインの社会実装拠点」と位置づけなおし、世界的に展開していく機運が生まれ、賛同する自治体によって、世界規模の情報交換ネットワークト「Global Fab City Network」が立ち上がった。バルセロナ、アムステルダム、パリ、ヘルシンキ、グローニンゲンなどのヨーロッパの主要都市から徐々に輪を広げ、ボストン、ソウル、ブータン、ケララ、鎌倉と数を増やしたGlobal Fab City Networkは、2018年「FAB CITY MANIFESTO」をまとめるに至る。そのマニフェストには、各都市の多様性を尊重しながらも、加盟している全都市が共通して目指していく方向を「10の原則」としてまとめている。

FAB CITY MANIFESTO ファブシティ・マニフェスト

1 ECOLOGICAL(環境保全)
生物多様性を保護し、物質循環のバランスを取り戻し、そして天然資源を保持しながら、ゼロエミッションの未来を目指し、環境への責任に統合的にアプローチする。

2 INCLUSIVE(包括的である)
年齢、性別、所得水準および能力にかかわらず、コモンズ・アプローチの開発を通じて、公平で包括的な政策共創を推進する。

3 GLOCALISM(グローカリズム)
地域の文化やニーズに適応できるツールや解決策へのアクセスを提供するために、都市と地域の間の世界的な知識共有を奨励する。

4 PARTICIPATORY(一般参加型)
すべての利害関係者と意思決定プロセスに取り組み、イノベーションと変革の責任を持つように、市民に権限を与える。

5 ECONOMIC GROWTH & EMPLOYMENT(経済の成長と雇用の創出)
社会的・環境的外部効果の徹底的な考察と汚染者負担原則の推進の結果として、21世紀に必要なスキル、インフラストラクチャー、そして政策枠組みの構築に投資することで、持続可能な都市経済成長を支援する。

6 LOCALLY PRODUCTIVE(生産的な地域)
生産的で活気に満ちた都市を築くために、循環型経済アプローチにおける地域のすべての利用可能な資源を、効率的で共有的に利用することを支持する。

7 PEOPLE-CENTRED(テクノロジーよりも人を中心とする)
都市が活気と回復力のあるエコシステムになるように、 テクノロジーよりも人々と文化を優先する。自律走行車、デジタルツール、人工知能、およびロボット機器は、人々の幸福と期待に応えるものであるべきである。

8 HOLISTIC(全体的である)
持続可能で回復力のある、包括的な都市をすべての人々のために築くため、あらゆる次元での都市問題と相互依存関係に対処する。

9 OPEN SOURCE PHILOSOPHY(オープンソースの哲学を採用する)
イノベーションを促進して、都市と地域間の共有解決策を開発するために、オープンソースの原則を遵守し、オープンデータを重視するデジタル・コモンズ・アプローチを推進する。

10 EXPERIMENTAL(実験的である)
ここに概説した原則を満たすために、私たちは、以下を含むがこれに限定せず、イノベーションの研究、実験と展開を積極的に支持する。 たとえば、負担の少ないサプライチェーン、分散型の生産、再生可能エネルギーとスマートグリッド、持続可能な食料と都市型農業、原料のリサイクルと再利用、エネルギーと食料と原料のための持続可能な資源管理。

これらのコンセプトをもとに、2018年にはTomas Diezによって「FAB CITY -the mass distribution of (almost) everything-」が出版された(日本版は現在未翻訳である)。同時にFAB CITY WHITEPAPERというかたちで、政策パッケージが無償公開された。公開されたWHITEPAPERにおいて紹介された、今後のアクションプランの中心を占めるのが、下記に示す6層からなる、ファブの概念を中心とした都市の「フルスタック・モデル」である。これらの層を独立ではなく、すべてが連携した状態のままプロジェクトを進めることをその特徴であるとしている。

Fab City Whitepaper [8]より

第1層(最下段):デジタルファブリケーション技術の分散インフラ化
人々やコミュニティ、ファブラボやメイカースペース、ハッカースペースといった施設、機械、道具などが広く展開する。

第2層:「学び」の新しい形式
実際に行ってみる(つくってみる)ことを通じた学び、生涯学習の原則。ファブアカデミー、バイオアカデミー、ファブリカデミーといった遠隔分散型教育、STEAM教育とプロフェッショナル人材の育成。

第3層:都市イノベーションのための分散インキュベーション
ビジョン策定、都市再活性化のためのオープンソーステクノロジー、「ファブとともに成長する」プログラムをファブラボネットワークのエンジンとして実施。

第4層:戦略をシェアし、ローカルなニーズに適応する
地産地消、食、エネルギー、水、情報そのたの生産性と創造性のための都市トランスフォーメーション。ファブシティーコレクティブ、ファブシティープロトタイプによる実装と展開の戦略立案。

第5層:ローカルニーズのためのプラットフォームエコシステム
都市トランスフォーメーションのためのプロジェクトのレポジトリ。分散化され脱中心化されたレポジトリと、グローバルなコラボレーションのための価値交換のメカニズム構築。ブロックチェーン技術を用いたファブチェーンを開発する。

第6層(最上段):都市のネットワーク
メトリック(物差し)をシェアし、都市のレジリエンスとSelf-Sufficienty(自己充足性)への進み具合を互いに評価しあう。都市再生のための、政策立案、規制、およびプランニング。


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