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エッセイ 越冬蛾の逞しさ 2024年5月2日

蛾の羽根模様を美しいと思う。なので蛾には興味がある。しかし自信をもって種を同定できるほど詳しくはない。

チョウは近づくとすぐに飛んでしまうのでゆっくり観察できないが、ガは擬態する種が多いので近寄っても動かない。だから羽根模様をゆっくり観察できる。

若い頃から興味があったので保育社の蛾類図鑑を持ってはいた。しかしガを同定しようといざ図鑑を広げてみると、無限とも思われる写真が掲載されていて、全く手のつけようがなかった。

で、ガを同定することをほぼ諦めていたのだけれど、去年「くらべてわかる蛾」(山と渓谷社)という本を書店で見つけた。よく見かける種に絞ってあるのだろう、掲載種が少ないので、ページをパラパラとめくっているとそれらしい種に行き当たる。種の説明が少ないので、同定するには心もとない。で、ネットで検索をかけると、さらに詳しい情報が得られ、結果かなり自信をもって種の同定が出来る。学者でもない私にはそれで十分である。

で、写真を良く撮るようになったのだけれど、先日撮ったガの写真を拡大して見直した時、ある種の感慨に打たれた。

胸部背面の毛がほどんど抜けて茶色い外骨格が剥き出しになり、翅の鱗粉も取れて模様が不明瞭である。

弓折れ矢尽きた状態の鱗翅目(チョウやガの仲間)を時々見かけるが、写真を拡大するまでこのガも矢尽きたことに気付かなかった。

日本には四季がある。つまり冬がある。ガにとって冬をどう越すかは大問題である。幼虫では寒くて冬を越せないのである。選択肢は3つ。卵で越すか、サナギで越すか、成虫で越すか。

4月や5月に成虫を見かけるということは、サナギか成虫で越冬したということだ。卵で越冬して4月にはもうサナギになって羽化することはあり得ない。
サナギで越冬して4月に羽化したなら、傷んだ翅をしていないだろう。成虫で越冬したら、冬の荒波に揉まれて翅は傷んでいるはずだ。

つまりこのガは成虫で越冬したのだ。

で、なぜ成虫で越冬したのだろう。言い方を変えると、成虫で冬を経験すれば、生存率が下がるだろうに、春まで生き延びて何をするつもりなのだろう。
それは、もちろん交尾である。まったくそれ以外に何をするというのだろう。

つまり、弓折れ矢尽きたように見えるけれど、これから交尾して、メスなら産卵をしようというのだ。

私はその逞しさに胸を打たれた。

追記

なぜ寒い冬を成虫で越してから産卵するのか。冬に成虫だということは秋には既に成虫だったはずである。ならば秋に交尾して卵で越冬したほうが良いのではないか。
もちろんそういう選択をした種はいるだろうが、この種はそれを選択しなかった。
どういうことが考えられるだろう。

・冬に卵で越冬するには、卵の殻を厚くする必要があるが、それが出来なかった。
・産卵数が少ないので、孵化率を上げるために冬を避けたかった。
・食草の芽吹きが遅いので4月に孵化すると、幼虫の食べ物がない。例えばカキの芽吹きは5月である。食草が先か、越冬様式が先か、という問題もあろう。

等々いろいろ考えられると思う。


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