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“チーム独立系生産者”で勝つ~「薬局DE野菜」2年目の連帯

FOOD BATON 2年目を迎えた「薬局DE野菜」が好調だ。県内各地で活動する独立志向の強い農家=顔の見える生産者の作る野菜を薬局で買えるようにするこの試みは、本来想定した販路から大きな広がりを見せている。今回はこのプロジェクトに参加する2人の生産者にも加わってもらい、新世代農家のチーム感をお伝えする。


小回りの利く動きで
大手の小売店に進出


令和4年度のHiroshima FOOD BATONに採択された「薬局DE野菜(やっきょくでやさい)」は、その名の通り薬局で野菜を買えるようにするプロジェクトだ。これまでにない新たな販路を開拓することで付加価値の高い野菜を消費者に届け、なおかつ生産者の所得向上に貢献したいという想いが活動の裏にある。

健康志向の人が集まる薬局に新たな販路を作れないか?

その薬局DE野菜が好調だ。1年目の売上が125万円だったのに対し、2年目の今年は3,860万円とジャンプアップ。ただし取引先の薬局は昨年の5店舗から8店舗とそれほど大きく増えたわけではない。では一体どうしてこんなに売上が増えたのだろう?

薬局DE野菜をはじめていろんな野菜を卸すことができると知られたことで、他からも卸しの話をいただくことが増えたんです。それも無印良品さん、三越伊勢丹ホールディングスさん、JA全農ひろしまさんといった大手が多くて。今はそのおかげで規模が拡大している状況です

竹内さん

 話に答えてくれたのは薬局DE野菜を運営する竹内正智(たけうち・まさとも)さん。竹内さんは生産者を集めたマルシェ「farmer’s Collection」を開催しており、生産者とのパイプを活かして薬局に野菜を納品する役割を担当している。

竹内さんは「一般社団法人 農LAB.よつば」の理事も務める

 薬局以外から声が掛かるのは予想外でしたけど、僕らは生産者とつながりがあるので直接野菜の調達ができ、先方のニーズに合わせた商品を提案できることが評価されたんだと思います。僕らは生産者を個別に知ってるので、「こういう野菜はないか?」という問い合わせに対応できるんです

あと僕らは生産者の顔が見える野菜にこだわってて。そういう部分がスーパーなどの量販店と差別化を図りたい小売店に適してたというか。地産地消というのはひとつの武器になりますからね

竹内さん

消費者の健康志向・安全志向によって今、売場では生産者の顔が見える野菜が求められている。しかし彼らの作る野菜の多くは大手の流通を通しておらず、手に入れることが難しい。一方で農家は日々農作業に忙しいので、交渉や商品提案は誰かが窓口になってくれた方がありがたい……双方のニーズに薬局DE野菜の活動がズバリとはまったのだ。

生産者の顔の見える野菜はあちこちの売場で人気だ

興味深いのは今年からJA全農ひろしまともタッグを組んだ点だ。これまで「JA=大手の流通」「薬局DE野菜=インディペンデントな流通」と棲み分けていたが、たとえばパクチーやケールなど生産量が少ない「ニッチ野菜」に関してはJA側がフォローできないため、薬局DE野菜が受け持つことになったのだ。

大手取引先が増えたことで、爆発的に売上が上がった薬局DE野菜。次は彼らと生産者がどういう関係で結ばれているのか、2人の生産者に話を聞いた。

就農2年目の25歳
無印良品の特集に!


佐伯区湯来町で「シャキシャキ畑」を運営する大江悠平(おおえ・ゆうへい)さんは現在25歳。現在就農2年目の若者で、玉ねぎ、大長ナス、トウモロコシ、人参などを育てている。

湯来町で農業を営む大江さん。まだ就農2年目だ

 大江さんは小学校の頃から土いじりが好きで、大学生の時に農業を仕事にしようと決意した。湯来にある祖母の家庭菜園で野菜を育てはじめ、近くの休耕地も借り受けた。作った野菜はJAに卸さず、地元の産直コーナーで販売していたが、営農の様子を発信していたインスタグラムに突然竹内さんから連絡があった。

インスタグラムで畑の様子を発信。それが竹内さんの目に留まった

それは竹内さんがやってるマルシェなどの活動に参加してみませんかという誘いで。そこからお付き合いがスタートして、今はかなりの量の野菜を卸させてもらってます

大江さん

インスタでアプローチというのはいかにも今時だが、実はそこに戦略があると竹内さんは言う。 

実は「farmer’s Collection」も生産者の勧誘は全部インスタからで。普段農業で忙しい中、わざわざインスタをやってる方って何かしら狙いがあるというか、農家の現状を変えたい方が多いんじゃないかと思ったんです。さらにみなさんの拡散力が集まれば評判にもなるし、いいコミュニティができるんじゃないかと思いました

竹内さん

このあたりの思考に「かっこいい農家」の拡大を目指す竹内さんのこだわりがある。自分の野菜は自分で売る、自分の野菜の情報は自分で発信するという独立マインドが「かっこいい農家」のイメージに合ったのだ。

竹内さんは野菜の新しい売り方を提案してくれるので心強いです。たとえば人参は葉っぱ付きで売ってみましょうとか、傷が入ったナスは3本組で売りましょうとか

あと、いいものができた時はちゃんと「いいね」と評価してくれるので、それもモチベーションに繋がってます。最高ですよ!(笑)

大江さん
人参を葉付きで出荷するなど、商品の見せ方にも工夫を凝らす

獲れた野菜の売り方を提案し、日々の営農の相談にも乗る。それは見方によっては、アーティストとプロデューサーの関係のようにも見える。

2024年2月には広島アルパーク、イオンモール広島府中、イオンモール祇園にある無印良品3店舗でシャキシャキ畑の特集が組まれ、大江さんの写真が大きくフューチャーされた。就農2年目でこの大展開。

もちろんその裏には竹内さんの紹介がある。若手農家のスター育成にも、薬局DE野菜は一枚かんでいるようだ。

無印良品の店内にシャキシャキ畑のコーナーが!

ニッチ野菜のパクチー
競合がおらず一人勝ち


もう1人、中尾智之(なかお・ともゆき)さんは安芸区瀬野にある「安芸せのファーム」でパクチー栽培を行っている。就農して5年目。中尾さんの農業に進んだいきさつは独特だ。

中尾さんは安芸区瀬野でパクチーを栽培

もともと消防署に勤めていたが、フリーランスのホームページ制作者へと転身。安芸せのファームは当時のクライアントで、中尾さんはその農園に出資もしていた。ところが経営者が失踪してしまう。そこで作られていたのがパクチーで、「こんないい加減なヤツでも作って売れるなら、俺でもできるんじゃないか?」と思った中尾さんは農業経験ゼロにもかかわらず引き継ぐことにしたのだ。

中尾さんが竹内さんに出会ったのははじめて初期の頃。マルシェ会場で知り合い、今は自分が作るすべてのパクチーの販売を竹内さんに一任している。

日本ではなじみが薄いパクチー。しかし徐々にファンを増やしている

竹内さんに任せているのは、やっぱり信頼ですね。友達というよりビジネスパートナーとして信頼してます

去年、自分の中でスイッチが入った事件があったんです。その時、竹内さんにパクチーを集荷してもらってて、取りに来る時間が夜中の1時。さすがに夜中の1時に農園に来てもらうのは申し訳ないと思って、僕もその時間まで待ってたんです。翌日「帰ってすぐ寝たんですか?」って訊いたら、あの後さらに安佐北区までほうれん草を取りに行って、30分くらいは寝たって言ってて。「これは僕も本気でやらないとな」と思わされました

中尾さん

人と人が触れ合うことで、気持ちの熱量は伝播する。

取引量が増えたので一時は生産者の数を増やしたんですけど、やっぱりモノがよくないと続かなくて。僕らのブランド価値も保たないといけませんから

なので今は生産者の数を増やすのをやめて、むしろ減らす方向にシフトしてます。一番多い時は40軒近くと取引してたけど、今は15軒に絞って。その代わり1軒1軒の取扱量を増やしている感じです

竹内さん

広げるのではなく狭めることで供給する野菜の質を保つ。その結果、生産者1人1人との結びつきは自然と深くなった。

一面のパクチー畑。ニッチ野菜ゆえ競合がいない

パクチーはニッチ野菜の代表なので、JAは絶対に取らないんです。だけどニーズは高く、今は「あるもの全部持ってきて」と言われる状態で。競合がいないので中尾さん1人勝ちですよ

竹内さん

 やっぱり販路の開拓は僕1人じゃ限界があるので、竹内さんを通していろんなところに出させてもらうことで助かってます。消費者に届ける部分は竹内さんに任せて、僕は作る方に集中しようと思います

中尾さん

自立したプロ同士が連携することで、きめ細やかでクオリティの高い広島県産野菜のネットワークが次第に姿を現そうとしている。

薬局にはトマトに特化した
「健康サポート野菜」投入

 
販路を多方面に求める一方、当初想定していた薬局事業については新たな施策を用意している。

薬局の方は小さな冷蔵庫を置かせてもらい、中身も一番の売れ筋だった機能性表示食品を取得したトマトに絞るつもりです。2年やってわかったのは、現場の負担を軽くしないと導入は難しいということ。3期目は「健康サポート野菜」という名前のそのコンテンツで勝負します

竹内さん
小ぶりの冷蔵庫で現場の負担を軽くした「健康サポート野菜」

さまざまなトライを続ける広島の農業関係者たち。野菜に対する関わり方は違っても、根底に流れるのは互いへのリスペクトだ。

今日もたまたま会った人に「シャキシャキ畑の人ですか?」って訊かれて。インスタグラムを見てくれてたらしく、僕の顔と野菜が結びついてるのはすごく嬉しく思います

竹内さんは頼れる先輩って感じです。竹内さんを通じて、他の農家さんとのつながりも広がりましたよ

大江さん

竹内さんはやっぱりパートナー。僕も勝ちたいんで、竹内さんにも勝ってもらわないと!

中尾さん
毎月第1日曜日に空鞘神社で「farmer's Collection」開催中

野菜を卸してる店舗に対して結果を出さなければいけないプレッシャーは結構あります。結果が出なかったら野菜DE薬局が信頼をなくすし、最終的には生産者が野菜を出せる売場がなくなってしまう。生産と出口を繋げることが僕の役割だと意識してます

竹内さん

すでにプロジェクトは総力戦に突入している。それぞれが各自の持ち場でプロフェッショナルを貫くことで、チームとなった薬局DE野菜は勝利の栄冠を掴むつもりだ。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて


個人的に唸ったのは竹内さんが大江さんのインスタを見てスカウトしたことです。実に今時というか、SNSを駆使して発信する人に自主独立の精神を見出すという目の付けどころ。そういう人たちと連携することで拡散力を増していくやり方も、まさにYouTuberのコラボ動画的発想じゃないですか。

きっと竹内さんが目指しているのもcomorebi farmの小嶋さんと同様、ひとつの価値観に貫かれたコミュニティの形成なのでしょう。離れていても同じ感覚を持つ者同士がSNSでつながれる時代、確実に世界は変わりつつあるようです。(文・清水浩司)