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ギターを売ってミシュラン三つ星レストランに行った話

「運命の女神の頭には後ろ髪は生えていない」

と言ったのはレオナルド・ダヴィンチらしい。

そんなダヴィンチ自画像の前頭部はきれいに禿げ上がっていた。
かのメディチ家にも寵愛を受けるほどの運命を彼は掴んだはずなのに、だ。
いや、これはむしろ前髪を掴み続けた結果なのかもしれない。

ダヴィンチ自画像

繰り返すが、運命の女神には前髪しかない。
2002年のサッカーワールドカップではロナウドがこの「運命カット」を披露し、そこはかとない違和感を演出していたが、彼はその髪型でしっかりと勝利を掴んだ(2002年優勝国はブラジル)。

大五郎ではない、運命カットなのだ。

掴もうと思って後ろから追いかけても運命はつかめないのだ。来る前から身構え、準備し、躊躇うことなくチャンスはつかめ。それが40年生きたおじさんが少しだけ真面目に語れる数少ない事実だ。

「カンテサンス、一席空いてるんやけど、ヒロトさんいかない?」

そう連絡をいただいたのは予約の2日前のことである。カンテサンスといえば名だたる予約困難レストランの中でも燦然と輝く名店であり、ミシュラン3つ星を16年連続獲得するというきら星の中の王

もし私がサッカー選手だったら、この突然の打診キラーパスに前髪カットどころか完全にQBK急に ボールが 来たので事案だっただろう。

だが、私はライカおじさん。
サラリーマンはフットワークの軽さが肝要である。

Yes!Yes!Yes!

爆速で答えたい気持ちを押さえて、根回しを行う。
開始時間は17時、フレックスだとしてもスケジュールコンフリクトはありうる。

さらに言えば運命の女神には前髪しかないが、私の財布の中身もぺんぺん草すらは生えていない。理由は以下だ。

だが運命はかくも巡り合う。
数年前に買ったアコースティックギターのあまりの放置っぷりに妻がついに気づき、「もう売ったら?」というプレッシャーとM11の罪滅ぼしで、ヤフーオークションに出していたのだ。すでに入札が入っていることは確認済みだった。

さよならギター

予算OK!スケジュールOK!胃の調子OK!妻の承認OK!


必要な要素はものの30分で全て揃った。リソースプランニングの勝利である。

「ぜひ、行かせてください」

メンバーは食通3名と映像作家と私。
私は全員と初対面。誘ってくれた方、当初予約した方は体調不良により参加が困難となった。つまり、ふるいに掛けられ、心・技・体すべて揃った猛者しかたどり着けない正真正銘のプレミアムシートだ。

17時5分前に店の前で待ち合わせる。チャットで到着の連絡が届き、周りを見渡すとうら若く、キラキラした美男美女3人(うち2人はカップル)に気圧される私はライカおじさん。

落ち着け・・・・・・レンズの焦点距離を数えろ・・・
35mm、50mm・・・はっ!
・・・なぜ2本しかレンズを持ってきていなかったのか・・・?
オレのバカバカバカッ!

ライカはMマウントしか使うことのできない孤独なカメラ…… わたしに勇気を与えてくれる!

聞けば一人は遅れてくるらしい。危なかった・・・4人にキラキラした光を浴びせられていたらライカおじさんはきっと塩の柱になっていただろう

そして運命が扉を叩き、カンテサンスという魔境へと私は足を踏み入れた。

告白しよう。実はカンテサンスは3年ぶり2回めである。だが、前回まさかサービスのスタッフに進撃の巨人の主要キャラクターに関するネタバレをされるという大事件が起き、アニメで追っていた妻は激怒。結果、足が遠のいていた。あのとき、「実写版 進撃の巨人」の話題にとどめていればと何度後悔をしたことだろう。いや、それはそれで後悔したはずだ。
なお料理の記憶は曖昧だがそれは始祖の巨人の力によるところだと思う。

店内を見る限りスタッフは前回と変わっている。少し安堵しながらThe Final Season 完結編に思いを馳せ、おもむろに着席する私。

まだ緊張感は残りつつもメンバー全員少しずつ会話のペースを掴んでいく。そしてめくるめくカンテサンスの世界が始まった。

「本日のメニューです」

「黒の書」もといメニュー

差し出された漆黒の表紙のメニュー。緊張のためか重く感じるそれを震える手で開く・・・

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

白紙のメニュー

・・・何も?何も書いていない!?
もしや、心がキレイじゃないと見えないとか、40歳以上には見えないとか、モスキートノイズ的なあれなのか?



・・・いや、そうではない。これもシェフの演出である。

このメニューを前にしてすでに目の泳ぐ私を尻目に、今回で5回目というカップルは余裕の表情だ。ちなみにみんなマスクをとっても美男美女。まぶしくて直視できない。

まぶしくて灰なりそう・・・

やがて全員に飲み物が行き渡り、この数奇な機会と幾多の戦場(洗浄)を駆け抜けてたどり着いた奇跡を祝して乾杯する。

その直後のことである。料理が趣味だというイケメンがおもむろにスタッフに

「ブイヨンを摂るときの水って飲めたりしますか?」


とナチュラルにブッ込んで私の心の静寂は破られた。
食通の世界では挨拶代わりにブイヨンを摂る水を飲んだりするのだ。たぶん。サイゼリヤサイゼリヤサイゼリヤと心のなかで10回唱えて冷静さを取り戻す。おれの馬鹿野郎、ここはフレンチだってばよ。

しかし、みんな爽やかで話題豊富で食にも詳しい人達ばかり。
先程のブイヨン号砲を皮切りに会話も盛り上がり始めて実は私結構、いや、かなり楽しめてます。

そうこうしているうちに第一の皿が到着した。

アーモンドパウダーのサブレ セイコ蟹とセリ

セイコ蟹の旨味の凝縮されたフィンガーフードである。
下に敷かれたサブレはバターの香りに包まれながらも空気のように軽い。
塩味は比較的しっかりめで思わずワインが進む・・・といいたいところだが連日の忘年会シーズンにより私は台湾茶で文字通りお茶を濁す。

実は今回ワインペアリング選択者は誰もおらず、そんな我々に業を煮やしたのかライカM11もペアリングしなくなった。速報を来れなくなった人に送りつけて「ぐぬぬ」と言わせてやろうと思った私の底意地の悪さがカメラにもバレてしまったらしい。

そんな私にも優しく美味しい岸田シェフの料理たち。栗とグアンチャーレの少し酸味の効いたスープとシグネチャーの山羊のミルクのバヴァロワが続く。

丹波栗 ほうれん草 グアンチャーレのスープ
山羊のミルクのバヴァロワ

ミルクの味が季節ごとに変わるので合わせるオリーブオイルはシェフ自らブレンドするらしい。「このオイル買いたい」「ボトルでこのオイル飲みたい」とみんな完全にこの皿に落とされる。オイルの香りに包まれて百合根の優しい甘みが最後にほとばしる、さすがシグネチャーメニューといったところ。
ただ一つ文句をつけるとすれば、白いバヴァロアには致命的なほどにライカでのマニュアルフォーカスでピントが合わないことぐらいだ。

白子 ピーカンナッツ 青唐辛子のピクルス

ピーカンナッツをふりかけて供される白子はうっとりするほど甘くとろけていくがそれのみに委ねることなくビネガーの切れ味と青唐辛子の爽快な香りで奥行きを醸し出す。続くブーダンノワールのタルト、海老芋も複層的な食感・味わいで口福を与えてくれる。

ブーダンノワールのタルト 紅玉のピュレ グラニースミス
海老芋 天然キノコと猪、穴熊のラグー

「続いては魚料理です」

というスタッフの声とともに高まる期待と緊張感。

「本日は・・・」

心のなかで鳴り出すドラムロール。普段より一段と大きい高鳴りだ。


「クエです」

「クエです!」


「クエです!!」


深海の覇者にして白身の王、クエが本日の北品川に降臨した瞬間だった。
両の面を旨味の鎧のようなクリスピーな焼き目に守られたその身は、最奥部に迫るに連れてしっとりとした食感のグラデーションに彩られており、噛むほどに天国の階段を一歩、また一歩と登り詰めるが如く。カリッとした片面の焼き目の鯛のポワレを自宅で作ることも私自身あるものの、これについてはどうやっているのか皆目検討がつかない異次元の火入れキュイソンだ。

クエ コンテチーズと黒オリーブのソース

だが、驚くにはまだ早かった。
続いてテーブル上に舞い降りたのは黒衣に包まれた生贄の牛
ワインと香味野菜に2週間包まれてメタモルフォーゼ遂げた「バヴェット」。少し繊維質なその身はやさしくホロホロと口で解けていく・・・まさに天衣無縫の味わい。メンバー全員が目を見合わせて本日の優勝が確定した瞬間だった。

黒い表面はその姿から想像するような焦げ臭さや苦味、エグミは全くなく、むしろ凝縮したワインと香味野菜の香りがメイラード反応による旨味とともにただ広がるだけである。先程まで天国の階段を一歩ずつ登っていたはずの我々はこの牛肉Red Bullに授けられた翼で一気に昇天したことは言うまでもない。

榛原牛バヴェットのロースト シャントレル トランペット茸のソース
断Men!!
DanMen!!

デザートは4品。最後にこれまたシグネチャーのメレンゲのアイスクリームが供される。卵をメレンゲにしてからそれをアイスクリームにするという、組成分析と分解と再構築という岸田シェフの哲学をそのままデザートにしたような一皿である。
表面に振りかけられている能登の海水は、塩そのものよりも優しい塩味と料理への地理的ストーリーを加えているところが心憎い。

メレンゲのアイスクリーム

カフェをすすりつつ、他のフーディなメンバーに美味しいお店を他の方々に色々教えてもらいながら満足感と余韻に浸っているとあっという間に時間となった。
この世のものとは思えない美味しいものを食べて、あまつさえ新しい美味しいもの情報を得られるとはなんというありがたい体験なのか・・・フーディの世界に一歩足を踏み入れるきっかけをいただいたことに改めて感謝したい。

ちなみに翌々日、軟水でブイヨン摂ったのでこれで私も晴れてフーディの仲間入りです!?次回は私もブイヨン水にチャレンジしてみたい所存である。


いただいたサポートはライカの金利に全力有効活用させていただきます。